タイトル:モノクロの世界に色をつけて シナリオ:松宮望 ■トラック1 泣いているの?と声がした。 顔を上げるとモノクロの世界に男の子が立っていた。 歳は私と同じぐらい。 男の子は首をかしげながら、私を見ている。 私は返事をせずに、またうつむく。 「美桜ちゃんだよね?あれ違ったかな?」 まだ何かをしゃべっている。 うるさい。 男の子の声なのか、風の音なのか、私の声なのかわからない。 何も聞きたくないのに、雑音がうるさかった。 かさかさ、と音がした。 かさかさ、かさかさ・・・。 なじみのあるような、懐かしいような音だったけれど、なんの音なのか思い出せない。 だけど妙に、落ち着くような音。ずっと聞いていたくなるような音だった。 わたしは気になって音のする方に顔を上げる。 男の子が隣に座っていた。 スケッチブックを開き、鉛筆で何かを書いている。 楽しそうに書いている姿が、お母さんの姿と重なった。 お母さんもノートを開き、楽しそうにペンでたくさん書いていた。 かさかさ、かさかさ、心地よい音を鳴らしながら、鉛筆で書き続ける。 「なに書いているの?」と私は聞いた。 「やっとこっち見た」と男の子は無邪気な笑顔で言った。「桜の絵を描いてるんだ。ほら、あそこの桜の木。この場所いいね。桜がたくさん見える」 「桜が好きなの?」と聞くと、「とっても好き」とまた無邪気な笑顔で言いながら、描き続ける。 お母さんも桜が好きだった。この展望台から見る桜が好きだった。 私は桜を見て嬉しそうに笑うお母さんが好きだった。 桜舞う景色のなかで、楽しそうに物語を話すお母さんが好きだった。 美桜って名前を呼んでくれるお母さんのことが好きだった。 お母さんのことが大好きだった。 「よし! できた!」 男の子が手を止める。 スケッチブックを覗くと、枯れ木だけが描かれていた。 花びらが一枚も描かれていない、枯れ木だけの寂しい絵。 咲くことをあきらめた桜の木の絵は、わたしみたいだった。 「今から魔法を見せてあげる」と男の子が言った。 かさかさ、かさかさ、とわたしの好きな音を鳴らせながら、男の子は描き始める。 花びらが描かれていく。 1枚、2枚、3枚・・・。 手は止まらない。迷いなく、描き続ける。 10枚、20枚・・・。 花がどんどん咲いていく。 鉛筆で描かれたモノクロの花びらは、わたしには色のついたピンク色の花びらに見えた。 確かに魔法だった。 枯れた桜の木は、いつしか満開の桜の木にかわっていた。 「すごい、すごい!」と気づけば私は叫んでいた。 「僕、大きくなったら画家になりたいんだ。お父さんは画家なんだけど、めちゃくちゃ絵が上手なんだ。いつかお父さんみたいに絵が上手になって、一緒に絵のお仕事をするのが僕の 夢なんだ。美桜ちゃんは将来の夢とかあるの?」 そのように聞かれて、わたしは悩んだ。 夢なんて考えたことがなかった。 だけど・・・。 「作家さん」と私は答えていた。「お母さんみたいな物語をつくる人になりたい。わたしの作ったお話で、好きな人を笑顔にできるような作家さんになりたい」 口にした瞬間、男の子の後ろの方で、お母さんが笑顔で立っている姿が見えた。 だけどすぐに消えた。 わたしの色のついた景色のなかには、風でそよぐ花びらと、目を輝かせた男の子だけがいた。 「じゃあさ」と男の子が言った。「僕たちが大きくなったら、絵本を作ろうよ。美桜ちゃんが作ったお話に、僕が絵をつけるの。それで、好きな人たちに絵本をプレゼントするってどうかな?」 楽しそうに話す男の子を見ていたら、わたしも楽しい気持ちになってきた。 私が作ったお話に、男の子が絵を描いてくれるのはワクワクしたし、男の子の描く絵を隣でもっと見たいと思った。 「わたしたちまた会えるかな?」と私は不安を口にした。 大きくなってまた会えるかなんてわからないし、お母さんみたいに突然いなくなってしまうかもしれない。 「お父さんたち仲良しみたいだからきっとまた会えるよ」と男の子は無邪気に笑いながら答える。 私の浮かない顔を見たのか、男の子は一度首をかしげる。 それから、にっこりと笑顔を浮かべて、「約束しようよ」と小指を出した。 「僕たちは大きくなったら絶対一緒に絵本を作る。約束を破ったら、ハリセンボンは危ないから、嘘ついたほうが相手の言うことをなんでも一つ聞くってどうかな?」 男の子の言葉に、私は答える。 「それじゃ、私が約束破ったら、君に描いてもらうお話を1,000本書くから、君が約束破ったら、私のお話につける絵を1,000枚描いてね」 男の子は目をパチパチしたあと、あははと大笑いした。 私も笑ってしまい、お互い小指を絡めて、指切りげんまんを始める。 指切りげんまん嘘ついても嘘つかなくても絵本をつ~くる、指切った。 お互いの指が離れた瞬間、目の前の景色が急にぼやけた。 目を覚まして、顔をあげると、見慣れた私の部屋だった。 指先には手紙があった。 手紙を読み返している最中に寝てしまったのだと気づいた。 手紙のうえには、桜の花びらが一枚ちょこんとついていた。 きっと窓の隙間から入ってきたのだろう。 花びらをつまみ、「嘘つき少年め」とちょっぴり意地悪く言うと、私は立ち上がり、窓を大きく開ける。 春のポカポカ陽気を肌に感じながら、腕を伸ばし、手のひらをかざす。 花びらが私の手のひらから、ふんわりと舞い上がりそよいでいく。 自由に空を羽ばたくツバメのように、花びらもひらりはらりと風に揺れていく。 何もなくなった手のひらを見て、私は悲しい気持ちになった。 飛べる翼があるなら、羽ばたくべきだと私は思う。 地上にいて死を待つより、同じ翼を持つ仲間と一緒に、本来いるべき場所に戻るべきだと思う。 でも、私はやっぱり自分勝手で、引き留めるべきだったと心のどこかで思っている。 一番の嘘つきは私だった。 行かないで、私のそばにいて。 あのとき、そう口にしていたら、彼はいまでも私のそばにいてくれただろうか。 目頭が熱くなるのを感じ、私は軽く頬を叩いた。 「よ~し、書くぞ~!」 バカな私は物語を書くしかない。物語を書くほかに彼に伝える手段を知らない。 私には物語しかないのだ。 嘘つきで、意地悪で、優しい男の子。 兄のような、弟のような、男の子。 