こっちよ。 暗いわよね。今、少しだけ灯りをつけるわ。 そうそう。知ってる? 昔この図書館、コウモリを飼っていたそうよ。 コウモリは、紙を食べる害虫を駆除してくれるから。本とはとても相性がいいんですって。 昔は本って、とても貴重だったから。 この建物自体も、本が盗まれないよう。まるで迷路のように作られたみたい。 館内の全容は、限られた存在だけ。 ……そう、司書くらいしか把握していない。 すごいわよね。ここって本当に本格的なの。普通の図書館に見えるのにね。 隠し扉に、隠し階段。 四つん這いにならないと進めないような、細くて狭い通路。 一冊の本を取るのも一苦労なほどの、高い高い本棚。 そんな秘密の構造を、この図書館もたくさん持っている。 蔵書を守るために……ね。 ……ああ、でも。それでもまだ盗まれないか不安な時は、こんなことまでしたそうよ。 『鎖付き図書(くさりつきとしょ)』って知ってる? 数ある本の中でも……特に大切なものたちを。 絶対に奪われないように……。 鎖を付けて、本棚や机に繋いで。 決して盗まれないように、保管する習慣のことなんだけど……。 ふふ。さすがにそこまでされちゃったら、本はどこにも行けやしないわね。 うん? 『ずいぶん昔のことまで知っているんだね』? 『カレンは、今年この学校に来たばかりなんじゃないの?』? ええ。私全部知ってるの。多分、司書さんたちも知らないようなことも、みんな。ね。 ……だって私。ずっとこの図書館にいたから。 ……いらっしゃい。ここが、私の部屋なの。 ふふ、いい部屋でしょう? 寮に私の部屋がなかったのはね、ここに住んでいたからよ。 ここまで来てくれて、本当にありがとう。 できることなら。口頭でお伝えしたかったのだけど……。 私の本当の姿は、この部屋の中じゃないと見られないから。 ……見てくれた方が、真実が伝わると思ったから。 そう……。さっき話したわよね。 貴重な本は……盗難に遭わないよう、鎖で繋ぐ習慣があったって。 鎖で繋がれた。外には、決して出られないように囚われた本。 ……その中に閉じ込められた、一枚の絵。 『それ』が私よ。 『鎖付き図書』に描かれた一枚の絵。 それが、貴方達がカレン・ラングフォードだと思っていた人間の正体。 『私』はずっとここにいる。 私の身体はずっと、この本の中に絵として閉じ込められている。 私は身体を失ったまま、幽霊として生きている。 ずっと年を取ることができないまま。心だけが本の呪いから逃れて……。 もう、百年以上もの間、ずっと。 何度も、何度も。恵波(えなみ)の島女学院の生徒になりすまし。 今、貴方の目の前にいる……。 ふふ、びっくりした? でも大丈夫よ。 私、幽霊? だけど……。悪いことはなんにもできないの! たとえば貴方にとり、 あ……。ん……。 どうしたの? 急に抱きついたりして。大丈夫よ。私お化けだけど……ちゃんとここにいるから。 ねえ……。どうして、貴方が泣いているの? そんな。『気づいてあげられなくてごめんね』なんて言わないで……。 当たり前じゃない。同級生が百歳以上生きてる幽霊なんて……。 そんなのまずわからないわよ。だからいいのよ。気にしないで! それに、私はね? 貴方が私の正体を知ってくれただけで、本当に嬉しいの。 だって。これで貴方への秘密は何もなくなった……。 だから今、とても幸せなのよ。やっと本当のことが言えたから……。 貴方は私のこんな。残念ながら一般的とは言えない秘密を。 気味悪がりもせず、怒りもせず。受け入れて聞いてくれた。 それだけじゃない……。 貴方は私のことを、こんなに悲しい顔をしてくれるほど……気遣ってくれている。 だから。私は今とても満たされているわ。 でも……ごめんなさいね。 私は幸せだけれど……貴方は私の秘密を知って、苦しむことになってしまったわね。 ねえ、お願い。泣かないで……。 そうだ。ね、そこにかけましょうか。 