では、そちらのソファへお座りください …はい、そうなんです 当店は普通のプラネタリウムとは違って、狭い作りの個室となっておりまして… 基本的に、スタッフが一人とお客様の二人きりを想定した造りになっているんです 理由としては、スタッフの声が幾つも聞こえたりすると、サービスの妨げになるじゃないですか せっかく綺麗な星空や星座の説明に集中したいのに、他のお客様の声やスタッフの声が聴こえてきたりしたら 集中できないでしょう? だから、二人きりになれる個室になっているんです …というわけで… 私も、お隣、失礼しますね? ん、しょっと… ふふ。こうやって誰かとくっつくだけでも、癒し効果ってあるみたいですよ? …あれ、お客様?  ちょっと顔が赤くなったように見えるんですけど… 大丈夫ですか? もしかして、気分が悪くなったとか…? …そうですか?  具合が悪くなったら、すぐに仰ってくださいね あ、よろしければ… こちらのクッションもお使いください ぎゅ~って抱きしめて使うんです ほら、そうすると何だか…とっても落ち着きません? …ふふ。 あ、お客様の顔色、良くなりましたね もしかして緊張されていただけとか? ふふ、リラックスしてくださいね 今はもう、普段の嫌なこととかストレスとか、全部忘れちゃいましょう …さぁ、始まりますよ 改めて、これからお客様のことをめくるめく星の世界へ、ナビゲートさせていただきますね お部屋全体が薄暗くなります、足元にご注意ください …では、前方のモニターをご覧ください …はい。 私達の住んでいる街並みの空です 時刻は夕暮れ時…日没前ですね 木枯らしが背筋を突き刺す、寒々しい冬という季節… 部活帰りの学生や、お仕事終わりのサラリーマンが、首をすぼめながら家路を急ぐ季節と時間ですね 人々がわが家へ帰るように、太陽も海の向こう側へと帰っていきます 明るさが海の彼方へ、沈んで…沈んで…やがて、見えなくなった頃 人々の喧騒はすっかり街中から遠ざかり、灰色の街並みには静寂が下りていました 夜の訪れです …ほら、見てください。 一番星です 綺麗でしょう。 夜の帳(とばり)が下りて、一番最初に輝きを放つ星… 「一番初めに輝いた私を、早く見つけて」って言ってるみたいで、とっても健気で、美しいですよね… そんな一番星も、現代だと非常に見つけにくくなっています そもそも夜空を見上げる人が少なくなった、というのも理由の一つですが… 一番の理由は、街明かりです 高度に発展した人々の文明は、時に美しい自然の輝きを覆い隠してしまうのです …それが良いか悪いかは、一長一短ですけどね でも、プラネタリウムであれば…そんな、隠された星たちの、本来の輝きを見ることができるんです さ、お客様。 目を閉じてください ゆっくりと、瞼を閉じて… んっ…ふぅ… …お客様は、最後に星空を見上げたのはいつですか? 一年前?五年前? もしかしたらそれよりずっと前…子供の頃とかかもしれませんね 大人になると、星空って少し遠く感じちゃいますよね 日々の忙しさに追われて、星空を見上げる余裕なんてなくて… …それでも、星たちは見上げればそこにいるんですよ どこにもいかず、いつも変わらない輝きで、私達のことを見守ってくれているんです …こんな風に …さぁ、お客様 目を開けてみてください …息を呑んじゃうくらい、綺麗な光景ですよね 宝石箱を散りばめたみたいな、満天の星々… 夜という何も見えない暗闇の空間だからこそ、その輝きは一際強く私達の心に訴えかけてくる… 心の奥まで沁み込んで、日々の疲れを癒してくれるんです …ほら、耳を澄ましてみてください …波の音が、聴こえてきましたね 寄せては返す、渚(なぎさ)の漣(さざなみ)… まるで、離島に来たような気分でしょう? 