2 添い寝とご本  ※ ん、じゃあ、ねんねしようなぁ…今日は、あたしがご本、読むからなぁ。 んしょ…これにするかぁ。 今日はぁ…ふしぎなめがねのお話だぞぉ。 ん…お目々とじて…あたしに、ぎゅってくっついて…そう…聞くんだぞぉ。  『ふしぎなめがね』  もそもそ、もそもそ。  ぼくちゃんがねているふとんの足もとで、何かが動いています。 「ううん、ううん」  ぼくちゃんにはそれが夢の中の事のよう。足や手をあっちこっちに動かして、どこかへ行ってといっしょけんめい。  もそもそは、するするとふとんの中を走って、ぼくちゃんの頭までやってきました。  そして、もそもそとやさしく頭で動きました。それはぼくちゃんが大好きなおばあちゃんに、頭をなでてもらっている時に、よくにています。 「ぼくちゃん、もう朝よ」 「おばあちゃん。おはよう」  もそもそと動いていたものが夢だったのか、おばあちゃんの手だったのかは、わからなくなってしまいました。 それでも、ぼくちゃんは朝おきていちばんに、おばあちゃんの顔が見えたのですから、うれしいことにかわりありません。 「あれ、どうしたの?」  けれど、そんなおばあちゃんの顔がいつもとちがっていました。 おばあちゃんは、いつも黒ぶちのまるいめがねをかけています。 ですが、めがねがありませんでした。 だから、やさしいはずなのに、おばあちゃんの顔は少しこまったように見えるのです。  ぼくちゃんはふとんからとび出て、お父さんとお母さんがいる、台所へと走っていきました。  冬の冷たい空気をいっぱい、すいこんではき出します。 「お父さん、お母さん!」 「どうしたの、おきたら顔をあらうんでしょ」 「きんきゅうじたいなんだ。おばあちゃんのめがねがないんだよ」 「それはたいへんね。でもそのうち出てくるわ。さぁ顔をあらって朝ごはんよ」  やっぱりお母さんはいつもどおりです。おばあちゃんがいつもどおりではないのに、気にしていません。  前にぼくちゃんがおもちゃをなくしてしまったことがありました。 その時、お母さんは同じように言っただけでした。おばあちゃんだけが、いっしょにさがそうねと頭をなでてくれました。  今日のおばあちゃんは、まゆげが下がったままで、その間にあるしわしわが消えません。 「ぼくちゃん、お願いがあるんだ」  新聞を読みおわったお父さんは、ぼくちゃんに言います。 「おばあちゃんのめがねはとても大事なものなんだ。だから、さがすのをてつだってくれないか?」  お父さんは、本当は自分がさがしたいくらいだという顔をして、たのみました。 「わかった。ぼくがおばあちゃんのめがねをさがすよ!」  ぼくちゃんはお父さんに元気よくこたえて、こんどはおばあちゃんのところへ走っていきました。 「おばあちゃん、虫めがねをかしてくれる?」 「虫めがねを何につかうの?」  おばあちゃんは、ふしぎに思ったのでしょう。 「ひみつだよ」 「ぼくちゃんがひみつなんて、めずらしいわね。ちょっと待っててごらん」  おばあちゃんは、やっとまゆげの間にあった一本せんをけして、自分のへやにもどって、虫めがねを持ってかえってきました。 「ありがとう!」  虫めがねをかしてもらったぼくちゃんは、走りだします。 台所、おふろ、順番に、お家の中をみてまわりましたが、めがねはどこからも出てきません。  「こうなったら、おばあちゃんのへやだ」  ぼくちゃんはさいごにおばあちゃんのへやを、しっかりと虫めがねでみてまわりました。 押し入れの中、タンスの後ろ、ベッドの中。ですが、やっぱりめがねはみつかりませんでした。 「めがねをさがしてくれてたんだね、ありがとう」  めがねをみつけられなかったぼくちゃんの頭を、おばあちゃんはやさしくなでてくれました。 お父さんのたのみも、かなえられませんでした。 ぼくちゃんはくやしくて、目のはしっこに少しだけ、なみだをためました。  おばあちゃんのめがねは、それからなくなったままです。  そして、クリスマスとぼくちゃんのたんじょうびが、いっしょにやってくる日になってしまいました。 ぼくちゃんは毎年、たんじょうびとクリスマスが同じおいわいになってしまうことで、少しざんねんな気持ちになってしまいます。 ですが、今年はそれどころではありません。ぼくちゃんはおばあちゃんのめがねがなくなったままなのが、悲しいのです。 「ぼくちゃん、めがねのことはいいんだよ。今日はおたんじょうびなんだから、笑っておいで」  おばあちゃんはそう言ってくれますが、ぼくちゃんはその顔が少しだけかなしそうなことをしっています。 「さぁさ、お父さんとお母さんが帰ってくるまでに、おたんじょうびのじゅんびをしましょうね」  それからおばあちゃんといっしょに、いろいろなじゅんびをしました。 クリスマスツリーにきらきらのかざりをつけて、わたの雪をいっぱいふらせました。 りょうりの手伝いもしました。 