政府主体によるサッキュバス斡旋実体についての報告レポート さて、ご依頼のほう誠にありがとうございますと、社交辞令をまずは述べておくことにしよう。必要経費は別途請求書をお送りいたすことにして、本題に入ろう。 サッキュバス、サキュバス、サクバスなど、彼女らには複数の正式な呼称が存在するが、この国の言語体系に基づき耳へと発音として入ってくるもののうち、私の好みに合致する、サッキュバスをここでは呼称としてもちいることにする。 まず、記載者である私の事を少々補足しておくことにしよう。 私は私であり、誰かの認識においては何者でもないが、仮に……旧友の名を借りてAとしておく。 彼もしたことであるし、恨み合うことはないであろう。それに私がAでなくHであったとしても、はたまたSだったとしても、そこに大きな相違はない。 このデータに目を通すあなたには、筆者が何者であるかなど、そうたいした問題ではない。 18本残っていたと思い込んでいたタバコが17本だった程度のことだ。 まさか物の数を必死に数え覚えておくのが趣味でもないだろう。 さて、私をAとしたところで、本題における調査レポートを綴りたいと思う。 残念ながら、事実は事実でしかない。そこに幾分の救済的装飾はない。(だが、多少の人間的感情をスパイス程度に加えることはしておく) これをどう受け取るか、それはお任せすることにして、私は淡々と述べることにしよう。 私に、人を感動させるタイプの物書きとしての素養はないのだから。 そして、Aたる私から、ひとつだけ忠告をしておこう。 このレポートをここから先、読む読まないは、これを前にしているあなたにまかせる。 しかし……内容は決してあなたの望むものではないであろうとだけは伝えよう。 読み終えたあげく、心身に異常を来しても責任は取らない。 ある種、精神的苦痛を快楽に変える嗜好があるのなら、問題はないかもしれないが。 この国は、既に傾国に入っている。既に二十年も前から、少子化と高齢化のバランスは崩れているにも関わらず、何の手立ても考えてこなかった政府の怠慢といえるだろう。 役人たちは自らが逃げ切れる以上の時代に、責任など持たないものだ。いや、自分たちがよければそれでいいという典型だろう。 そこに目をつけたのが、旧来「見えざる者」であったサッキュバスである。 一族は、この国だけでなく、世界に広く分布していて、各地の物語などでも一般的に知られる、ポピュラな異形ではあるが、我々の目には望んだとおり、見目麗しく写る存在である。 しかし、世界の大部分において、その宗教的感覚から、大手を振って受け入れられる事がなかった。 行きついたのがこの国である。 宗教や神といった概念が人を救った具体例のないこの国、それら信仰に比較的おおらかであるため、存在を許容する感覚が富んでいたとの事だ。 彼女らは夢魔などと称される事もあるが、夜見る夢にだけ現れるわけではなく、昼夜問わず実在するものだ。ただ、見えざるを彼女らの生来の術において、施していただけである。 私が実際に見たことがあるサッキュバスは羊に酷似した巻角一対とコウモリに酷似した羽とエイのようであり柔軟に動く先端のとがった尻尾を有していた。 サッキュバスの種族も細分化されているらしく、私が目撃した者が全てではない。コウモリのような羽を有する一族、エイのような尻尾のみを持つ一族、はたまた尻尾も羽も持たない、有角の種族もいるそうだ。 このように、それら見た目に特徴のあるものがサッキュバスの標準的な条件ではないと明示しておく。 彼女らはその意志で、それら角や羽や尻尾を実体化させたり、消失させたり、はたまた微小なるが変化させたりもできるようだ。 消し去りさえすれば、見た目は、我らと何ら違いはない。日頃訪れるスーパーにて隣のレジで会計をしていたとして、気づくものではないだろう。 それらを消し去る様は、人間が考えつく驚愕の犯罪トリック、もしくは高度化した科学と同じく魔法のようなものである。 解明しようというのは学者に任せておいたほうがいい。 特にメカニズムを深く考える必要はない。 