桜餅と絵を描くことが大好きな男の子。 いつだって私を笑顔にしてくれる魔法使いの男の子。 そんな男の子のことを思い浮べながら、いつか届くと願いながら、私は今日も物語を書き始める。 ■トラック2 こんにちは~。 はぁ・・・ えいっ あはは、やっとこっち見た♪ 来てたのか・・・、じゃないよ! 集中しすぎ。 桜を描くことにこだわりを持っているのは知ってるけどさ、 つまらなそうな顔をしながら描いたってきっと良い絵にならないよ。 眉間にシワすごく寄ってた。怖い顔になってたよ。 ほら、笑おう、こんな風に、にこ~♪ ふふ、笑ってくれた。 えへへ、そうだよ、私は君を笑顔にする魔法使いだからね。 でも、変な顔は余計だと思うの・・・。 だめで~す。お姉ちゃんは深く傷つきました。 罰として、絵を描くのを隣で見る権利を要求します。 えへへ、ありがとう♪ ふふ。 「どうした?」 ん~ん。なんでもない。 君の描く色や絵が好きだな~って思っただけだよ。 今日の夜、行くからね。 君の家に決まってるでしょ。 そうそう♪お泊りお泊り♪姉弟水入らずのお泊り会を開催します♪ 明日は休みだし。今日は寝かせないぞ♪ また意地悪言う。 そもそも君が悪いんだよ。高校に入ってすぐ一人暮らし始めてさ。 高校生の男の子だし、一人暮らしに憧れるのはわかるけど、弟が大好きなブラコンお姉ちゃんとしてはさ、弟と一緒にいられないのは寂しいし困るのですよ。 お父さんも寂しがってるんだよ? そのことを理解しているのかな、不良の弟くんは。 えい! あはは、ひゃい、だって。 脇腹弱いよね~。 こちょこちょもしてあげようか。 こちょこちょ~、こちょこちょこちょ~♪ こちょこちょ~、こちょこちょこちょこちょ~♪ 抵抗してもだめだよ~ も~っと、してあげる。 こちょこちょ~、こちょこちょこちょ~♪ こちょこちょ~、こちょこちょこちょこちょ~♪ だ~め。許してあげない。 一人暮らし始めてごめんなさい。 大好きなお姉ちゃんをおいて一人暮らしはじめてごめんなさいって言ったら許してあげる。 こちょこちょ~、こちょこちょこちょ~♪ こちょこちょ~、こちょこちょこちょこちょ~♪ 「やめてくれ」 あはは、どうだ参ったか♪ 弱点は熟知しているからね、君は私に逆らえないんだよ♪ ということで、はい♪ 手つないで帰りましょう♪ 理由なんて、私が手を繋ぎたいからに決まってるよ? 最近、弟がどんどんそっけなくなって、お姉ちゃんは悲しいのです。 だから、はい! わっ、驚きだ。まだ抵抗するんだ。 こちょこちょの刑をまた味わいたいのかな? あはは、離れないでよ。冗談だから。 う~ん、そうだな~。君を素直にさせるには、これが一番だよね♪ 私の手を繋いで帰ってくれたら、君のだ~い好きな桜餅を持って行ってあげる。 お店で買ったものじゃないよ。もちろん、ぜ~んぶ、私の手作り。 君に食べてもらうことだけを想って愛情た~っぷり注いでつくった桜餅だよ。 老舗の和菓子屋店長から受け継いだ、 とっても、と~っても美味しい桜餅を作って持っていこうと思うんだけど、どうかな? あはは、びっくりするぐらい素直だ。 それじゃ、帰ろっか♪ せっかくだし、恋人繋ぎする? だめか~。 あっ、そうだ。小説書き終わったから読んでくれる? 前に言ってた黒いカラスと白いカラスのお話完成したの。 自信作だから、楽しみにしてて。 君に読んでもらうために書いたんだから♪ どうかな? ほんと?ほんとにほんと? 嘘じゃない? 今回の話そんなによかった? ん~~、やった~~! 珍しく君に褒められた! 嬉しいに決まってるよ。君のコメントいつも結構辛口なんだもん。 まあ、だから助かるってのもあるんだけどね。えへへ~。 そっか、好みのお話だったんだ。 えっと、それじゃ・・・このお話に絵を・・・。 ううん、なんでもないっ。 あっ、もうこんな時間。 そろそろ君も寝る時間だよね。 もちろん、一緒のベッドで寝るよ♪ せっかくのお泊りだし。 もし断ったら~、こちょこちょの刑だよ♪ ■トラック3 ふふ、あったかいね~ あ~こら~、なんで離れようとするの この狭さがいいんじゃない。 ちゃんと暖かくしないと、風邪ひいちゃうよ、こっち来て。 えへへ、捕まえた。 君が悪いんだよ、お姉ちゃんの言うことに逆らうんだから お姉ちゃんの命令は絶対なのです♪ 昔はよく一緒に寝たり、一緒にお風呂入ったりしてたよね。 それが今では・・・。はぁ・・・。 一緒に寝るのは断られ、一緒にお風呂に入るのは断られ、手を繋ぐのだって、桜餅を渡さないと繋いでくれない。 もうっ!私はいったいどうすればいいの! 「逆切れかよ」 もちろん、怒るよ、激おこだよ。 態度だって年々そっけなくなるし、 私に相談なしに勝手に一人暮らし決めてさ、バイトだってさっさと決めちゃうし。 君はいつになったら反抗期をやめるのかな? 「反抗期じゃないし」 え~絶対反抗期だよ。 はぁ・・・。昔はよかったな~。 いつだって私の後ろをとことこついてきて、私が寝ていると「お姉ちゃん一緒に寝よう」ってお布団に潜り込んできて、私がお風呂に入っていると、「僕も入る~」って入ってきてくれて・・・甘えん坊で可愛かったのに、 「記憶の捏造!」 あはは、騙されなかったか。 はいはい、そうですよ~。今言ったことはぜんぶ私のことですよ~ 甘えん坊はぜんぶ、私のことですよ~だ♪ えへへ~、意地悪言った罰で、今日は私の抱き枕になってもらうから。 も~。私が何か抱いてないと眠れないの知ってるでしょ? いつもはカー君抱いて寝てるけど、今日は持ってきてないからね。 そうそう、カラスのぬいぐるみ。 捨てるわけないでしょ。君が初めてのバイト代で買ってくれたやつなんだから。 大切にするに決まってる。 意地悪い言う君には、ぎゅ~ってしちゃうからね。 ぎゅ~。 ふふ、照れてる♪ もっと身体を押し付けちゃうぞ、ぎゅ~ ふふ、私だって恥ずかしいよ。だけど、もっと君と触れ合いたいんだよ。 だから・・・もっとぎゅ~ってしちゃうの。 ぎゅ~~~。 へ~、私のこと襲いたくなるんだ~。 いいよ、襲っても♪ 君にならいつ襲われたっていい。 私はね、昔も今も変わってないよ。 