見た目より柔らかいのよ、そのベッド。 場所はいまいちだけど。なかなかいい部屋だと思わない? ここ。 長い時間をかけて、色々工夫して。今の形にしたのよ! 図書館のこんな奥まった場所にあるから。冬も案外、暖かいしね。 ……落ち着いた? ……良かった。 貴方は本当に優しい人ね……。私を想って、泣いてくれるのね。 うん? 『カレンが足を引きずっていたのは、鎖がかかっていたせい?』 そうよ。足が悪かったわけじゃないの。 これ、ちょっと重いから……。 歩くことはできても。走ったりとか……スポーツは難しくて。 右足首だけ、いつもすごく冷たかったのも。 見えなかっただけで、ずっと鎖があったからよ。 ……ごめんなさい。これ、見苦しいし……。 悪いことをした人みたいだし? できれば、貴方には見せたくなかったのだけれど。 私の正体を知ってもらうには、これが一番だと思ったから。 見てもらおうと、ここへ来てもらったの。 だからね、私。実体はこの本の中にあるから。 幽霊として、壁をすり抜けられたりはできるんだけど……。 この通り、足が、本と。鎖で繋がれていて……。 そして本自体も、この部屋の本棚と繋がっているから。 私はこの鎖の届く範囲しか行動できない。つまり、学校の外へ出ることはできないの。 前に校外学習をお休みしたのも、そういう理由。 せっかく色々、冬休みの過ごし方を考えてくれていたのに。本当にごめんなさいね。 私、貴方と出かけることはできない。 ……あ。ごめんなさい。矢継ぎ早に話して。 急に色んなことを知らされて、驚いたわよね。 そろそろ、寮に戻りましょうか。 ……帰りは送らせてね。幽霊のエスコートなんて、おかしな話かもしれないけど。 一人では心配だから……。 え? 『呪いを、解く方法』……? 貴方……それを考えていたの? ありがとう。でも……。多分、解く方法はないと思うわ。 今まで、これでも色々試してみたつもりなんだけど。 鎖は、何をやっても壊れなかったし。 鎖と繋がった本棚は、 とても動かせるようなものじゃない……。 『そもそも物理的な力では、呪いには対抗できないのでは』というのが私の結論。 いいのよ。解けないものは解けないんだもの! 貴方が気にすることじゃないわ。 第一私、幽霊の暮らしも気に入っているし。 いつまでも若いままでいられるし。いくら食べても太らないし。 さっきみたいに。夜中……貴方の部屋に忍び込むことだってできる! だから、私は。今貴方と一緒に過ごせればそれで充分。 ああ、もう! また泣いているの?  こんなに心配してもらえるなんて、私は本当に幸せものね。 大好きよ。 ありがとう……。私、貴方に話して、本当に良かった。 これまで結構長く生きてきたつもりだけど……。 こんなに幸せな気持ちは、初めてよ。 ねえ。こんな私だけれど……。これからも一緒にいてくれる? ありがとう……! とても。とても嬉しいわ。 私。貴方がいてくれるなら。これからもずっと頑張れる。 ふふ。可愛い。こんなに泣いちゃって。好きよ……。 ねえ……キスしてもいい? ん……ちゅっ。 大好きよ……私の愛しい人。 ……じゃあ、そろそろ……? ……えっ? もう少しここにいたいの? もちろん、よくってよ。 でも、本当はちょっと怖かったでしょう。ここまで来るの。 図書館に入ったあたりから、私。明らかに普通じゃなかったものね。 『取って食われるんじゃ』って思ったんじゃない? ふふ。冗談よ。貴方はそういう人よね。いつも、私のことを一番に考えてくれる。 誠実で、優しくて。とても勇敢で……一生懸命な人。 貴方自身はなんだかいつも自信なさそうにしているけど……。貴方は本当に素敵な人よ。 大好き……。すべてを打ち明けても、まだこうしていられるなんて夢みたい。 嬉しいわ……。 あっ……!? なあに? まだ私の呪いのことを気にしているの? そうね……。私も、わからない。 私なりに呪いを解こうと……これまで色々やってみた。 