人が本当は生きている意味や存在の意義など、わからないのと同じだ。ただ、知らなければ気持ちが悪いという感覚を一般人は発症してしまう程度のもの。 話が幾分かずれてしまったので、戻すとしよう。 政府とサッキュバスの一族は、公式に(とはいえ、公表はされていない、故にこのレポートも極秘である)盟約を交わした。 政府の要望は少子化の歯止め(すなわち税収アップ)と弱市民による傾国を解消する事。サッキュバスの一族の要望は安定した精気の供給と繁栄である。 人は国に支配されて生きる以上、ただ生きるという命題以上の物を求められる一方、それらにすがる必要がないサッキュバスは生きるという命題のみに集中した結果といえるだろう。 国は簡単に人口ピラミッドを変形させたいと望んでいる。 いかに自らの労力をそぎ、懐に入るはずの金をつかわずに、だ。 一方サッキュバスは流浪の民ではなく、この国に根付くこともいいと考えているようだ。 表向き、両者の利害は一致している。 政府はサッキュバス一族を国民と認め、その血筋に集う者を人口として計算する。一方で、サッキュバスは、人間よりも遙かに長命で強靱な肉体を持っているため、従来の老いや病に対するサービスがそれほど必要ない。そして混血児は女性のみですべからくサッキュバスとして生きる。 その上で、一般職に就く者からは税も徴収できる。 このあたりは、外国人との間に産まれる混血児と、それほどの相違はない。ただ女性しか産まれないという点を除いてだが。 しかし、それも性別的に男性の方が各世代で圧倒的に多い現状では、さしたる問題ではないだろう。 国が求めているのは血ではなく、確実に税を納める存在だけなのだ。 一見、サッキュバス側には、天秤が動かないほどの利益はないように見えるが、吸精行為の黙認というその命に関わる事で、釣り合っている。 長命で強靱であれば、命のあり方においての考え方も変わるということであろう。 人が何に重きを置くかなど、本来こういう姿をとるべきであるが、人間は金銭という呪縛から、そう簡単には解き放たれないのだ。 さて、この国の深きありようについては諸兄承知の上であろうから、省くとする。 サッキュバスの一族についてのみ、さらに言及するとしよう。 サッキュバスの一族には、女性しか存在しない。人間との性行においても、任意で懐妊が得られる。そして産まれるのも全て女性である。だが、どのような種族と交わっても一定数、上記したサッキュバス一般的な外見的素養を一部欠損した固体が誕生するそうだ。 もちろんそれらを隠してしまえばすむ事だと、上記で判断するだろう。 だが、残念なことに、サッキュバスの命にプログラムされたのか、種族判別のために、その消失の術は、サッキュバス同士には効かないそうだ。 隠そうにも、丸見えなのだそうだ。 しかし、この国の人間男性と交わった後、懐妊した固体は、これらの欠損を受け継がないという特異質が立証されている。 故に、サッキュバスの一族は、この国の男性と確実、安全に性交する事が正常な繁栄に直結する。(もちろん精気の吸収という、彼女らにとって、食事とは別に個の生存成立を達する行為も満たされる。さらに合法的に多少の精気を吸うことによって、人間同士の性犯罪抑止も政府は目論んでいるようだ) さて、サッキュバス側の利点は述べたとおりであり、また、彼女らは人間に美醜を求めない感覚であるということも付け加えておく。心という不確かなものを求めるのか、それともまた別に、高級クッキーの体裁を整える乾燥剤のごとく利だけを追従した考えであるかまでは、個体差があるゆえ、明確に報告することはできない。 語るが一方だけ、それでいいとAという私は思うのだが、Hという私の正義感……否、伏せるべきは伏せ、明かすことはあかすという、正義感とは違った感情において、ここからはSが下記することにしよう。 政府は、傾国から富国を望んでいる。 若年人口の増加とともに、学力知力、その他もろもろを厳選した人間の誕生を促進しようとしている。 いわば……弱く役に立たない者は廃しよう、そのような者の子孫を国民として後世に残さないようにしようとしている。 