今も一緒に寝たいと思ってるし、一緒にお風呂入りたいと思ってる。恋人の男女がするようなことも、君とならしたいと思っているよ・・・ 私たちは姉弟だけど、姉弟じゃないんだよ・・・? ねえ、私が告白したこと覚えてるよね? だよね。忘れるわけないよね。 私の気持ちは変わってないから。ずっとず~っとこれからも続く永遠のものだから。 だから・・・。私の気持ちは変わらないって、覚えておいてもらえると嬉しいな。 それとね・・・。私はどんなことがあっても、君の味方だから。 私といるのが本当に嫌になったときは、ちゃんと言ってね。 君を追いかけるような真似はしないから。困らせないで、ちゃんと応援するから。 私たちの関係が、君の重荷になるなら、忘れたっていいから。 自分が幸せになる道を選んでね・・・。 君の幸せの中に、私がいたら嬉しいけどね。あはは。 あっ・・・。 ふふっ、手を握り返してくれるから、私も勘違いしちゃうんだよ。 私の初恋は終わってないって、まだ可能性があるんだって。 「姉弟なんだし、手を握るぐらい当たり前だろ」 あはは、そうだね。 姉弟だもん。手を握るぐらい普通だよね。 これからもたくさんアタックするから覚悟してね。 いつか絶対、君に振り向いてもらうんだから。 ふふ、おやすみなさい。 すぅ~、すぅ~、すぅ~、すぅ~ すぅ~、すぅ~、すぅ~、すぅ~ ■トラック4 外で部活するのもたまにはいいよね。 展望台の景色を眺めながら、私はノートに物語を書き、君はスケッチブックに絵を描く。 なんて贅沢な時間♪ 今からすっごく楽しみだね♪ 「同じ部活じゃないけどな」 も~。また意地悪言う。 たまにはいいでしょ?文科系の部活同士コミュニケーションをとっても。 みんな用事があって、部活出られないんだもん。 一人で部活出てもつまらないし。 「おれはいつも一人だけどな」 君がいつも一人なのは、他に部員がいないからでしょ。 去年の勧誘もぜんぜん真剣にやってなかったし。 私たち、もうすぐ卒業だよ? 一人も後輩いなかったら、美術部なくなっちゃうんじゃない? 「別におれがいなくなったあと美術部がどうなろうと関係ないし」 冷めてるな~。 まぁ、確かにね。 私たちがいなくなった後のことを考えても、しょうがないけど…。 でもさ、君のお父さん有名人だし、部員いなくても美術部は残りそうだよね。 世界的な有名画家が所属していた美術部って。 わっ、あからさまに不機嫌になった。 君ってお父さんのことほんと嫌いだよね。 あんなに格好いいのに・・・。 あはは、動揺してる♪ 冗談だよ。かっこいいとは思うけど・・・。 私は君のほうが格好いいと思っているよ。 君は私にとっては世界中で一番格好いい男の子だよ。 待ってよ。歩くの早いよ! えへへ~。 あっ、ごめんね。どうしても顔がにやけちゃって。 モデルだし、表情もビシッとしないとだめだよね。 ちょっと待ってて、気持ちを落ち着けるから。 す~は~、す~は~。 す~は~、す~は~。 よ~し! どんとこい! えへへ~。 「顔!」 あれ?まだにやけてる? う~、だめだ~。嬉しすぎて、顔が勝手に緩んじゃう。 「そんなに嬉しいものか?」 嬉しいに決まってるよ! 君が私の絵を描いてくれてるんだよ? それだけでも嬉しいのに、君が・・・すごく真剣な目で私を見てくれるから・・・。 「絵を描くためなんだからしょうがないだろ」 画を描くためだってわかってるけど、照れるし嬉しくなっちゃうんだよ。 好きな男の子が私だけを見てくれてるって思うと、胸がぽかぽかして幸せな気持ちになる。 ただでさえ、好きなのに、そんな真剣な目で見られたら、もっと好きになっちゃうよ・・・。 わ~。呆れた顔された。 なんか悔しいし卑怯・・・。 「卑怯って……」 だって卑怯だよ。私だけ一方的に照れちゃう状況なんだもん。 私だけ恥ずかしいのは嫌だよ・・・。 あっ、お姉ちゃん、ひらめきました♪ 愛してるゲームしようよ。 中学のとき、流行ってやったことあるでしょ。 交互に「愛してる」って言い合って、照れた方が負けってゲーム。 今からしよっ♪ 「めちゃくちゃ言ってる自覚ある?」 めちゃくちゃ言ってる自覚はあるけど、君にも恥ずかしがってほしいの! とにかくやるよ! はい、君からどうぞ! このゲームは言うほうが一番恥ずかしいんだから。 恥ずかしい気持ちをしっかり味わってください♪ さあ、どうぞ! ふふ、ふふふふ、どうしたの~? どうしたのかな~? はやく言ってよ~。 どうして言ってくれないの~。 もしかして~恥ずかしいのかな? 家族に愛してるって言うだけなのに、恥ずかしいのかな? 血は繋がっていないとはいえ、ただの姉弟なのに、言うのはずかしいのかな。 私のこと異性として見てなかったら、照れずに言えるはずだよね。 私のこと家族としてしか見られないって、振った君なら照れずに言えるはずだよね。 ねえ、早く~。早く言ってよ~。愛してるって。 愛してるって言って♪ 「……愛してる」 あっ・・・。 はいっ!私も愛してます! 君のこと愛してます! あっ、あれ? わぁ~! ごめん! そうだよね、ゲームだよね。 今のなし! 間違い! 完全に間違いだから! 思わず口から出ちゃっただけだから忘れて! 君の番は終わり! 今度は私が言うから! 愛してる! 愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる! すっごく愛してる! どう! 照れた! う~。笑うな~~。 ふっ、ふふ、あははは あ~あ、だめだね、ぜんぜんゲームにならないや。 私、目つむっていることにするよ。 あはは、最初からこうすればよかったね。 うん、描いて。 できた?見せて見せて♪ やっぱり、好きだな・・・。 君には私がこう見えているの? そっか、嬉しい。 あのさ・・・すごく今更なことで、もう遅いんだけど、美大行かなくて本当に良かったの? 私、知ってるよ。部屋に美大のパンフレットたくさんあること。 東京の美大のパンフレットに、付箋を貼ってたことも。 でも、結局、受験しようともしないで、画廊への就職決めちゃったよね。 「画廊そんなにダメか?」 ううん、そんなことない。君にぴったりな仕事だと思う。 