白猫の部屋まではずっと、手を繋ぎ放さないように歩いていった。 彼女の部屋に入ると、そこは酷く殺風景な部屋だった。 幾つか、少女らしい可愛らしい人形の小物や化粧品、それに酷くいやらしい下着などがある以外は、冒険者らしい装備が転がっているのと、最低限の家具があるだけの部屋だ。 思わぬ光景に困惑していると、白猫は恥ずかしいものをみられたとばかりに口を歪ませる。 「……何もないでしょ? あなたに色々偉そうに先輩ぶって見せてたけど、ほとんどの情報とかお金になる話って私じゃ力不足でね 結局ちょっとお金周りがよくなる程度なのよね 体を売って、必死に情報やお金を手に入れても力不足で何も手に入らない ……だから、せめて装備くらいはって少しでもいい物を買おうとお金を貯めてほかの物にあんまりお金が回せないのよね」 小さく肩をすくめて、仕方ないっと苦い彼女の現実を教えられる。 あれだけ、いろんな人に恨まれ好き放題に言われて手に出来ているのがこの女の子として僅かな贅沢が許されているだけの部屋、その現実があなたには酷く重く感じた。 なぜ、そこまでして冒険者に拘るのか。 認めたくないが、彼女が体を売っているのならばそのお金だけでも十分な稼ぎなのではないだろうか? あなたがそう問いかけると、少女は無言でベッドに座る。 あなたを見上げるように、じっと座り……ゆっくりと唇を開いていく。 「えぇ、そう……ね 情報なんか集めないで、全部お金にしてっていうか、いっそ冒険者なんか止めて。 ふふ、娼婦になって体を売ればきっともっと贅沢な暮らし出来るのよね、私」 自嘲するように、少女は酷く乾いた笑みを浮かべる。 なにもかも分かっている、それ上でこの生活を選んだのだ。 ――笑顔には、そう刻まれているようだった。 何故?っとあなたは更に問いかける。 自分から、何故苦しむ生き方をするのかと。 あなたが知っている少女は、決して体を売ることを自分から望むものではなかったから。 「……ありがとう。 そう、言ってくれるのね……うれしい。 でも、知ってるでしょ? 私がどのぐらいの男を相手してるか? どういう目に合ってて、自分からそれを望んで、だから白猫なんて言われてて あれから、何日かあったんだもの……もう全部、知ってるんでしょ?」 嘆くでもなく、怒るでもなく。 彼女は冷めた目のまま、あなたを見返す。 その言葉は、今まで聞いてきた噂がすべて真実だと認めるものだった。 一瞬、あなたの言葉が詰まる。 だが、だからこそ、なのだ。 すべてが真実だとしたら、だからこそ知りたいとあなたは答える。 あなたは、ほかの誰もが知らない彼女を知っているからと。共に短くとも冒険をしたパートナーだったのだからと。 「バカね、あなたって 私はあなたを利用していたみたいなものなのに。 ……分かった、教えてあげる 私がなんでこんなに冒険者に拘っているか、あなたに……教えるって約束したし」 あなたの言葉に、何か響くものがあったのだろう。 冷たかった彼女の目が揺れ、その奥にある何かが刺激されたのが分かった。 「私ね、田舎からでてきてまだ冒険者になったばかりの頃一緒に田舎からやってきた幼なじみがいたの。 無駄に元気で、いつか有名な冒険者になるっていつも言ってた。 年頃の近い子って、その子しかいなかったから私も彼と一緒にずっと遊んでて……影響を、受けてたのよね。 その子と一緒に、いつか田舎を出ていって有名な冒険者になるって。 いつか、それが叶うってずっと信じてた……ずっと、ずっとバカみたいに」 白猫が語る、訥々と、かつてあった話を。 きっと、今まで誰にも聞かせたことがなかった……彼女の過去を。 「それで村の手伝いとか、色々やってお金を貯めて、ようやく本当にようやく……冒険者としての装備を買って。 これで有名になれる、2人で頑張って豪華な暮らしが出来るぞ!なんて、言い合って冒険者になったの」 「それでね、初めは良かったの スライムを倒したり、危険の少ない依頼を受けてちょっとずつお金を貯めて。 余裕はなかなか出来ないけど、どうにかやっていけるっていう自信がつくくらい少しずつやっていって だから、かな……もうちょっとやれるんだって私、先走っちゃったんだ」 唇から紡がれる後悔の記憶。 