それはそういう者の生来、死までのケアにあてる国費を抑える事を望んでいるともとれる。 事実を述べよう。 政府とサッキュバスとの盟約には、サッキュバスに裏側がないとしても、政府にはそれが存在するのだ。 先にも言葉を換えて述べたが、政府は、国に不必要な不正精子、遺伝子を廃しようとしている。すなわち、サッキュバスを婚姻者として派遣し、その先にいる男性そのものの全てを廃しようとしているのだ。 今回の調査とは無関係ゆえ、女性においてもそういう措置がされているかは不明である。 サッキュバス自身、男性から搾取する精気の量は調整できるとの事だが、残念なことに、一般的男性の平均寿命よりは、遙かに早く、サッキュバスと交わり続けた男性は死亡するという研究結果も既に存在するのだ。(極秘入手した資料が存在するが、それをここに添付することはできない、それは私の生命にも関わり、なお、ビジネス外である) すなわち、サッキュバスを婚姻斡旋することによって、合法的、また、ほんの少しの人道的配慮をもって、不正精子……すなわち、国に不必要な人間の排除を行っている。 結論を言おう。 サッキュバスを派遣されたあなたは、政府から遠回しであるが、宣告されているのだ。 異形のために、国のために死ねと。 故に、派遣されるサッキュバスは、相手人間男性の性嗜好、外見的嗜好などを全て熟知している。政府とサッキュバス一族の力をもってすれば、個人の秘匿すべきことなど、秋空にも勝る晴れやかさであるのは、自明の理である。 派遣は突如といえることであっても、サッキュバスを拒否したという報告はない。理性として突然の行為に戸惑い、多少の拒否反応を示そうとも、深層に眠る欲求を抑える事は出来ないためであろう。そもそもに、性的に搾取することこそが生きる術である彼女らの魅惑に、人間ごときが逆らえるはずもないのだ。 あきらめたまえ。 それら踏まえた上で、サッキュバスとの関わりに備えて欲しい。 さて、私のレポートも終わりになる。 このレポートを読んだ後、あなたがどうするかは、任せよう。 何しろ、あなたの人生は、この私……AともHとも、そしてSとも関係のないものなのだから。仕事を一緒にした、程度で、どうこうということは存在しないのだ。 その実、あなたの人生はその親とも関係はない。恋人であっても夫婦であっても同様。誰とも相互に関係干渉することなどは、ないのだ。 関係があるように見えるのならば、それは間違っているし、幻想だ。心が脳の電気信号に過ぎないことと同義である。 あなたはあなただけの人生を選択すべきだ。 故に、不幸なサッキュバスを救うという、ひとときの夢を見ることも一興とは言えよう。 もしくは、やってきたサッキュバスが自分に恋していると錯覚するもいいだろう。 それに、政府から国民として必要とされずとも、サッキュバスに種は受け継がれ、その生きる糧となるという幻想を抱ければ、それもまた幸せの一種ではないのかと、思うからだ。 実際に、死などというものは、現象でしかない。生き様に付帯する名誉の死など存在しない。死だけがこの世で等しいのだ。死こそが、人間の正常な有様なのだ。 肉体の死という呪縛に囚われ、不安と闘うしかない我らの哀れな事は、計り知れない。 それに、サッキュバスとの出会いもなく早世し、種を後世に残すことも叶わなかった朝露のごとし彼らよりは、幾分か、尊厳ある死であるかもしれない。 いずれ、何者かによって、人は成り代わられる種族であると考える。 それが異形の者か、自らが生み出したコンパウンド的存在かでの違いであろう。 意志という遺伝情報を受け継いだ存在であるという点で、体の組成が何であるかの違いはない。 さぁ、それでは吸っていたタバコを灰皿に押しつけるとしよう。 これで、ジエンドだ。 こうして縁できて、仕事を受けた身としては、少なからずあなたを案ずるという姿勢はみせよう。 ここまで読んだあなたが多少なりとも、茫洋たる不安の海に岸辺の光をみつけたと、思う事にする。 記録者 AあるいはH、そしてまたはS