絵は上手だし、美術の知識も凄いし、勉強もできるし。 でも、私は・・・、絵を描く仕事を選ぶと思っていたよ。 「仕事しながらでも描くことはできるさ」 それは・・・。そうだけど・・・。 仕事をしながらでも描くことはできるけど・・・。 あはは、そうだよね、私もお仕事しながら作家目指そうと思ってるし。 全然おかしなことじゃないよね。 学費とかで私のお父さんに遠慮してるのかなって思ってただけだから。 うん・・・。それならいいんだ・・・。 君が平気なら全然いい・・・。 ごめんね。変なこと聞いちゃったね。 絵、描いてくれてありがとう♪ ■トラック5 なかなか決まらないね。 ショッピングモールを歩いていたら、ビビッと来るのが見つかると思ったんだけどな。 去年は何買ったんだっけ。 あ~、そうだ、グラスだ。 今年も同じのプレゼントするわけにもいかないし。 う~ん、悩む。 選ぶの年々難しくなっていくね。 もう今年からあげるのやめよっか♪ お父さん、お誕生日おめでとう♪ って最愛の娘と息子からの愛を込めたバースデイメッセージだけで、お父さんも喜んでくれると思うの♪ 「それはダメだって」 あはは~、怒られちゃった。 でも、まあ、お父さん毎年楽しみにしているもんね、私たちからのプレゼント。 だから毎年選ぶハードルが徐々に高くなってるんだけど。 う~ん、何にしよう? 「桜餅はどうかな?」 桜餅って、絶対君が食べたいだけでしょ。 ふふ、もー。 でも、食べ物はいいかも。 今まで残るものって考えていたけど、こだわる必要ないよね。 誕生日は毎年続いていくんだし。 食べ物でお父さんが好きなものと言えば・・・ やっぱり甘い物? 豆大福好きだよね。 店長に相談して誕生日仕様の巨大豆大福作ってもらうってどうかな? よし、決まりだね♪ 男の人って甘い物苦手な人が多いって聞くけど、うちの男性陣全員好きだよね。 特に和菓子。なんでだろ? あはは、美味しいのは私も納得♪ あとは、ケーキだよね。 お父さんが好きなケーキといえば・・・モンブランだっけ? モンブラ~ン♪モンブラ~ン♪ って歌いながら、モンブランを食べていた気がする。 「最近はチーズケーキじゃないのか?」 あれ? チーズケーキだっけ? ああ~、お父さんお酒のおつまみでよくチーズ食べてるね。 お酒のおつまみのチーズと、ケーキじゃ別な気もするけど。 まあ、相手はお父さんだしどっちでもいっか。 当日は、豆大福とケーキを買って、お父さんの好きな料理を多めに作れば、喜んでくれるよね。 よ~し、そうしよう♪ けって~い♪ あっ・・・ あのお店に飾ってるワンピース可愛いなって。 ちょっと、寄ってっていいかな? ありがと♪ う~ん、サイズも合ってるし可愛いけど・・・値段は可愛くない・・・。 お父さんの誕生日も控えているし、バイト代もそんなに使いたくないし。 う~ん、う~~ん、う~~~ん。 うん♪ やめやめ♪ ごめんね、付き合わせて。 買うのやめる。 好きな感じだったけど、春物のワンピースを着るにはまだちょっと寒いから。 もうちょっと暖かくなって、まだお店に残っていたら買おうかな。 「俺も似合うと思ったけどいいのか?」 いいのいいの。 誕生日用のプレゼントも決まったことだし帰ろう。 今年も無事、決まってよかったね。 あっ、そうだ。 今のうちに言っておくけど、当日はちゃんとうちに来てよ。 もちろん、お泊りだからね。 だ~め♪ お泊りです♪ こういうイベントの日じゃないと、ぜんぜん帰ってこないんだから。 家族の一員の自覚をもってください。 うん♪ わかればよろしい♪ んっ?どうしたの? ああ、絵具。前に切れそうって言ってたもんね。 わかった。私あそこのベンチで待ってるね。 お帰り、早かったね。 あれ? その紙袋って・・・。 えっ、なになに? 私に? あっ・・・。さっきのワンピース・・・。 ふふ、なにそれ? プレゼントって、私なんの記念日でもないよ。 そっか、君も似合うと思ってくれたんだ・・・。 嬉しい・・・。 すっごく嬉しいよ♪ ありがとう。大切に着るね♪ まだ、帰るのも早いし時間あるよね。 お礼したい。美術館行かない? 好きだよね? 入館料は私が払うから。 まだ帰りたくない。もっと君と一緒にいたいよ。 君が悪いんだよ。私を喜ばせてくれるから、もっと好きになって、もっとも~と一緒にいたくなるの。 だから、私と美術館デートしよっ♪ ■トラック6 ふふ。 ううん。君はやっぱり絵に触れているときが一番楽しそうだなって。 私も楽しいよ。楽しいに決まってる。私も絵は好きだし、何より君がいるから。 君と一緒なら、どんな場所だって楽しいよ。 あははっ、定期的にアタックしておかないとね♪君は結構な忘れん坊さんだから♪ ふふ、ごめんごめん♪ あっ、カラスの絵だ。 新しく展示されたのかな? 前来たときはなかったよね。 だいぶ好きな絵かも・・・。 そうだね、カラスは好きだよ。 あれ?言ったことなかったっけ? 鳥が好きってのもあるけど、カラスとツバメは特に好きかな。 ほら、この街って桜が多いでしょ。 カラスが桜の実を落として、桜が増えたって話を昔聞いたことがあってね、 私、桜もこの街も好きだから、 「たくさんの桜をこの街に咲かせてくれて、カラスさんありがとう」って思ってるんだ。 まあ、嘘か本当かはわからない話だけどね。あはは。 でも、そういう風に考えた方が、なんでも好きになれそうじゃない? 嫌いより好きなほうが、私も気分いいし。 ツバメは、私が「幸福な王子」が好きだからかな。 そうそう、オスカーワイルドの王子とツバメのお話。 お母さんが生きていたころね、幸福な王子の絵本をよく読んでもらったんだ。 そのお話を聞いたとき、ふふ、私ワンワン泣いちゃって。 ツバメさんかわいそう、王子ひどいやつ! 王子が引き留めなかったら、ツバメさん死ななかったのに!って。 ふふ、笑っちゃうよね。 ねえ・・・、君はハッピーエンドだと思う・・・? ツバメにそばにいてほしくて自分を犠牲にした王子と、 王子にそばにしてほしくて自分を犠牲にしたツバメ。 王子とツバメの関係性は、ハッピーエンドだと思う? あはは、それは私の解釈だよ。 お話って、人それぞれの解釈があるから、面白いと思うんだ。 