《きゅ……きゅっ、きゅっ》 コーチ 「早瀬、体の反りが甘い!もっと動き自体を滑らかに、次の動作にシコりを残すな!もう一回っ……!」 早瀬 「はぁはぁ……、すぅ……はぁ、はい……コーチ」 時間を潰し、練習が終わる頃を見計らって体育館に姿を見せた貴方。 体育館には厳しいコーチの叱責の声や、彼女が演舞のために床を擦らせる足音が響いていた。 今日も、必死に練習をしているらしい様子が、その音からでも分かるようであった。 もう暫くは時間が掛かりそうだと思った貴方が、体育館の壁に背を預け終わるのをそっと待っていると……。 部員1 「コーチ、今日も早瀬さんに厳しいよねぇ……?」 部員2 「個人でなら、うちのエースだし期待してんじゃないの? ま……チームじゃ、むしろ邪魔だけどさぁ」 部員1 「ちょっとー、止めてあげなって……そりゃ、家族にご不幸があったんだし。 暫く休んでればいいのにっとは思うけどさぁ……」 部員2 「ねー?何頑張っちゃってるんだろ……可愛そうな私、頑張ってますアピール? 普段から、私は貴方たちとは違うみたいな顔してる癖に……。 コーチに気に入られてるからって、調子に乗ってるっていうかさぁ。 あざといっていうか、本当に悲しんでるのって感じがして気持ち悪いよねぇ」 貴方の耳に、そんな囁きが薄っすらと聞こえてきた。 彼女の部活の部員達の言葉であろう、その声。 元々異性や同性からも距離を取り、親しくなろうとはしていなかった彼女。 見た目は、幼馴染として普段から見掛ける事だけは多い貴方から見ても整っているだけに、そういう態度は同性からの反発も大きいという噂は聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。 だが彼女の、冷ややかな態度が原因で段々と距離をとるようになっていった貴方にとっても……それは理解出来ることではあった。 だけど……そう。 何故彼女が今頑張っているのかをあの日、……知ってしまった貴方にとっては、それは歯痒く、もどかしい意見であった。 早瀬 「……っ、ふぅ……はぁっ。 コーチ……今の捻り、もう一度いいですか?バトンのキャッチから、反らすまで……もうちょっと改善できると思うんです」 コーチ 「そうだな……悪くは無かったが、お前ならもう少し綺麗な反りを作れるだろう。 ……あれ以来、より一層練習に打ち込むようになったのは俺は評価しているぞ、早瀬? ふんっ……よし、もう1度最初から……!当たり前だが、見てくれてる相手を釘付けにするつもりを忘れずにやってみろ!」 早瀬 「ふぅ、はい……分かりました」 そんな愚痴とも悪意ともつかない言葉が吐かれている事を知ってか知らずか、彼女……貴方の幼馴染たる少女、早瀬はただ黙々と練習をこなし続けていく。 その練習の音を聞き、彼女の悪評を振りまく部員達を止められぬもどかしさを噛み締めながら、貴方はたった一人立っていた。 そして彼女の練習が実りあるものであるよう願いながら、その終わりを待ち続けるのであった。