ぽつぽつと雨が地面を叩いている。 突然の夕立に外の人が騒いでいる。 ちりん、ちりん。 季節外れの風鈴を二回。 誰かが鳴らす音がした。 格子戸を開ければ小さな背丈のお嬢さんのリボンが見える。 裏口の鍵を開ける準備をしながらこぼれた笑い声はどちらのものか。 「お稽古帰りに降られましたか、どうぞお入りになって」 雨に濡れた黒髪を梳いて結って、化粧を直しながら麻貴は鏡を覗く。 自らの手で娘に化けていくお嬢さん。 その美しさに息を呑む。 「……お似合いで」 化粧が終われば屋敷へも戻る気になるだろう。 仕上げに紅を引こうと貝殻に手を伸ばすと小さな手が重ねられる。 「お嬢さん」 麻貴と同じ紅を引きたいと言う。 清楚な色の方が似合うとどれだけ勧めても今日は嫌だと首を振られる。 「真っ赤な紅を引いてハッとされるのは心に決めた方の前だけで十分でございんしょう?」 何度説得しても嫌だと言われて困ってしまった。 もしかすると雨に降られてお嬢さんは機嫌が良くないのかもしれない。 温かい子供のような小さな手を握り、麻貴は首をかしげる。 真意が読めない彼女を抱き寄せ、膝の上へ置く。 「お嬢さん、ご機嫌直してくださんし」 ちゅっ。 子ども扱いを承知で額に口付ける。 そっと目を開けるとむぅっと頬を膨らませたお嬢さんの顔。 「お嬢さん?」 両肩に手を置かれて押し倒される。 お嬢さんに見下ろされて麻貴はきょとんと眼をしばたかせた。 「この紅は誰のためかと聞かれましても……恥ずかしゅうて答えられんせん」 ふいと目をそらして真っ直ぐな問いから逃げ出す。 外では雨が降り続いている。 しと、しと、しと。 止むまではきっと退屈だから……。 何重にも理由を重ねて細い首に手を回す。 「お嬢さん、退屈されていらっしゃるのでしょう? 少しだけ麻貴と遊んでくだしゃんし?」 ぽっと赤くなったお嬢さん。黒々とした瞳映る自分の姿。 どちらにも目を離せないまま、麻貴は笑って体を差し出した。