ハッピーエンドとバッドエンド、どっちだと思う? 「ハッピーエンドの話じゃないか?」 そっか・・・やっぱりそう思うんだ。 私は・・・ふふ、秘密だよ♪ ・・・おじさんの絵、戻ってきてたんだね。 櫻心中・・・。すごい絵だよね。 黒と白だけで描かれているのに色が見える。 この絵が、君のお父さんを有名にしたんだよね。 外国の大きなコンクールで選ばれて。 私は・・・。あんまり好きな絵じゃないかな。 凄い絵だと思うし、綺麗な絵だとは思うけど、なんだか怖いって思う。 モノクロの絵が嫌いってわけじゃないよ、凄く好きな絵だってあるし・・・。 自分でもよくわからないけど、おじさんの描く桜の絵が、苦手なんだと思う。 絵が悲鳴を上げているような感じがするの。 おじさん、ここ数年はニューヨークの風景や人物画を描いていたでしょ。 そういう絵はポカポカする感じがして、私は好きかな。 ・・・あのね、言いたくなかったら言わなくていいし、怒ってくれてもいい。 ・・・君がお父さんを嫌ってる理由って、この絵が関係してる? 比べられるのが嫌だって前に言っていたけど・・・本当にそうなのかなって・・・。 君が桜の絵を描くときと、お父さんの描いた桜の絵を見るとき、何かに苦しんでるような同じ表情をしてて・・・。 でも、お父さんの描いた桜以外の絵を見るときは、嬉しそうな顔をしてて・・・。 お父さんのこと本当は好きだけど、 嫌いにならなくちゃいけない理由が他にあるんじゃないかって思えて・・・。 「いつか話せたら話すよ」 うん、今じゃなくて全然いい。 君が話したくなったらでいいから。 うん、待ってる・・・。 ほかの絵、見に行こうか♪ 家まで送ってくれなくてもよかったのに。 あはは、心配性だな~。 でも、ありがとう。 お家寄ってく? 夕飯食べてったら? どうせ帰りに、お弁当買ってくつもりでしょう・・・ 思いっきり目逸らせるし。 今日の夕飯はデザートに桜餅をつけようかな・・・ わっ、あっさりと考えを変えた。 お父さんは豆大福に弱々だし、君は桜餅に弱々だし、うちの男性陣はどうなってるんだろう? う~ん、謎だ。 あっ、ごめん、ポスト見てくれる? んっ、どうかした? エアメール・・・? 君のお父さんだよね・・・? これって・・・高校を卒業したら、一緒にニューヨークで暮らそうってことだよね・・・? 「ふざけるな、ふざけるな!」 なんで破いて――。 ちょ、ちょっと、落ち着いて――。 「くそっ」 ――っ、何してるの! ダメだって! 落ち着いて! 大丈夫だから! 大丈夫だから、ね! 私を見て、私の目を見て・・・! 「……美桜」 うん、そうだよ。君の可愛いお姉ちゃん彼女の美桜だよ? 「誰が彼女か」 あはは、騙されなかったか♪ どう・・・? 落ち着いた? そう、よかった・・・。 こんなところ見られたら、ご近所で噂になっちゃうね。 でも姉弟なんだし、姉が弟に抱き着くぐらい普通だよね? えへへ。 手・・・痛い? いきなり壁を殴るからだよ? 家が壊れちゃったら、どうするの? 私の住むお家なくなっちゃうよ? そうだよ、ちゃんと反省してください。 あっ、でも、そうなったら君のお家に転がり込めるかも・・・。 ふふ、な~んてね♪ もうやっちゃだめだからね? うん、約束。 他の約束は破ってもいいから、この約束は破ったら絶対ダメだよ? うん、よろしい♪ お家、入ろう。 手、消毒しないとね。 「何も聞かないんだな」 うん、聞かない。 君が話したくなったらでいい。 でも、これだけは伝えておくね。 私は、君がどんな選択をしても全力で応援する。 だって私は、君の家族で、君の第一人者で、君の絵の一番のファンだから♪ ■トラック7 起きてる? 一緒に寝ようと思って。 お父さんもすっかり寝ちゃってるから大丈夫だよ。 失礼しま~す。 ふふ、あったかい♪ 誕生日喜んでもらえてよかったね。 毎年のことなのに、お父さんたくさん泣いて、私たちはそれをなだめて、でも、笑い声が尽きない。 こんな日がいつまでも続けばいいのにって思っちゃった。 手紙のこともう決めた? 「行くわけないだろ」 ふふ、相変わらず嘘つき。 私は君のお姉ちゃんだよ? 弟が嘘ついていたら、すぐにわかるよ。 「嘘なんかじゃ・・・」 お父さんのこと嫌いって言ってても、本当は好きだってことも、 本当はお父さんと一緒に絵を描きたいってことも・・・。 血は繋がってないけど、ずっと一緒に育ってきた家族だよ。 そのぐらい、ぜんぶわかるよ。 私はね・・・。後悔してる。 もっとたくさん話しておけばよかった・・・。 もっとたくさん大好きって伝えておけばよかったって・・・。 お母さんともっと一緒にいたかったよ。 だから、私は君がうらやましい。 君はまだ会えるから。 会いたくても、会えないのは悲しいよ。 「俺がいなくなっても平気なのか?」 前にさ、幸福な王子の物語は、ハッピーエンドかバッドエンドかの話をしたよね。 君はハッピーエンドを選んだ。 私はバッドエンドだと思っているよ。 ツバメはさ、王子のもとを離れるべきだったんだよ。 そばにいて欲しいために願った約束なんか無視して、離れるべきだったんだよ。 そうすれば、ツバメは死なずに済んだんだから。 翼があるなら、飛ぶべきだと、私は思うよ・・・。 願い事や、約束は、相手を縛り付ける重たい鎖だよ。 一方通行な、願い事をかなえるために、約束を果たすために、頑張る必要ないんだよ。 重荷になってるなら、そんな鎖捨てちゃっていいの。 私ね・・・、君のことが好き。 ときどき嘘つきで意地悪な君が好き。 私の作った桜餅をおいしそうに食べてくれる君が好き。 兄のように頼れて、弟のようにかわいい、君が好き。 私の話を真剣に聞いてくれる君が好き。 私に笑いかけてくれる君が好き。 絵を楽しそうに描いている君が好き・・・。 この気持ちは本物で、これからも絶対消えない私の永遠の気持ち。 私は、離れないよ?離れることになっても、気持ちは離れることはないから。 ふぁぁ~。 眠たくなってきちゃった。そろそろ寝よっか。 手、繋いで寝よう。 ありがと♪ おやすみなさい。素敵な夢を見ようね。 