《ざわざわ……》 早瀬 「……毎日、よく飽きないわよね。 毎度きちんと、こんな遅くまでわざわざ私を待って……私が言い出した事だけど、本当に荷物まで持ってくれちゃってるし」 練習を終え、すでに暗くなり始めた街を幼馴染……早瀬と共に帰る貴方。 昼から夜へと姿を変えていく町の中を、ただ2人で静かに歩き続ける。 早瀬 「……つき合わせておいて何だけど、迷惑だったら別に一緒にいなくて構わないのよ? どうせ、何時(いつ)帰ろうがもう私には関係ないし。 お金は……保険とか、ママが遺してくれた分も結構あるしね」 早瀬が隣を歩く貴方に視線を向ける。 そして気遣うと言うにはあまりに無愛想に、けれど……確かに貴方を気にして言葉を紡いだ。 何時帰っても問題ないのは、貴方も同じである。 貴方の両親は転勤の関係で家には居らず、今は気侭な一人暮らしであった。 彼女の家の場合……生まれた頃に父親を亡くした母子家庭であり。 そして、つい先日の事であった。 彼女の唯一の肉親であった母親が……交通事故で亡くなったのは。 葬儀では親戚に囲まれながらも彼女は涙一つ見せる事なく……いつも通りなんて事はないという顔で毅然と、喪主をこなしていた。 日頃から、学校でも愛想が無さ過ぎると言われる……あのすました顔で。 そもそも貴方自身、子供の頃ならば兎も角、家が隣であっても彼女と接する事も無くなっていた。 本来ならば、そんな不幸な事故が起きたからと言って、こうして彼女と共に帰る生活を送る事もなかったはずであった……けれど。 早瀬 「まったく……はぁ。 誰もいない一人の家に帰るのが寂しいなんて……そんな事言うつもりないのよ、私?」 けれど、あの日。 彼女の母が亡くなったあの時。 その事は知らず自分の家に帰り、夜は何をしようかなどと考えながら扉を開けようとしたあの時。 ……視界に彼女を捕らえてしまったのだ。 貴方は、見てしまった。 庭先で顔を俯かせ、スマートフォンを強く強く……傍目から見ても痛くなる程に強く握り締め。 何処かに連絡をすべきなのに、何かを今すぐしなければいけないのに。 起こってしまった事が受け入れらず……信じたくないと。 普段の様子とはかけ離れた、小さな子供のように震えて……呆然と佇ずむ、彼女の姿を。 早瀬 「ねぇ……急に黙らないでよ、何とか言ってよ、ちょっと? ねぇ……待って、そんな顔は止めて頂戴! 止めてったら……お願いよ、そんな困ったような顔…………私に向けないで」 言葉に詰まり、要領を得ない彼女からどうにか事情を聞きだすと、彼女の代わりに連絡を行い……彼女の母親が搬送された病院へとタクシーの手配をした。 その間中、恐くて仕方が無いという様子で……早瀬は貴方の服を掴んで、決して放さなかった。 昔の遊んだ事のある、幼馴染というだけの相手に取る態度ではない事は、お互いに分かっていた。 けれど、あの時の彼女は……そうしなければ、そうしていなければ……耐えられなかったのだと思う。 そして、彼女に付き添い……彼女と母親の別れのその場に、立ち会う事になった貴方は。 それからこうして、彼女に寄り添い続けているのだ。 ――好きでやってるんだ、早瀬に文句を言われたって止(や)めるつもりはないよ。 早瀬 「あっそ…………物好き」 眉を顰め(ひそめ)、まるで迷惑かのように顔を顰める(しかめる)早瀬。 けれど、眉を顰め(ひそめ)させたその瞬間……僅かに頬が上がるのを、貴方は確かに見た。 早瀬 「ふんっ……今晩のご飯は何? あっ、煮物がまだ残ってるんだっけ? ん……貴方、意外とそういうの作れるのよね。人参多めにして作ってくれたのは……嬉しかったわ。 甘いから好きだし、ママも……よく作ってくれてたから。 ……ごめんなさい、何でもないわ」 そんな、会話をしながら……貴方たちは買い物をして、帰路に着くのであった。