おばあちゃんが作ってくれた、ちらしずしをうちわでひっしにあおいで、さましました。 あまいしいたけもぱらぱらと入れて、糸みたいなたまごやきも、きれいにかざります。 できあがったクリスマスツリーやりょうりを見て、ぼくちゃんはまんぞくです。 自分で自分のたんじょうび会をよういをするのは、少しくすぐったいのですが。  あとはお父さんが買ってくるプレゼントとお母さんが買ってくるケーキを待つだけです。 「もうすぐだね、ぼくちゃん」  その時、げんかんでチャイムが鳴りました。 お父さんもお母さんも帰ってくるには少し早い時間です。 けれど今日はぼくちゃんのたんじょうび。 少しくらいお父さんたちが早く帰ってくることもあるかもしれません。 「おむかえに行こうか?」 「うん!」  ぼくちゃんはおばあちゃんといっしょに、げんかんまで行くことにしました。 「やぁこんにちは」  それは、お父さんでもお母さんでもありませんでした。  真っ白なぼうし黒色のリボン、真っ白なコートに先の黒い白いマフラー、靴は真っ白です。 そして、黒いふちのめがねをかけています。 「わたしはおばあちゃんのおともだちで、古城(こしろ)ともうします。今日はがおたんじょうびかいだときいて、やってきました」 「まぁまぁ、それはごていねいに」 「こしろさん、こんにちは」  ぼくちゃんはおじぎして考えます。おばあちゃんのおともだちに古城さんなんて人がいたっけと。 「ああ、そうでした。これはきみにプレゼントです。気に入ってもらえるといいのですが」  古城さんはがさごそと持っていた紙ぶくろの中から、さっとプレゼントをとりだしました。  それは木ぼりの人形でした。 「まぁよくできているわ」 「ありがとうございます。わたしの手作りでして」 「よかったね、ぼくちゃん。かわいいわよ」 「うん、ありがとう。おばあちゃん、これは何?」  ぼくちゃんには古城さんがくれた人形が、何なのかわかりません。 「それはオコジョなんですよ」  古城さんはにこにこしながら、しっぽのところがむずかしかった。 立っている前あしのたれているところがよくできた。 そんなふうに、人形について、いろいろと教えてくれました。 ぼくちゃんはそれをひとつひとつ聞くたびに、手に持っているオコジョの人形が、好きになっていきました。 古城さんのことはよく知りませんが、このオコジョが自分のためにいっしょけんめいに作られたものだとわかったからです。 「かわいいなぁ」  ぼくちゃんがオコジョの頭をなでようとしていると、げんかんのチャイムがまた鳴りました。 「ただいまぁ」  声がふたつしました。お父さんとお母さんが帰ってきたのです。 「おかえりなさい!」 「はい、ただいま……あれ、こちらさまは?」 「はじめまして、わたくしは古城ともうします」 「古城さんは私のおともだちなの。ぼくちゃんのたんじょうびプレゼントを持って、わざわざ来てくれたんだよ」  おばあちゃんは、手にプレゼントやケーキの箱を持った、お父さんとお母さんにしょうかいします。 「これは、ありがとうございます。そうだ、ぜひたんじょう会にもさんかしてください」 「そうね。おばあちゃんのおともだちですもの。ぜひおねがいします」  お父さんとお母さんはにっこりとわらって、言います。 「ありがとうございます。ではお言葉にあまえて」  古城さんはふかくおじぎして、お礼をいいました。 そうすると、めがねがつるっと、はなの先までさがってしまいました。 「これはいけない……いやはや、まだまだなれていないものでして」  古城さんはあわててめがねを直すと、くつをぬいで家にあがりました。 ぼくちゃんは何かへんだなと思いながら、クリスマスツリーがかざってあるへやへと行きました。 「さぁじゅんびできたわよ」  お母さんのあいずで、ケーキにたったろうそくに火がつきました。 ぼくちゃんはそれをふぅーっとふいて消します。 おめでとうのがっしょうで、おたんじょうび会のはじまりです。 おばあちゃんといっしょにつくったちらしずしや、お母さんがケーキといっしょに買ってきたからあげなど、みんなたくさんたべはじめます。 ですが古城さんだけは、ほんのすこししか食べていません。 「もっと食べないの?」  ぼくちゃんは古城さんに聞いてみます。 「いえいえ、すこしだけでもいただけば、おりょうりのおいしさや、すばらしさはよくわかります」 「まぁありがとうございます。ごえんりょなさらず、いっぱい食べてください。たくさんありますから」  お母さんはじょうきげんで、古城さんにこたえます。 「そんなにいっぱいあるのですか?」 「ええ、きっと食べきれないくらいありますよ」 「すばらしい! ではあまったら、私にわけてくださいませんか?」 「ええ、こんなものですが、おみやげにしてください」 「ありがとうございます!」  古城さんはおおよろこびで、お母さんにおじぎしました。 