すぅ~、すぅ~、すぅ~、すぅ~ すぅ~、すぅ~、すぅ~、すぅ~ ■トラック8 ああっ・・・♪ 久しぶりだね。元気だった? あれ? 私のこと忘れてる・・・? 約束のことも・・・? あはは・・・そうだよね。 えっとね、私は美桜。美術の美に、桜って書いて美桜っていうの。 君の名前は? そっか、素敵な名前だね。 う~んと、う~んと、あっ! 今日から私が君のお姉ちゃんだから。いつでもお姉ちゃんに甘えていいからね。 ほぇ、誕生日? ・・・誕生日いつ? 私の方が遅い・・・。 でもでも、私の方がこの家では君よりお姉ちゃんなんだよ? 歳はおんなじだけど、この家では私のことお姉ちゃんって呼ばないとダメなんだよ? だったらお兄ちゃんって呼んだ方がいいの? とにかく!私が君のお姉ちゃんになるから、困ったり悲しいことがあったら、 今度は私が絶対助けるから、いっぱい頼ってね♪ おかえりなさい! なんで無視するの! 帰ってきたら、「ただいま」って言うんだよ。 はい、言って♪ うん♪ おかえりなさい♪ えへへ~。 あのね、ちょっといいかな? えっとね・・・桜餅作ったの。 料理するのははじめてで形は不格好だけど、君に元気になってもらいたくて、 お店の人に教えてもらいながらね、頑張って作ったの。 えっとね、えっと・・・。お父さん甘い物好きで、甘い物食べてたら笑顔になるから、 君も甘い物食べたら笑顔になるかなって・・・。 だからね、えっと・・・、食べてもらえると嬉しい・・・な? 何か食べないと体悪くするよ・・・。 ダメ・・・かな? あっ・・・。 どう・・・かな? ほんと?ほんとにおいしい?えへへ、やった♪ たくさん作ったから、たくさん食べてね♪ 一緒にお絵描きしよ? スケッチブックと色鉛筆、お父さんに買ってもらったんだ。 こっちは君の分だよ。 ・・・絵描くの嫌いになっちゃったの? だよね! よかった♪ あれ?色鉛筆使わないの?たくさんの色があって綺麗だよ。 ふ~ん、それじゃ私もただの鉛筆で描こっと♪ えへへ、おそろいだね♪ 一緒に寝よっ? いいよね、いいに決まってるよね。 ダメって言っても勝手に布団に入るもんね。 えへへ~、一緒のお布団。ポカポカしてあったかいね。 そうだ、君がゆっくり眠れるように、魔法をかけてあげるね。 カラスが一匹、カラスが二匹。 ほぇ、前にお母さんから教えてもらったの。 羊を数えるとね、自然と眠くなるんだよ。 私、羊よりカラスの方が好きだから、カラスを数えているの。 続けるよ。 カラスが三匹、カラスが四匹・・・。カラスが・・・五匹・・・。カラスが・・・・・・ すぅ~、すぅ~、すぅ~、すぅ~ すぅ~、すぅ~、すぅ~、すぅ~ だ~め! お風呂一緒に入るの! 仲良し家族は、一緒にお風呂入るって決まりがあるの! 君はお姉ちゃんのこと嫌いなの・・・? えへへ、やった~! それじゃ早速、お風呂へレッツゴー♪ ねえねえ、この雑誌で紹介されてる人、君のお父さんなんだよね。 君のお父さんすごいんだね! 「桜の芸術家」だって。 桜の絵がいっぱい載ってる。 綺麗だけど、ちょっと怖いかも・・・。 あれ?この桜の絵、前に君が描いてくれた絵と似てる・・・? んっ? どうしたの? なんか不機嫌になってる? え~、怒ってるよ。 嘘言う弟には、こうだ! こちょこちょ、こちょこちょこちょ~♪ こちょこちょ、こちょこちょこちょこちょ~♪ あはは、もっと笑顔にしちゃうもんね♪ 神様、仏様、学校様、どうかお願いします! なにとぞ弟と同じクラスにしてください! も~、また意地悪いう。 君はお姉ちゃんと別のクラスになってもいいの? それとこれとは話が別です。 一緒に暮らしていても、一緒のクラスになりたいんです~ えっ、ほんとに♪ やったやった♪ 同じクラスだよ! 学校でもよろしくね♪ 君は美術部入るんだよね? えっ、なんで悩んでるの? 絵描くの好きでしょ? それ言ったら、私だって自宅でもお話は書けるけど。 でもでも、仲間と一緒に部活するのって、「青春!」って感じできっと楽しいよ。 それに、お互い部活してたら、帰る時間もだいたい一緒になるはずだし、毎日一緒に帰れるよ。 えへへ、バレたか♪ とにかく、君は美術部に入ること♪ お姉ちゃん権限を発動します♪ すごいよ、最優秀賞だって! すごい!すごい! 大したことあるよ! 街のみんなにもいっぱい自慢しなくちゃね。 弟がコンクールで最優秀賞取りましたって。 今日はご馳走作らなきゃ! 桜餅もたくさん作るね♪ 大事な話があるの・・・。 うん、とっても大事な話。 私は・・・あなたのことが好きです。 弟としても、お兄ちゃんとしても、家族としても好きだけど、 ひとりの男の子として・・・あなたのことが好きです。 私の恋人になってくれませんか? そっか・・・。あはは・・・。フラれちゃったか・・・。 理由、教えてもらってもいいかな? ずるいよ・・・。私の気持ち、気づいているのに、そんな言い方ずるいよ。 君が嘘つくなら、私だって諦めないから。 ふふん、そうだよ。君のお姉ちゃんは諦めが悪いのです。 だから、これから覚悟してね。たくさんアタックするから♪ 家から出ていくって本当? なんで!私聞いてない! なんでお父さんだけ?なんで私には言ってくれなかったの!? そんなに私から離れたいの? ひどいよ、気持ち知ってるくせに、ひどいよ・・・。 ねえ・・・約束覚えてる? そっか、大切にしていたの私だけだったんだね・・・。 あはは、ごめんね、変なこと言って。 男の子だもん、一人暮らししたいって気持ちはあるよね。 新しいお家、私も遊びに行くからね。 家族なんだし、それぐらいいよね? 起きて、ねえねえ、起きて。朝ですよ~ うん、そうそう♪君が大好きな美桜お姉ちゃんですよ~♪ えへへ、来ちゃった♪ ほらほら、早く顔洗って、一緒に朝ごはん食べよ。 明日、学校もお休みだし、泊ってってもいいかな? まあ、ダメって言われても、むりやり居座るけどね♪ えへへ~、やった♪ お泊り楽しみだな~。 一緒のお布団で寝るのは決定事項で、一緒にお風呂も決定事項♪ え~、お風呂ダメなの~? 昔は「お姉ちゃん一緒にお風呂入ろう!」って君の方から言ってくれたのにな~。 