「よい、しょ……っと」 カチャカチャと音を立て、廊下に出しっぱなしになっていた食器を片すさくの。 「送り終わったの?」 「あぁ、みっちゃん。うん、無事に終わったよー」 「そう。おつかれさま」 部屋へ向かおうとしていたみつなは、優しく微笑みながらさくのを労う。 「で、さくちゃんはなにをしてるのかしら?」 「なにって、見ての通りだけど?」 「……はぁ」 心底呆れたように、みつなはため息を漏らす。 「あ〜、あはは……お片付け、しないほうが良かった?」 「そういうのは、わたくし達がやる仕事でしょう? さくちゃんは休んでてちょうだい」 「いやぁ、ボクもそのつもりだったんだけどね。ジッとしていられなくて」 「まったく、いつもそれね……ジッとしていられないからって、一年以上も姿を消しちゃうし」 「ちょっとー、消息不明みたいに言わないでくれる? 手紙、たまには出してたでしょ」 「そうね、二回だけね」 「二回“も”って言って欲しいなぁ」 嘆息するみつなに、その様子を眺めて楽しそうに笑うさくの。 もう、ずっと一緒に存在してきた二人だからこその、息の合ったじゃれ合いだった。 ……そう、二人はずっと一緒にいたのだ。 だから、みつなは感じている。 その笑顔の裏にある、さくのの気持ちを。 「……大丈夫?」 「この通りだけど?」 「いまは二人だけなんだから、無理しないでいいのよ」 「うぅ……やだなぁ。そうやって、心の中を見透かされるのは」 「紡いだ後だもの。わたくしじゃなくたって気づくと思うわ」 「どーかなぁ。それに、普通は気づいても、そっとしておくんじゃなーい?」 「そっとしておけないほど、参ってるように見えるのよ」 「え〜? あ〜……うん、そっかぁ……」 「さくちゃんのことだから、自覚は無いだろうけどね」 果たして、みつなの指摘は的を射ていたのだろうか。 さくのはバツが悪そうに、目を逸らしていた。 「ね、みっちゃんにお願いがあるの」 「なぁに? なんでも言ってみて」 「片付けが終わったら、その豊満な胸の中で泣かせて?」 「……ふざけてる?」 「ううん、本気」 そうか、気づくのが遅れていた、とみつなは思う。 冗談めかして話していないと、涙がこぼれそうなほどにつらいのだ。 さくのが紡いだのは、なにも初めてではない。 だから送り届けたあと、さくのが少し落ち込むのも、それをごまかすように笑顔を浮かべるのも、初めてのことではないのだ。 だけど、今日はちょっと違う。 「……いいわ。さくちゃんが泣き疲れて寝るまで、よしよししてあげる」 「ほんと? やった、楽しみにしてるね」 そこまで、彼女の心を突き動かす相手だったのだろうか? それとも、もしかして……? みつなは色々な疑問が湧いたが、全てさくのの中にしか答えはない。 そして、それはいま聞くべき時では無いし、さくのも答えたくはないだろう。 そう考えた結果、みつなはただ一言。 「食器、持つわよ」 さくのの手から、自分の仕事を取り返したのだった。 *** 「あら、ほんと。いつもよりおいしい」 「でしょー? 今日のは上手くいったと思うんだよねー」 部屋に戻った二人は、さくのお手製の料理に舌鼓を打っていた。 「彼と話して、“たまゆら汁”って名前にしたんだよ」 「なんだか、ここの名物にでもなりそうな名前ねぇ」 「お庭から名物まで、なんでも作る美少女! それがボク、天才作家さくのちゃんですっ」 「作るだけ作って、すぐに飽きて新しいこと始めちゃうけどね」 「天才とは、常人には理解できない行動を取るからねぇ。仕方ないよ」 「飽きてるってだけだから、とてもよく理解できるわよ?」 「……市井に親しみやすい天才も、世の中には必要だと思うな」 「適当な天才作家ねぇ」 さくのは、泣き出しはしなかったものの、先ほどの言葉通りみつなの膝にちょこんと乗って、存分に甘えきっていた。 「んん〜……みっちゃんのココ、相変わらずぽよんぽよんだねぇ」 「さくちゃんは、おっきいおっぱい好きなのかしら?」 「もっちろんっ! 実はかさねも、意外とあったりするんだよねー。いつか揉んでみなきゃ」 「わたくしとしては、さくちゃんくらいが一番手軽で良いと思うわよ」 「あー、手軽って言ったー! 貧乳を笑う巨乳は、貧乳に泣くんだからねーっ!」 「なぁに、そのことわざみたいな言葉は……笑ってなんていないでしょ、もう。前から言ってるじゃない。コレはコレで、ずーっと重りをぶら下げてるようなものだから、大変なのよ?」 「あ〜出た出た、持たざる者にはわからない自虐風自慢」 「メンドくさい子ねぇ、さくちゃんは……」 「お詫びに、もーちょっとこのままで居させてもらう権利を要求するよっ」 「はいはい、どーぞ。代わりに、もう一杯もらえる?」 「おっ、みっちゃんもたまゆら汁にハマって来たねぇ。いーよいーよ、いっぱい飲んでっ」 一転、上機嫌になったさくのは、器を受け取って囲炉裏に掛かっている鍋から残った汁をよそう。 「はい、どーぞ」 「はい、どーも」 みつなは再びお椀に口を付け、その味をじっくり確かめる。 「ん、やっぱりおいしい」 「えへへ〜。みっちゃんがそんなに褒めてくれるなんて、嬉しいなぁ」 「わたくしは、いつだって褒めてあげるつもりでいるわよ? なのに、いつもさくちゃんが褒められないようなことをするから―――」 「あ〜あ〜、きこえなーい」 耳を塞いで、そっぽを向くさくの。 「そういう所がダメなのよ、さくちゃん……ところでコレ、まだ残ってるわよね?」 「うん、あと二〜三杯ってところかなぁ」 「……聞こえないんじゃなかったのかしら?」 「あっ、しまったっ」 「そーいう所、ふたつめよ。もう」 とはいえ、このちょっと抜けてるのも込みでさくのであり、彼女の大きな魅力になっているということはみつなも充分理解している。 「残りは、他のみんなにとっておきましょうか。せっかく美味しくできたんだもの、飲ませてあげましょ」 「おー、いいねぇ。とーかのヤツ、あまりのおいしさにビックリするんじゃないかなぁ。ふふふっ」 「そうね、ビックリしてみんなの分を一人で飲み干しちゃうかもね」 「う……確かに、アイツならやりかねないかも」 とうかの対策について、悩み出すさくの。 だが、みつなはそれを見ながら、さくのの居る日常が戻ってきたのだな……と、改めて実感していた。 「あっと、いけないいけない。とうかの前に、もっとコレを堪能しておかなきゃ」 当初の予定通り、さくのは身体の向きを変えて、みつなの胸に顔を埋める。 「んん〜、やーらかーい。ほら、みっちゃん。よしよしして」 「泣き疲れて寝るまで、とは言ったけど。泣いてないのにするの?」 「うえーん、うえーん」 「……ふふっ。はいはい、仕方ないわね。よしよし」 「わーいっ」 器を置き、みつなはさくのの背中をポンポンと叩く。 さくのの目元に、少しだけ残る本物の涙の跡を見ながら、みつなは優しく抱きしめ続けた。 (了)