……はい。お水。 喉……乾いたでしょう? どうぞ。 うふふ……こうして一緒に一晩過ごせるなんて、夢みたい。 実はね。私、こういうのに憧れていたの……。 そう……。その……終わ……って? お話する、っていうのに……。 そこの本棚の……赤い本に。そういうシーンがあって……。 いつか、好きな人と……私もこんな風に過ごせたらって……。 だから、今、夢が叶った……気持ちなの。 あっ……。ぎゅって、してくれるの……? ええ! ご一緒……するわ。 ふふ……こうして一緒にベッドで寝ていると、数時間前に戻ったみたいね。 ちゅっ……。ふふ、嬉しい。 うん? 私のことをもっと聞きたいの? そうね……少しお話ししましょうか。 『私がまだ普通の人間だった頃』? この部屋に来るまでの話がいいの? うふふ……あのね、私実は、本物の貴族だったのよ! そう。驚きでしょう? 結構裕福だったの。 イギリスの……とてものんびりした。平和な家で育ったの。 昔の私は、怖いもの知らずでね。……うん、今とは結構性格が違ったの……。『自分は何でもできる』『自分がちゃんと考えて行動すれば、不可能なことは何もない』……本気でそう思ってるような、馬鹿な子だったの。 だから。十七歳の頃。家に妙な人が出入りしていると気づいた時も。自分であれば解決できると思った……。 黒魔術? っていうの? その頃度々家に来ていた怪しい男が。 それを用いてお父様を陥れようとしていることに。ある日私は気づいてしまったの。 うちの人って、みんな人がよいというか、ちょっと騙されやすいっていうか……。 そういう。ちょっと隙のある人たちだったから。 だから『私が助けてあげなくちゃ』って。『私がお父様を、ラングフォード家を守る』って。 本気でそう思っていた……。 だから私が……最初に『あの本』に触れた。 ある日男が置いていった、奇妙な本。その中身を、お父様たちよりも先に見て。 怪しい本だったら、勝手に捨ててしまおうと思ったのね。 ……私なら、正しく処理できると思ったから。 とても優しいけれど、ちょっとおっとりしたお父様よりも。 純粋で、疑うことを知らないお母様よりも。 もうすぐお嫁に行くお姉様よりも、私こそが適任だと思ったから……。 ふふ。……その結果が、これってこと。 呪いは。最初に本を開いた人にかかる仕組みだったのでしょうね。 男は、本の中に家族全員を閉じ込める気だったのかもしれないけど……。 結局、対象は私になった。 実際に捕らえられたのは、当時まだ十七だった私だけってこと。 まあ、その点においては、『私、よくやったわ』って思ってるわ! ……きっと、家族を守ったんだもの。 ごめんなさい。それは私にもわからないの。 私の家族がその後どうなったかは、私にもわからない。 私は本ごと。すぐさま持ち出され……このページに描かれている、暗い部屋から出られないまま長い時間を過ごした。 それでもどうにか抜け出して……。 気が付いた時には、自分が日本に運び込まれ、肉体を失っていることを知ったから。 だから、私の家族と直接会ってもらうことはできないけど……。 どんな人たちだったか。話すことはできるわ。聞いてくれる? えっ……? ありがとう……。貴方って本当に、前向きで、優しいのね。 そうね。貴方の言う通り。私の家族の血を引く方なら、きっとどこかにいるわよね。 ありがとう。いつか一緒に。探しに行きましょう? 私も……会いたい。貴方に……私の大切な人のことを知って欲しい。 それに。お姉さまの子どもだったら、男性でも女性でも……きっと、大層な美形でしょうし! 一目お会いするのが楽しみだわ。 ああ、でも。目移りしちゃ、いやあよ。貴方の恋人は私なんだから! あぁ……打ち明けられたことで、こんなに未来が広がるのね。 貴方は本当に。私にたくさんの希望を与えてくれる……。 ねえ。私、体力をつけるわ! 走るのは無理でも、トレーニングならできるし。背筋でいいのかしら? そう。本棚を背負うの! ずっと悲観して、幽霊ごっこに甘んじていたけど……。 本当は、できることはいくらでもあったんだわ。 ふふ。明日がとても楽しみ……。 これもすべて、貴方のおかげね。貴方って、本当にすごいわ。 そうだ。ねえ……たとえば……! あ……っ? なあに? なに急に……。そんな……『カレンは可愛いね』なんて……。 貴方の方が可愛いわ!  もう……もう! でも嬉しい……。 ふふ……。うん、私、貴方の可愛い恋人になりたい……。 これからもずっと……そばにいさせてね。 嬉しい……。あっ、もう、くすぐったい……! ふふっ、うふふっ。貴方の手、暖かい……。 こうしてる、と。なんだか……。ん……なんだか……。 ほっとして……。ん……すう……すう……。 【1896文字】