弟が反抗期になって、お姉ちゃんは悲しいよ~ う、う、う・・・ あはは、騙されなかったか♪ わ~わ~、聞きたくない、聞きたくない! そんな辛口評論聞きたくないよ! も~。また気難しそうな顔して絵を描いてる。 ええ~!ぜんぜん汚くなんてないよ。 私は綺麗な絵だと思うよ。優しい色をしている。なんだかすごく君っぽい色。 あはは、君っぽい色は、君っぽい色だよ。 私は君の色と絵、どっちも同じくらい大好きだよ♪ 私は、離れないよ?離れることになっても、気持ちは離れることはないから。 ■トラック9 そろそろ起きよ~、朝だよ~。朝ですよ~。 おはよう。 ずいぶんぐっすり眠ってたね。 珍しいよね、君がこんな時間まで寝てるなんて。 いい夢でも見てた? 「見ていた気がするけど何の夢か忘れた」 あはは、夢なんてそんなものだよね。 「そのワンピース……」 あっ、気づいてくれた? この前、買ってくれたワンピースを着てみたの? どうかな・・・? 「かわいいよ」 ふふ、ありがとう♪ 今日さ、天気もいいし、展望台へピクニックに行かない? 桜餅もたくさん用意したよ。 あはは、慌てなくても桜餅は逃げないよ。 玄関で待ってるね。 ううん、ぜんぜん待ってないよ。 スケッチブック持ってきてたんだ。 ふふ、やっぱり君はスケッチブックがよく似合うね♪ はい、あ~ん。 恥ずかしがる必要ないでしょ?ここには私たちしかいないんだし。 おいしい? よかった♪ 君ってほんとうに桜餅が好きだよね。なんでそんなに好きなの? まあ、好きってそんなものだよね。気づいたら好きになっていた、みたいな。 はい、もう一つ、あ~ん。 ふふ、桜を見ながら、桜餅を食べるってなんかいいよね。 風流って感じがして。 まあ、君は花より団子だけど。 「バレたか」 あはは、バレバレだよ。 あはは・・・。 楽しいね、だけど、こんな楽しい日々ももう少しで終わるんだね。 こっち来て。 桜、綺麗だね。 ここから見える景色、忘れないでね・・・。 「美桜?」 こんな言葉を知ってる? 自然は芸術を模倣する。 うん、幸福な王子のオスカー・ワイルドの言葉。 私、この言葉好きなんだよね・・・。 私ね、死にたいと思ったことがあるの・・・。 お母さんが病気で亡くなって、会いたくても会えなくて、 この街で星に一番近い、この展望台に来ても、どうすることもできなくて・・・。 ずっと泣いていた私に、声をかけてくれたのは君だった。 君はスケッチブックに絵を描いてくれた。 満開の桜の絵。 鉛筆で描かれたモノクロの絵なのに、私にはしっかりと色がついて見えた。 あのとき見えた綺麗な色はいまでもはっきりと覚えてる。 私の世界はずっと曇り空で、ずっと雨が降っているように暗かった。 だけど、雲の小さな隙間から光が差し込んで、光はどんどん大きくなって、 私の世界は急に明るくなったの・・・。 悲しいのに、暖かな気持ちでいっぱいになって。 気づいたら、泣きながら、笑ってた。 私にとって、君の描く絵は、そういう絵。 自然が芸術を模倣するような、そういう絵。 決めたんだよね? お父さんのところに行くって。 朝ね、君の目を見たとき、思ったの。 ああ、決めたんだなって。 わかるよ、君のことならなんでも。 ずっと想って、ずっとそばで見てきたんだから。 お父さんと一緒に楽しく絵を描いてね。 向こうに行っても、この街の思い出や景色を忘れないでね。 それで、ときどきは私のことを思い出してくれたら嬉しいな、えへへ・・・。 えっ・・・スケッチブック・・・? 見ていいの? ――っ。黒いカラスと白いカラスの絵・・・。 この絵って・・・。 次のページも、私の小説の・・・。 ぜんぶ・・・私の小説の絵・・・ 約束・・・ぐすっ、覚えてくれていたんだ・・・。 ずっとね、不安だったの。 私との約束、忘れちゃったんじゃないかって・・・。 「忘れたことなんてなかった」 うん・・・うん・・・。 私もね、忘れたことなかったよ・・・。 君との約束、一緒に絵本を作るって約束・・・。 約束があったから、今まで書いてこれたの。 あはは。 やっぱり君は魔法使いだね。私を笑顔にしてくれる魔法使いだ。 約束しよっ? これからの約束。 私ね、君の絵に合う物語をたくさん書くよ。 だから君も、私の物語に合う絵をたくさん描いてね。 指切りげんまん、嘘ついても、嘘つかなくても、絵本をつ~くる、指切った♪ あはは、凄くそろってたね。覚えていたんだ。 「だって変な歌詞だったし」 も~、変な歌詞は余計だし。 あはは。 うん、いつか一緒に絵本を作ろうね。 約束だよ♪ ■トラック10 この手紙が最初で最後になることをお許しください。 臆病で卑怯者の僕では美桜に直接伝えることができないと思い、手紙を書くことにしました。 僕は今、父の家で一緒に暮らしています。 毎日のようにアトリエにこもり、父の隣で絵を描いて一日が終わる。そんな毎日です。 父と再会するまで、正直不安でした。 僕は父に対して恨みと負い目、父もまた僕に対して恨みと負い目を抱えています。 そんな自分たちが同じ空間で一緒に絵を描くことができるのか不安でした。 ですが、アトリエにある、父が描いたたくさんの絵を見た瞬間、不安は消え、描きたい衝動に駆られました。 気づいたときには、僕たちはキャンバスに絵を描いていました。 何年も離れて暮らしてきた家族なのに、家族らしい会話は一切なく、絵を描き続けました。 父は僕の絵を妬み惹かれ、僕も父の絵を妬み惹かれる。 歪んだ関係だけれど、唯一「絵」だけが、僕たち親子を結びつける絆なのでしょう。 はじまりは、僕が桜の絵を描いたことがきっかけでした。 僕の両親はどちらも売れない画家でした。 自分の才能に見切りをつけ絵を描くことをやめた母親と、自分の才能をひたすら信じて絵を描き続けている父親。 そんな家庭で僕は産まれ育ちました。 当時の僕は父の影響から、毎日のようにスケッチブックを持ち歩き、目に入る景色を鉛筆で描くような日々を過ごしていました。 ある日、僕は父に連れられて、桜の綺麗な街に行くことになりました。 その街は、父の地元で、父の友人が亡くなったことから、葬儀に出席することになったのです。 僕はその街の、展望台で描いた桜の絵を、父に見せました。 