彼女が、冒険者に拘る……その理由。 「まだ貴方とも戦ったことないけど、少し離れた森にね。 ゴブリンっていう人に近い形の魔物がいるの。 ……あいつら、人間に近いからさ お金になる装備とか、今よりもっといっぱい稼げる相手で1対1なら、スライムよりは危険だけど……倒せない相手じゃないのよ」 「だから……絶対大丈夫って私が誘ったの。 順調な私たちなら問題ないって、あとちょっとで装備を買い換え出来るからっていう幼なじみを説得して。 私が、退治の依頼を受けて……無理矢理っ!」 彼女の唇が歪む。 目に涙が、体を震わし抱きしめる。 「……一匹は倒したの でも……あいつ等は群れで行動するから一匹だけなんか、何の意味もなくて……。 倒したって思った隙をつかれて、幼なじみは喉を切られた 血が、どくどく流れてひゅーっていう変な風みたいな音を立てて……どさりって倒れて」 「私、どうにか助けようと彼の下に走って傷口を押さえて。 どうにかしよう、どうにかしようってなけなしのポーションでも薬草でも何でも使って助けようって……でも、そんな私をゴブリンどもが許さなかった」 「……あいつら、人に近いからさ。 子供を作るのに、人間を使って仲間を増やすこともあるのよ。 ……助けようと道具を握った手を無理矢理はぎ取られた。 必死にふりほどこうとしたけど、手も、足も押さえられて一匹なら力が弱いくせに、数に任せて体をよってたかって押さえつけて」 「……その場で、犯されたわ。 段々と幼なじみの息が聞こえなくなっていく中、無理矢理緑色の腐ったチーズみたいな棒をねじ込まれて。 あがいても、体はぜんぜん動かなくて何度も、何度も……私の中に気持ち悪い白い液を吐き出された」 白猫が、体を抱きしめたままカタカタと震える。 そのときのことをまざまざと思い出しているのだろう。 あなたは思わず、その肩に触れもういいと言おうとした。 だが、白猫が首を振りそれを拒否する。 まだ、まだ終わっていないのだと彼女は言葉を続ける。 「……結局、1日ぐらいしてからほかの冒険者に助けられたわ。 そのころには、彼は……もう冷たくなってた。 ……どうしていいか、分からなかった 宿屋に引きこもって、現実が信じられなくて……ただひたすら呆然としてた」 「田舎に帰ろうかとも思ったの……彼がいなくなったなんて信じられなかったし。 帰れば……実は私が何か勘違いしてただけで、そこにあのころのまま彼がいるんじゃにか……なんて思って」 「でも、荷物をまとめようとして部屋を漁ってたら彼の荷物が残ってるの。 どう考えても、自分のものじゃない荷物が残っててどうしてもそれに理由をつけることが出来なくて……泣いて泣いて泣いて泣いて、彼が……死んだってようやく理解したわ」 「……それから、どうにかして冒険者としてやっていこうと思ったの。 彼を殺してしまったのが私なら、せめて彼が目指していたものだけは私が叶えてあげなきゃって……叶えなくちゃいけないんだってそう思って」 「でもね、……人が一人いなくなっただけでぜんぜんうまくいかないの。 スライムを狩るのだってうまくできなくて、全然お金を稼げなくて……生活費も日に日にどんどんなくなっていっちゃった」 「どうしたらいいか、また……分からなくなっちゃって必死に頑張っても、頑張った分だけ余計に装備の修理にお金がかかったりしてお金が消えていく。 頭がおかしくなりそうで、必死に、必死に考えたの……冒険者として上にいくにはどうしたらいいか。 お金を稼ぐには、何が出来るか……冒険者を止めないでどうやったらいいか」 「残った答えが……私が体を売ることだった。 同じ冒険者に体を売って、お金を……情報を手に入れて少しでも私でも出来そうな事をやっていってステップアップしてくしかないって」 「本当は、どこかのパーティーにでも入って彼らと一緒に冒険するのが一番賢いとは思ったのよ? でもね、私一人なんかじゃ……冒険者として見たときお荷物もいいところだった。 