まためがねがつるりと、はなの先までおちてしまいます。  ぼくちゃんはそれを見て、やっと思い出しました。 古城さんのめがねがずれた顔は、おばあちゃんにそっくりなのです。 それは、かけているめがねが同じだから、そう見えたのです。 「古城さん、そのめがねはおばあちゃんの?」 「ええっ!」  古城さんはおどろいて、てんじょうまでとびあがったようでした。 「あれ?」  そのおしりに何か、白くて先だけが黒いものがゆれていたように見えました。 「どうしたの?」  おばあちゃんがおどろいた、ぼくちゃんに聞いてくれます。 「うん……古城さんのかけてるめがね……おばちゃんのめがねじゃないの?」  おばあちゃんもお父さんもお母さんもいっせいに、古城さんの顔をじーっと見はじめます。 「確かにおばあちゃんのめがねだわ……」  お母さんは言います。じっと見られたままの古城さんは、いっぱい汗をかいて困り顔。 「……あらいけない、大事なことを思い出したわ」  おばあちゃんが言いました。 「それは確かに私のめがねなの。でもね、それは古城さんにさしあげたものなのよ」 「それじゃなくしたわけじゃなかったんだ」 「そうなの。私のかんちがいだったの。ぼくちゃん、おどろかせてごめんね」 古城さんはおどろいていた顔をにっこりとゆるませて、おばあちゃんにもう一度、深くおじぎをしました。 「いけない、もうこんな時間でしたか」  古城さんはかべの時計を見て、言いました。そして、りょうりのなくなったお皿をおいて、くいっとねがねをなおします。 「もうしわけありませんが、私はこれでしつれいさせていただきます。家でこどもたちが待っていますので」 「そうですか、残念です。お母さん、古城さんにりょうりをつめてあげてくれ」  お母さんはささっとりょうりをいっぱい箱につめて、きゅっとふろしきでつつみました。 それは両手でかかえるほどで、古城さんはおおよろこび。 「こどもたちもよろこびます。たのしい時間をありがとうございました」  古城さんはげんかんに立っても、何度も何度もお礼を言いました。 「それではこれで……」 「ああ、古城さん」  出ていこうとした古城さんに、おばあちゃんは言います。 「今度からうちにいらしていただくときは、そのめがねをかけてきてくださいね。前のようだと、私もおどろいてしまいますので」  古城さんは言われてすごくびっくりした顔になります。そしてすぐに泣き出す前のような顔になりました。 そのままくるりとせなかを向けて、古城さんは歩きだしました。 「あ!」  ぼくちゃんは気がつきました。古城さんのおしりから長くて白くて、先っちょだけが黒いしっぽがはえて、ゆらゆらとしていたのです。 「おばあちゃん!」 「いいのよ、ぼくちゃん。古城さん、まだじょうずにつかえないみたいね」  おばあちゃんはぼくちゃんをぎゅうっとだきしめます。 「あれはね、まほうのめがねなの。かけるとだれでも人のすがたになれるの。だから私にはもったいないものなのよ」 「でも、大事なものなんでしょ?」 「だから古城さんは、かりためがねをちゃんと返しに来てくれたの。だからさしあげたのよ」  おばあちゃんは、ぼくちゃんの目をしっかりと見て、あたまをなでてくれました。 「古城さんにも、ぼくちゃんのように大事な人がいるのよ」 「おうちで待ってるこどもたち?」 「そう、これから雪もふるし、おりょうりをいっぱい持って帰って、きっとおおよろこびだわ。 それにぼくちゃんにかわいいお人形をいただいたし、これでおあいこね」  おばあちゃんはまた、ぎゅうっとぼくちゃんをだっこしてくれます。 おばあちゃんのぎゅうは、あったかくてやさしくて、まほうのめがねと同じくらい、まほうみたいです。 そんなことができるおばあちゃんは、きっとまほうつかいなんだとぼくちゃんは思いました。  へやにもどると、ぼくちゃんはりょうりのつづきを食べる前に、おもちゃ箱をひっくりかえしました。 「あった」  それはぬいぐるみがかけていた、おもちゃのちいさなめがねでした。ぼくちゃんはそれを古城さんがもってきた、オコジョの人形にかけてみます。 「うん、そっくりだ」  ぼくちゃんは人形のはなの先に、ちょこんとのっためがねを見て、まんぞくそうにいいます。 「ぼくちゃん、どこだい?」  お父さんがよんでいます。 ぼくちゃんはへんじをしてから、オコジョの頭をなでました。 いつもおばあちゃんにしてもらっていることを、自分がするのは、なんだかむねがもぞもぞする感じがします。 「古城さんにそっくりだけど、きっとこれはこどもたちを見てつくったんだ」  いまごろ、古城さんもおうちへついて、こどもたちにりょうりをひろげて、じまんしているでしょう。 そう思うと、ぼくちゃんはふわっとあたたかい気持ちになりました。 これからやってくる冬にもまけない気がします。 それはきっと、古城さんのかぞくも同じだと、ぼくちゃんは思いました。 …おしまい…。