都会の喧騒は遥か遠く…今ここに在るのは、静かに唄う波音と、夜空に浮かぶ星々の輝きだけです …ここからは、冬の星座についてご案内させていただきます 冬の空には、全部で20個ある一等星のうち、7個もの一等星が見える季節となっています …あぁ、一等星というのはですね 簡単に言うと、特に明るく輝く星のことです それが、冬に7個も見ることができるんです だから私、季節の中で冬が一番好きなんです 夜空が、一番綺麗に見える季節だから… …お客様は、どれが一等星か、分かりますか? 一番輝いている星のことですよ …はい、大正解です あの一等星は、ベテルギウス、と言うんです 更にその下…青白く輝いている星がありますよね あれも、リゲル、と呼ばれる一等星なんです この二つの一等星の間にある三ツ星…それらを結んで浮かび上がってくる星座が…オリオン座です ふふ、多分、一番耳馴染みのある星座です 星座に興味がない方でも、耳にしたことくらいはありますよね オリオンといえば、ギリシャ神話に登場する勇猛果敢(ゆうもうかかん)な狩人ですよね 彼は神話の中で、月の女神・アルテミスと恋に落ちるんです でも、神々はそれをよしとはせず、アルテミスの兄であった太陽の神、アポロンが二人の恋路を 引き裂こうと企(くわだ)てるんです 結果、オリオンは命を落とすことになってしまって… それを深く悲しんだアルテミスが、「彼を立派な姿で、星々の中に入れて欲しい」とゼウスに頼み込むんです そうして、彼は星座に列(れっ)することになったのでした… …はい。 神話と星座は密接な関係にあります こじつけ、と言われればそれまでなのかもしれませんが… 夜空に浮かぶ星々に、物語を重ねるということをした偉人たちに…私は深い敬意を抱いてます 素敵だな、って…ロマンチックだな…って思うんです 夢見がちでも何でも、星の中に彼らの生きた証を刻み込むっていうその行為が、 私にはとても神秘的に思えて… だから、私大好きなんです。 星座のエピソードってそこにはちゃんと、彼らが生きた証があるから …あっ、えへへ。 ちょっと脱線しちゃいましたね。失礼しました …案内を続けさせていただきます オリオン座の三ツ星から南方向に目を向けると…白く輝く一等星がございます あれは、シリウス、という一等星です これは、「おおいぬ座」と呼ばれる星座の一つで、犬の鼻先あたりに位置しています そこから、顔や胴体…足を形作る星を結ぶと、犬のような形になるんです おおいぬ座から西の方へ目を向けてください クリーム色の一等星が見えるかと思います あれは、プロキシオン、という一等星なんです …意味、ですか? プロキシオンは、「犬の前に」、という意味なんです おおいぬ座の一等星、シリウスより先に空へ上ってくるから、この名前がつけられたそうですよ かつてシリウスは、季節を知るうえでとっても重要視されていた星だったらしいんです その出現を先駆けて知らせてくれたのが、あのプロキシオンという一等星で、人々からは とても大切に思われていたそうですよ そして、そのプロキシオンを中心からなる星座が、「こいぬ座」です …そうですね。 名前の通り、とても小さな星座なので、子犬の形をイメージするのは難しいかもしれません でも、そういうところも含めて、子犬って感じがして可愛く感じませんか?  ふふふっ えぇ、もちろんこいぬ座にまつわる神話もございますよ 所説あるのですが…オリオンが引き連れていた猟犬が星座になった姿、と言われています おおいぬ座も同様です ただ、これも諸説あるのですが、オリオンが二匹の猟犬を引き連れていた、という伝承は存在しない と言われているんです …そういう曖昧なところも含めて、幻想的で素敵だなと私は思うのですが… お客様はいかがですか? ふふふっ …そして、このプロキシオンと、おおいぬ座のシリウス、オリオン座のベテルギウスを 結んでできる三角形が… …そうです。