そういう、もうドコにも行く宛のない女の子の扱いってさ? ……パーティの何でも屋か、あいつ等の性処理でもしてご機嫌を伺うしかないんだ」 「……それは、イヤだった。だめだった。 それはもう、冒険者じゃないから。 冒険につれて行かれても、装備の1つもさせて貰えないで あいつ等の荷物ももって、ご飯を作って、夜になれば彼らが飽きるまで口やアソコで精液をすすって……貰えるお金は、ぎりぎり生活出来る程度のお情けのお金。 命を懸けてるのはあいつ等で、女は世話をしているだけだからってそんな理屈で。 ……だめだった、受け入れられなかったの。 それで納得したら、それで冒険者って言ったら私……なんのために彼を死なせたか分からないじゃない……っっ」 唇がゆがみ、口の端から絶望がにじむ。 語られ続ける彼女の地獄、どこかで、何かを一つ諦めていられればこうはなっていなかった。 それが分かっていながら、どうしてもこうなるしかなかった彼女の地獄……それが酷く痛ましい。 「……これが、理由。 私が、体を売ってどれだけ貶されても冒険者でい続ける理由よ。 私は、やらなきゃいけないの……冒険者として、いつか名を残さないとダメなの。 どれだけ、どれだけ汚れたって……いつか絶対、絶対に……」 怒りと、後悔と、それを乗り越えるという炎が白猫の瞳を燃え上がらせていた。 ……それは、まるで呪いのようだった。 彼女が、自分自身にかけた呪い。 幼なじみを死なせたことを受け入れられなかった彼女が、自分に課した呪縛。 ……それがある限り、彼女は自分からこの道をはずれることがない。それが、彼女の燃える瞳を見たあなたには、理解出来てしまった。 「……あなたには、悪いことをしたと思ってるわ。 こんなだから冒険者として扱われることって少なくて、だから……あなたが声をかけてくれて、ただ冒険者としてだけ見てくれていると分かった時 すごくうれしかったの……昔、みたいで」 「だから、甘えて……いつかそのうち私のことを知ってしまうだろうけれどそれまでは、あなたと冒険者として過ごしてみたいって。 ……わたしの、ワガママ。 そのせいで、あなたにはつらい目に合わせたと思う……ごめんなさい」 彼女が、申し訳なさそうに頭を下げる。 ……彼女は、何か悪いことをしたのだろうか? 冒険者が、冒険者として扱われたいというのがそんなに間違ったことなのだろうか? たとえ、体を売るのが収入の大部分を支えているとはいえ……彼女は冒険者だ。 冒険者として、上を行こうとあがいている者だ。それを、違うように扱うのは何か間違っていないか? 彼女の、相棒として共に過ごした姿を見ていたからこそ 貴方の中にそんな疑問が渦巻き……頭を下げる彼女に意外な程苛立ちが募る。 「私が離れれば、あなたが余計なトラブルに巻き込まれることはもうないと思うの。 だから……その、ごめんなさい。 ……必要なら、いくらか迷惑料も払うわ。 お金は、ほら……あなただって知ってる通り少しは余裕あるしね」 吐き出すべきことを吐き出し終えたのか。 冷静さを取り戻した白猫が、悲しそうに申し訳なさそうに笑いながらあなたに語りかける。 ……違う、とあなたは思った。 そんな、悲しい顔をして欲しくてここまで、追いかけてきたんじゃないと。 「もし、あなたが望むなら、あぁうん、そうね……騙された貴方の憂さ晴らしになるならこのまま、私を抱いていく……? いいのよ、……あなたを汚しちゃうみたいで私はいや、だけどあなたが望むなら、それでも……」 白猫は、じっとあなたの言葉を待っている。 きっと、ここで何かを望めば彼女はそれを叶えてくれようとするだろう。 どれだけ、理不尽なことを言ったとしても彼女はそれは諦めたような悲しげな笑顔と。 それを飲み込んだあのガラスの笑顔を持って、きっと聞いてくれる。 そして、あなたから離れていくだろう。 ひょっとすると、2度と会う機会は……ないかもしれない。 ……願いがあると、少女に一言告げる。 彼女は何を言われるのか緊張しているのだろう、肩が揺れる。 「なに……? 何でも言って、出来ることだけだけどやれることはするから!」 神妙に、あなたの言葉を待つ白猫。 ……君の相棒でいつづけるさせて欲しい。 