魔法の本に書いてある通りにしてみたり……。 いっそのこと、本棚ごと外に出られたりしないかしら……なんて。 力ずくな方法も試してみたわ。 でも、結果は同じ。私は出られなかった。 ……本当はね。 心折れそうになったこともあったわ。 すべてに絶望して……ずっとこの部屋で泣いていたこともあった。 ……でもね。私はある人に出会って平気になったの。 ある日、何日もふさぎ込んで、ようやく部屋から出てみた日……。 私は夜の図書館の中。一人真剣に勉強している人を見つけたの。 はじめはその日だけのことと思ったわ。試験前なのねって。 ……でも、その人は、毎日やってきた。 掃除、委員会活動……お友達からのお誘い? 様々な都合から。やってくる時間はまちまちだったけれど。 その人は必ず来て、しっかり学んで寮に戻っていく。 私は、その人が気になった……。 一生懸命なその横顔が、とても美しかったから。 そうして。そんな彼女を見ているうち。私は力になれたらって思うようになった。 いつも貴方を見ていたと。貴方の姿に、いつも励まされていたと……。 どうしても直接伝えて……傍で、応援したくなったの。 もう、わかるでしょ? 今の私が笑って生きられるのは、すべて貴方のおかげ。 今の私は、貴方の力になりたくてここにいる……。 だからもし、貴方も私のことを想っていてくれるなら。 どうか笑って欲しいの。 自分から打ち明けておいて、こんなことを頼むのはおかしな話だけど……。 どうか私のことを。 これまで通り普通の。他の女子生徒と同じように扱ってほしいの。 だって私。貴方と一緒に学校生活を送りたくて部屋の外に出たんだもの。 ……ええ。そうよ。教室でお会いする前から好きだったって言うのはそういうこと! 私は貴方とお友達になって……。 ……こうやって、仲良くなるために外へ出た。 それだけ貴方が好きだったの。 一目ぼれ? っていうのは違うけれど……。 お話しする前から、貴方が素敵なことは知っていたわ。 だから……今こうして、何の罪悪感もなく貴方に触れられることが、本当に嬉しい。 ああ……それはね。貴方の言う通りよ。 今までは、いけないと思っていたの。その……貴方と、深い関係になることは。 ……だって。正体を告げずに、キス以上のことをするのは……。 あまりにも不誠実だし。私なら、されたく、ないし……。 ええ。もちろん反省しているわ。事情を告げなかったことは……。 貴方もおかしいと思っていたわよね。 いつも。あれだけ自分からべたべたしておいて……。 いざそういう雰囲気になると、逃げるっていうのは、いけなかったわ……。 本当にごめんなさい。 でも、貴方は優しいから。 何か理由があるんだろうと、察して。いつも私の気持ちを尊重してくれていた。 本当はね……。それすら私は嬉しかったの。 二人きりで、過ごしている時。 貴方が、勇気を出して。そっと私に触れてくれる時……。 私を気遣って、手が離れる時さえ。私はとても幸せだった。いつもどきどきして……。 何度も。何度も貴方とひとつになりたいと思った……。 そして、いつも考えたの。私が普通の……ただの人間の女の子だったら。 この気持ちを……。貴方と、とても恥ずかしいことだって。してみたいって、気持ちを。 とっくに打ち明けて、もっと深い間柄になれていたのかしらって……。 ……ねえ。今……でも。私に触れたいと思ってくれ、る? 本当……? 私を。今でも、恋人だと。 その。一人の女性として。魅力的だと思ってくれる……? ありがとう。嬉しい……! 私。貴方を好きになって、本当に良かった……。 ちゅっ。ふふ……。 ありがとう。 ああ。なんだか今、貴方と初めてキスしたみたいに感じる……。 あの……ね? もし、貴方さえ、今もそう思ってくれるのであれば……。 私は。貴方ともっと近くなりたいと思ってる。 ううん、ずっと前から。貴方ともっと触れ合いたいと思ってる……。 【4717文字】