「冬の大三角」です 明るい星で作られているので、とっても見つけやすいと思いますよ だから、良ければ今夜にでも探してみてください プラネタリウムの冬の大三角も、とっても綺麗ですが… 多分、本物を見つけられた時の感動には、勝てないと思いますから …続けて、オリオン座の三ツ星から、北方向へ目を向けてください 赤く輝く一等星があるでしょう? あれは、アルデバランと言います この周りにある星々を結んでできる星座が、「おうし座」です おうし座の特徴は、なんといっても星座を形作る星の中に星団があることです 星団というのは、簡単に言うと星々がいくつも集まってできたものですね おうし座の中には、プレアデス星団とヒヤデス星団という二つの星団を含んでいるんです ヒヤデス星団は、アルデバランのすぐ近く…あのV字型に並んでいる星々があるでしょう? あれが、ヒヤデス星団です ふふ、細々としていて、ちょっと見つけづらいかもしれませんね プレアデス星団は、おうし座の肩のあたり…アルデバランの右上に位置するところですね あれが、プレアデス星団です 視力が良ければ肉眼でも見ることができますが、私としては、双眼鏡でご覧になることをお勧めします とっても綺麗なんですよ ちなみに、プレアデス星団ですが、日本では「すばる」なんて呼ばれたりしてます こっちの方が耳馴染みがあるかもしれませんね …ちなみに、おうし座ってゼウスが姿を変えた牛がモデルだって言われてるんですよ …ふふふっ、そうなんです ゼウスはある時、エウロペという王女に出逢います 彼女はこの世のモノとは思えない絶世の美女で、好色家(こうしょくか)だったゼウスは 一目で恋に落ちてしまいます そして、彼女を誘惑するためにゼウスは白い牛に変身するのです そのままエウロペに近づいた彼は、彼女を連れ去ってしまったのでした… それが、おうし座の元になったエピソードと言われていますね …ふふ、確かに、ゼウスはちょっと色んな女性に手を出しすぎですね 英雄色を好む、とはよく言ったものですが… お客様は、ゼウスみたいに不誠実な恋愛はしちゃだめですよ? ふふふっ、嘘です嘘 お客様、とても真面目そうですし、浮気なんてするようには見えませんから さぁ、ではまたオリオン座に戻りましょう オリオン座から左斜め上…二つ並んで輝いている星が見えるのが分かりますか? ふふ、仲が良さそうに並んでいますよね。まるで、兄弟みたいに… …そう、お客様大正解です。 あれは、「ふたご座」です オレンジ色に輝く一等星が、ポルックス。 白く輝いている二等星がカストルです ポルックスが弟、カストルが兄です オリオン座の方向に並んだ星を結ぶと、漢字の「北」みたいな形に見えるので、イメージしやすいかもしれませんね 日本では、このポルックスとカストルのことを、金星、銀星、と呼ぶところもあるみたいです ふたご座といえば、ふたご座流星群が有名ですよね ふたご座流星群は、12月中旬ごろに見ることができます カストルを中心として、流れ星が四方八方に広がって飛ぶように見えるんです 運が良ければ、一時間に数十個の流れ星を見ることができますよ 丁度季節なので、良ければ今度見てみてくださいね …あ、流れ星が見えたら、お願い事も忘れずに♪ …そうです。 一つが流れ終わるまでに、心の中で三回お願い事を唱えるんです 一所懸命祈れば、きっと星たちはその声に答えてくれますよ 頑張ってくださいね、お客様♪ …ふたご座といえば、お客様 お客様は、兄弟はいらっしゃいますか? …一人っ子なんですね。 