普段はあまり絵を見せないのですが、嬉しいことがあって、父に絵を見せたくなったのです。 桜の絵を見せた日を境に、父は狂ったように桜の絵を描くようになりました。日常生活の全てを捨て、描くことだけをおこなうようになりました。 そして、最後には僕と母を捨て、家を出ていきました。 父親がいなくなると、家族が崩壊するのは一瞬でした。 元々心の弱かった母は、父がいなくなったことから、僕に当たるようになりました。 絵を描くのをやめろ、父親の真似をするのをやめろと、何度も言われました。 でも、僕は絵を描くのが好きで、やめることができませんでした。 絵を描き続ければ、父が帰ってくるかもしれない。 もっと上手で綺麗な絵を描けば、母が喜んでくれるかもしれない。 そう思って、母に隠れてこっそり絵を描いていたのです。 その絵が見つかり、絵を破られたとき、僕は残酷な言葉を言いました。 お前なんて死んでしまえ。 家を飛び出し、夜遅くに家に戻ると、母は首を吊っていました。 僕が母を殺し、家族を壊したのです。 それからの日のことは、あまり覚えていません。 気づいたら出ていったはずの父が目の前にいて、何度も謝りながら、僕のことを抱きしめていました。 その数日後には、父の友人に預けられ、一緒に暮らすようになっていました。 後は、美桜もよく知っている通りです。 優しい父親と、優しい女の子に迎えられ、幸せな生活を送ったこと。 一緒に暮らすうちに、どんどんその女の子のことが好きになっていったこと。 好きな女の子に好きだと言ってもらえて、怖くなったこと。 距離をとるため、一人暮らしを始めたこと。 絵を描くのをやめようと思っても、やめられなかったこと。 約束を覚えているのに、忘れたふりをして、遠ざけようとしていたことも・・・。 展望台で渡した、黒いカラスと白いカラスを描いたスケッチブックは、 美桜の画家として、最後の別れのつもりで描いたものです。 僕は自分の絵を、モノクロでしか見ることができません。 キャンバスに色をつけても、僕にはすべてモノクロに見えるのです。 絵具を混ぜ、求めている色を作ることができても、 キャンバスに色をつけた瞬間モノクロに見えてしまうのです。 先天性の障がいではなく、精神的なものです。 何が発端だったのかはわかりません。 母に色のついた絵を破られたときだったかもしれないし、 僕の絵を模倣して描いた父の櫻心中の絵を見たときだったかもしれません。 他の人が描いた絵は色がついて見えるのに、僕の描いた絵だけ色がついて見えないのです。 モノクロの世界しか描けない僕では、美桜の画家になることはできません。 物語の絵に色をつけることはできません。 幸福な王子がツバメのそばにいられたのは、幸せを与えることができたからです。 ツバメが王子のそばにいられたのは、幸せを運ぶことができたからです。 僕は幸せを与えることも、幸せを運ぶこともできません。 僕と一緒では、絵本を作ることができません。 約束を守れなくてごめん。 僕は美桜の書く物語がずっと大好きでした。 最後に、 たくさん笑顔を見せてくれてありがとう。 たくさん桜餅を作ってくれてありがとう。 たくさん好きと言ってくれてありがとう。 僕の絵を「自然が芸術を模倣する絵」と言ってくれてありがとう。 作家になった美桜の書く物語をいつか読める日を楽しみにしています。 ■トラック11 すべての物語を書き終えると、自然と溜息がこぼれた。 空白になっているタイトル蘭を眺める。 作家はふたつのタイプに分かれると思っている。 物語を書く前にタイトルを決める作家と、物語を書き終えてからタイトルを決める作家だ。 普段の私は物語を書き終えてから、タイトルをつけている。 物語が先にあり、タイトルが後にあるのだ。 書き終えた物語を眺め、物語にふさわしいタイトルをつけるのが私の執筆スタイルだった。 だけど、今回だけは違った。 物語を書く前から、タイトルは決まっていた。 執筆スタイルを守るため、タイトル蘭は空白にしていたけれど、ずっと心の中に物語のタイトルがあった。 この物語を書くなら、このタイトルしかないと思った。 手紙に手を触れる。 届きますように。想いが伝わりますように。 心のなかでそっとつぶやきながら、物語のタイトルに、「モノクロの世界に色をつけて」と名前をつけた。 ■トラック12 展望台のベンチで、私は今日もノートに物語を書いている。 暖かな風が頬をかすめるたびに、ひらりはらりと舞う桜が視界に入るたびに、季節が廻りまた春がやってきたのだと思い知らされ切なくなってしまう。 うつむきながら物語を書いていると、「泣いているの?」と声がした。 懐かしくて・・・、暖かくて・・・、優しくて・・・、愛おしい・・・。そんな声だった。 声を出せずにいると、音が聞こえてきた。 ベンチに座る音。 ページをめくる音。 かさかさ、かさかさ、と聞きなれた心地よい音。 「なに書いているの?」と私は聞いた。 「桜の絵を描いているんだ」と彼は言った。 思わず笑ってしまう。 彼も笑っているようだった。 「桜が好きなの?」と私は聞いた。 「とっても好き」と彼は言った。 「よし! できた!」 その声に、私はスケッチブックを覗く。 枯れ木だけが描かれていた。 花びらが一枚も描かれていない、枯れ木だけの寂しい絵。 「今から魔法を見せてあげる」と彼は言った。 かさかさ、かさかさ、とわたしの好きな音を鳴らせながら、彼は描き始める。 花びらが描かれていく。 1枚、2枚、3枚・・・。 手は止まらない。迷いなく、描き続ける。 10枚、20枚・・・。 花がどんどん咲いていく。 鉛筆で描かれたモノクロの花びらは、私には世界で一番尊くて綺麗なピンク色の花びらに見えた。 枯れた桜の木は、まるで魔法のように満開の桜の木にかわっていた。 「たくさん見てもらいたい絵があるんだ」と彼は笑顔で言う。 「私もたくさん読んでもらいたい物語があるの」と私も笑顔で答える。 1,000枚の絵じゃ全然足りない。 1,000本の物語じゃ全然足りない。 展望台から見える、数えきれない桜の花びらのように、 数えきれないぐらいの物語と絵を、長い時間をかけて一緒に書いていこう。 「おかえりなさい」 私の言葉に、「ただいま」と彼は答えた。