あなたの口から出た、その言葉に白猫はきょとんっと目を丸くした。 何を言われたのか分からなかったのか、言葉の意味を理解しようと首を傾げる。 「え……と、あの……? ん? ……えっと、何をして……欲しいって?」 君の、相棒で、いつづけさせて欲しい 誤解も、勘違いもさせないと、あなたはゆっくりと同じ言葉を繰り返す。 ゆっくり、本当にゆっくりと言葉の意味が間違い出ないと理解していくと……少女は理解出来ないと叫んだ。 「なんで!!?? どういて、そうなるの!! ねぇ、私が何をしてたか見たでしょ!? 私が、それを止められないのだって知ったでしょ!? 私といたら、どんなトラブルに巻き込まれるか分からないの分かるでしょ!? なんで、そんな答えになるのよ!!!!!」 白猫が怒る、あなたに向かって今まで見たことがない程必死になって怒っている。 ……全部、あなたを心配してのことだと、彼女を知っているあなただからこそ、分かる。 彼女がどれだけ優しいか、どれだけ冒険者に拘っているか、どれだけ……寂しい思いをしているか。 彼女の全てを見てきた、あなただからこそ、分かるのだ。 君の、相棒でいさせ続けて欲しい。 まだ、まだ頼りない新人にすぎないのは分かってるけれど、それでも君の……幼なじみと同じくらい頼れるようになってみせるから。 君の相棒で、いさせ続けて欲しい。 あなたが、言葉を一つ紡ぐごとに少女が泣きそうな顔になっていく。 そんな言葉は望んでいなかったのだと、顔を振って否定しようとする少女を再び抱きしめる。 ……この少女は、少し傷つきすぎているのだ。 もうちょっと、もうほんのちょっと……暖かく抱きしめてあげる誰かがいてもいいはずなのだ。 あなたの腕の中で、捨てられた野良猫のように震えている少女を思いながら、そう貴方の胸の中に暖かい思いがわいてくる。 「なんでよ……ばかぁ! もらっていけばいいじゃない、お金でも、体でも……何でもあげるから! こんな、ばかな娘のことは放っておいて……! あなた、筋がいいもの……もうちょっと成長したら、きっと何処でも貴方を受け入れてくれるパーティーぐらいあるのよ? ……それをっ!!」 少女が叫ぶ、どうしようもない愚か者だと貴方の胸たたき続ける。 あなたは、困ったような顔をしてこの暴れる小さな優しい嵐に告げた。 でも、そこには君がいないから……。と 胸の中の小さな少女が、動きを止めた。 ゆっくりと、腕を下ろし貴方の顔を見上げる。 怒ったせいで浮かんだ汗に、彼女の銀の髪が光を反射してあなたの前で踊っている。 花のような、甘い匂いがした……香水というだけではなくて、どうやらこれは彼女自身の体臭も関わっているようだ。 甘くて、透き通った……可愛らしい花の香りだ。 決して、汚くなんて……汚れてなんていない。 おとなしくなった少女を抱きしめながら、あなたはそう少女に伝える。 白猫が顔を赤くし身じろぎするのが分かる。 「なんで、そんな事言うのよ ……ばか、あなた、本当にバカだわ ……大バカ、バカ! 新人、考えなし!!」 少女が怒る、あなたが笑う。 先ほどまでと同じようなやりとりのはずなのに、心が何故か軽く暖かかった。 これで、いいのだと、あなたは思った。 これが、いいのだと、あなたは思った。 これが……きっと、一番の答えなのだと、そう、思った。 「……あなたが、そこまで大バカだなんて思わなかった ……どうやっても、私を見捨ててくれない気なの?」 あなたが頷くと、少女は顔を真っ赤にした。 抱きしめる力を強めるあなたに、少女はおとなしく抱きしめられている。 「……どんな事になっても、知らない、からね。 いいのね、それで……本当に、いいのね?」 不安気に、彼女の瞳が揺れる。 怖がるような、期待をするような目には僅かに光を跳ね返す何かがたまっているようだ。 あなたが、再び頷く。 彼女が分かってくれるまで、何度でも、何度でも……頷いてみせる。 「…………ばか」 少女が、あなたの胸に顔を埋める。 あなたの胸に、暖かく濡れる何かが広がり服に染みを作る。 あのときとは、違う涙が……彼女の目から溢れて滴になって溢れた。