私もなんです ポルックスとカストルには、とっても素敵なエピソードがあって… 二人は生まれたころから、ずっと仲のいい兄弟として育ちました 成長した彼らは、やがて立派な戦士となって、戦場で数多くの武功を立てたんです …でも、戦場に身を置くということは、常に危険と隣り合わせということです いつ死んだとしても、おかしくないということ ポルックスは不死の肉体を持っていたんですが、兄のカストルはそうではなかったんです だから、カストルはある戦いの最中(さなか)、遂にその命を落としてしまうのです 悲しみ嘆くポルックス 我が身同然と思っていた兄の死に、ポルックスは深い絶望を抱(いだ)きます そうしてポルックスは、ゼウスにあるお願いをするのです 「カストルと、死ぬ時も一緒でありたい」、と ゼウスはポルックスの願いを聞き入れて、不死の身体を解いてやりました そうして、二人は一緒に星座に上げられるのでした… …とっても素敵な兄弟愛ですよね 死が二人を分かつとも、なんてよく言ったりしますが、死んでからも一緒に居続けられるなんて… …居続けたいと、願えるなんて とっても強くて美しい絆だと思いませんか、お客様 …今も夜空の上で、二人は笑顔を浮かべながら仲良くしてるんでしょうね …私、今年のふたご座流星群に乗せるお願い事、決まりました ポルックスとカストルが、ずっと一緒にいられますように…って、お願いします …ふふ。 よければお客様もお願いしてあげてくださいね さて、次にご案内する星座は「ぎょしゃ座」です ぎょしゃ、というのは、馬を取り扱う人のことです ふふ、聴き馴染みがないですよね。 分かります、分かります 私も最初聴いた時、頭の中にハテナマーク浮かびましたから ぎょしゃ座は、ふたご座とおうし座の間の北側にあります 北の空のかなり上の方で輝いている星座なので、大きく見上げないと見つけられないかもしれません もしもぎょしゃ座を見つけたい、という時は、黄色く輝く一等星、カペラを探してみてくださいね 冬の星座の中だと、シリウスの次に明るい星なので、とても見つけやすいと思いますよ …ぎょしゃは誰のことを言っているのか、ですか? ふふ、そうですよね、気になりますよね ぎょしゃのモデルは、鍛冶屋(かじや)の神、ヘパイストスと美の女神、アフロディーテの子供、 エリクトニウスと言われています 生まれつき足が不自由だったので、戦場に赴く際は馬の背中に自分の身体縛り付けて戦っていたそうですよ 勇猛な戦士ですよね それだけ立派な戦士なんですから、星座に押し上げられるのも頷けます …さて、これまで上げてきた星座には、すべて一等星が含まれていましたよね? ベテルギウスを中心として、シリウス、プロキシオン、カペラ、アルデバラン、リゲル、ポルックス… これらを繋ぐと、六角形が出来上がるんです それが、「冬のダイヤモンド」です 冬の夜空に輝く、七つの一等星…それらを繋げて浮かんでくるのは、まさしくダイヤモンドの輝きです 大袈裟でも何でもなく、本当にダイヤモンドみたいに綺麗ですよね …ううん、冬のダイヤモンドだけじゃなくて、夜空に浮かぶ星全部…ダイヤモンドみたいな輝きを放っています …ほら、御覧ください、お客様 今紹介させていただいた星座以外にも、夜空にはこんなにも沢山の星が…… いっかくじゅう座…きりん座… はと座…うさぎ座…エリダヌス座… 聴き馴染みがない星だけでも、こんなにも沢山あるんです 私達が知っている以上に、沢山の星が、夜の世界を照らしてくれている… 星の数だけ物語があって、星の数だけ、心を救われる人もいる… …そう考えると、星座って、とっても素敵じゃないですか? 本来は夜って、人間にとってはとても不安な時間だと思うんです 暗くて、静かで、怖くて… 人に潜在的に恐怖を植え付けるモノ それを安らげてくれるのが、星々の温かくて優しい光 私は、そんな輝きが大好きなんです まるで星たちが、私達のことを見守ってくれてるみたいで…包み込んでくれてるみたいで 星々が私達を優しく抱き留めてくれて…そうしてやがて、夜は更けていって… 月が空の向こうに消えて、代わりに太陽が姿を現します それと同時に、星々も青空の向こうに沈んでいく… おやすみなさい…今夜も、私達を見守ってくれてありがとう。包み込んでくれてありがとう そうして私達は、新しい一日の朝を迎えるのでした… …以上で、星座のご案内は終了でございます お楽しみいただけましたか、お客様?ふふふっ