入学式が終わり、数日が経った。在学生は新入生をサークルに勧誘したり、 彼氏・彼女候補を探したりと躍起になり、入学生は在学生の毒牙にかかったり、 相手にされずに落ち込んだりと、大半が忙しくしている。 「面白いこと、ないかな――」  噴水前のベンチで、彼らを眺めながらコンビニで買ったカフェラテを飲み、 ポツリとつぶやく絶世の美女、星野叶絵。  忙しさのあまり、彼女の美貌を皆が見落としている。というわけでもなく、 ひとりでいる彼女に、在学生、入学生問わず、ひっきりなしに声をかけていく。 はたから見れば、彼女も十分忙しい人にカテゴライズされそうだ。  まったくモテない者は羨み、恋愛経験のある者は同情するだろう。 顔や体目当てで言い寄られたことがある女性なら、特に。  叶絵にとって、甘い蜜を求めるミツバチのようにフラフラと寄ってくる男達は、 ちょっとしたノイズでしかなかった。 「社会人の彼氏がいる」  この呪文を唱えれば、ノイズは消える。しつこくされたら、「彼、小指がなくて」と言えば、 青ざめて去っていく。  そんなノイズに、叶絵は用事も興味もなかった。  ぬるくなったカフェラテを噴水にこっそり捨ててしまおうかと、カップを揺らしていると、 スマホが震えた。 「なんなの、もう――」  この時期のメールなんて、たかが知れてる。どうせ飲み会のお誘いだ。大学の飲み会というと、 サークル仲間で行うイメージが強いが、実際は友人同士ですることのほうが多い。あくまで、叶絵の体感だが。  メールを見ると、案の定、飲み会の誘いだ。メールの主は、上っ面だけの付き合いをしている友人のひとり。 『アタシのいとこが同じ大学に入ったから、飲みにいこーよ』という文面と、1枚の写真。写真には、友人に強引に方を組まされ、 困惑している青年が写っていた。  童貞だ。    直感で分かった。写真を見た感想でしかないが、内気な性格をしていて、奥手。  きっと、女の子の手を握ったことなんてない。純粋無垢な、少年のまま青年の年齢になってしまった哀れなチェリー。  この子で遊んでもいいかもしれない。友人に参加する旨を返信し、部室に戻る。  部室という名の箱庭には、ベッドとクローゼット。そしてシャワールームがあるだけ。一応登山サークルということになっているが、 生まれてこのかた、登山なんてしたことはない。そもそも、部員は叶絵ひとりだけ。  それもそのはず。この部屋は両親からのプレゼントと言ってもいい。財閥の社長と副社長である両親が、 大学に莫大な寄付をし、叶絵が動きやすいようにしてくれた。お言葉に甘え、架空サークルを作り、 部室を手に入れ、過ごしやすいようにリフォームまでしてもらった。  叶絵は妄想する。この箱庭に、さっきの少年を招き、自分好みに育てていく様を。  女というものを教え、抱き方や扱い方も徹底的に教え、立派な男に育て上げていくのだ。考えただけでも体が火照り、濡れてしまう。  たまらなくなった叶絵は、クローゼットの下の引き出しを開け、大人の玩具――ではなく、複数のゲーム機を取り出す。 床にそれらを並べていると、手のひらサイズの電子ゲームから音がする。卵型の電子ゲームを手に取ると、 育てている生き物が、ごはんをねだる。3つあるハートのうち、ふたつ半が消え、残った半分は点滅している。 このまま放置したら、この生き物は餓死してしまう。 「ナイスタイミング♡」  叶絵はニタァと笑い、画面を見つめる。3分もしないうちに、手のひらの中にあった命は消え、愛らしい生き物は骨の姿になる。 「はぁ、カ・ワ・イ・イ♡」  電子ゲームに頬ずりしながら、うっとりする。  叶絵は子供の頃から育成ゲームが大好きだった。忙しくも心優しい両親が、 「ペットの世話をするのはまだはやいから、ゲームで命の尊さを学べるように」と、彼女に様々なゲームを買い与えた。  最初は乗り気ではなかったが、習い事で忙しくし、餌やりを忘れて初めて餓死させてしまった日から、夢中になった。  自分の手で大事に大事に育て、命を落としていくそれらが愛しくてたまらない。特に、あえてなにもせずに死んだ時は、 支配欲や破壊力が満たされる。  オナカスイタ ゴハン、ゴハン  サミシイ アソンデ  クルシイ タスケテ  手のひらの中にある電子の命がごはんをねだり、寂しさを訴え、病気で苦しむたびに、叶絵は満たされ、歪んでいった。  放置すると死ぬ育成ゲームを調べ尽くし、それらを両親にねだっては死なせていく。  それらが死に、悲しむフリをすれば、両親は心優しく育った娘に感動し、抱きしめてくれた。 欲を満たし、愛される。こんなに最高なコンテンツ、他にはない。だが、叶絵は知っていた。架空の命が消えたことに嘆き、 愛されるのは短い期間だと。大人になってもこんなことでショックを受けてたら、イタイ子認定される。 だからゲームは卒業したフリをして、両親が望むいい子を演じる。その裏で架空の命を故意に消し、歪んだ欲を満たしていく。  大学生にもなると、そんなお遊びにも飽きてきた。それでも習慣になったゲームをやめるつもりはない。  やがて願うようになる。  実際に育成したい。育てて育てて壊したい。  もう少しで、それが叶うかもしれない。否、叶えてみせる。  頬ずりしていた電子ゲームを見ると、骨になっていた生き物は、いつの間にか墓石になっていた。 あと5分もすれば、たまごになるだろう。そして、また死なせるために育てていく。 「もう少しね」  電子ゲームにキスをすると、携帯ゲーム機を起動させ、育てていた犬を捨て、モルモットを購入し、育成を始める。 「もう少しで会えるね、モルちゃん」  届いた写真に写る臆病そうな少年の写真を見て、仄暗い笑みを浮かべた。