ベスト・フレンド後日談 ※注意 本編とはノリが全く違います。本編のバッドエンド感がお好きな方には読むことをオススメしません。 私は、離婚のチャンスを虎視眈々と狙っている。 あの地獄みたいな日から2週間。私は依然として政幸さん――結婚したのだから先輩呼びはやめてくれと言われた――と結婚したままだ。 真実が話された結婚初日の翌日、私は朝一番に市役所に行って離婚届の書類を取りに行った。そしてバシッと彼に離婚届を突きつけたが……笑って流された。 夫婦が離婚するには、互いが離婚に同意していることが一番手っ取り早い。けれど一方がひたすら離婚を拒否している場合、一気にそれは困難となる。というわけで私は互いの同意以外の手段で離婚への糸口を探さなければならない。 一方が離婚に同意していなくても、法的に離婚が認められる条件がいくつかある。 相手に不貞行為があること、悪意の遺棄があること、3年以上の生死不明、相手が強度の精神病にかかり回復の見込みがないこと、その他婚姻を継続し辛い重大な事由などである。 彼は毎日この家に帰ってくるから、生死不明の線はまず無理。強度の精神病にもかかってないからこれも無理。悪意の遺棄、つまり別居をしたり家庭に生活費を入れたりしない等といったことも現在は特にない。毎日仕事が終わったらすぐに帰ってきているような人が不貞行為をしているとも思えない。 つまり私が現実的に狙えるのは、モラハラによるその他婚姻を継続し辛い重大な事由、である。 ただここで問題なのが、政幸さんが私に特に何もしてこない点である…… ピンポーン 平日の夕方ごろ。家にいた私はチャイムが鳴った音を聴いて玄関へ向かう。 宅急便だろうか。シャチハタを片手にドアを開くとそこにいたのは…… 「ア……アズサ!?」 うちを訪ねて来たのは、2週間前のあの電話以来、一度も連絡を取っていないアズサだった。 アズサは腕を組み仁王立ちで玄関先に立っていた。 「久しぶり」 もちろん私だってあの後のアズサの様子は気になっていた。けれどあんなことがあった後、私がアズサに連絡を取るなんてできなかった。 政幸さんにまんまと嵌められたとはいえ、アズサから見れば私が彼女の夫を奪い取ったように見えても仕方がない上に、どんな顔をしてあんな恥ずかしいセリフを聞かせた彼女に会えと言うのだろう。 度胸のない私は、結局アズサと話したくても話せずにただ日々を過ごしていた。 何をすべきか言うべきか、オロオロと戸惑う私とは対照的に、アズサは堂々とした様子で言い放った。 「私、あの人よりあなたの方を信じてるから」 「……えっ……?」 「何が起きたかよく知らないけど、どうせまたあの人があなたを騙したか嵌めたかしたんでしょ? 正直、私と離婚したあと直ぐにあなたと結婚したっていうのを聴いた時は一瞬パニックになっちゃったけど、絶対何か二人……ううん、私も含めた三人の間で何かあったんでしょ。あなたが理由もなくあんなことしただなんて私は思わない。私は、あなたを信じてる」 「アズサ……」 アズサはそう真っ直ぐに私の目を見て言い切った。 あんなめちゃくちゃな事件があってもなお私を信じてくれるなんて。私はこの2週間、ずっとずっとモヤモヤして仕方がなかった感情が徐々に晴れていくのを感じた。 胸がいっぱいになってこみ上げる涙が止まらない私に一歩近づき、そっと抱きしめてくれたアズサは私に優しく囁いた。 「……ね、何があったか私にも教えてくれない?」 「うん、言う。全部言うよ」 私たちはリビングに移動して、2週間前何があったのかを、あの廃墟内での出来事を若干ぼやかしながらも全て話した。 話し終えると、案の定アズサは憤慨した。 「は!? なにそれ! あの人頭おかしいんじゃないの!? ていうか何!? 私完全にダシに使われてるじゃない!! なんなの!? この数年間私を弄んでたっていうの!?むかつくんだけど! あとなんかまだ私があの人に未練あるって思われてるのがすっごい癪!!」 私は何も言えずに押し黙る。 全てアズサの言う通り。どう考えても政幸さんに数年間振り回されたアズサが一番の被害者だ。 「あ〜〜もうアイツほんっとむかつくけど、一番許せないのはそんなアイツの本性に気づけなかった私!! なーんで私ってばあんな男にホイホイ捕まっちゃったんだろう!私さえしっかりしていればあなたもここまで傷つくことはなかったのに……」 「えぇっ! ううん、アズサは悪くないよ。私こそごめんっていうか……」 「なんでよ? あなたは何も悪くないじゃない。むしろ私のことを必死に守ってくれて本当に嬉しかった。 もし政幸さんを私から取ってしまったんじゃないかって思ってるのならそこに関しては全く気にしなくていいからね。むしろ私はあの人と離婚できて清々してるから! そもそも私たちのどっちが悪いか、だなんていうのはおかしいよ。一番の元凶はどう考えても政幸さんでしょ」 「う、うん。そうだね」 「ね? ほんと信じられない! 私を騙しておきながら、私の親友までも奪っていこうとするなんて! あの人の思い通りにさせるもんですか!」 ひとしきりプンスカ怒りまくったアズサは、一度深呼吸をして自分を落ち着けると私の手を優しく取りまっすぐに私の目を見て話した。 「あのね、あんなことを言わされて、私と話すのが気まずいっていう気持ちは分かる。私だって逆の立場ならあなたに合わせる顔がないもん。 でも……私、こんなことであなたと疎遠になるなんて絶対嫌。これからもずっと一緒に友達やっていきたいの。……だめ、かな?」 私は梓の目を見て、ゆっくりと首を横に振る。 「だめじゃないよ……だって私もそうしたいから。あー……でもその代わりあの電話の件については今すぐ記憶から抹消して。でないと私が恥ずかしすぎて死んじゃう」 「わかった! たった今忘れた! 私たち電話なんかしてない!」 「うっわぁ絶対忘れてなさそう。ほんっとうにお願いだからなるべく早く記憶から抹消してね?」 「努力します」 そんな軽口を叩いて、私たちはクスリと笑いあった。 なんだかアズサが結婚する前の、すごく平和だった頃に戻ったみたい、なんて私は笑いながら心の中で思った。 離婚だのなんだのと考えてはいたけれど、私の一番の望みはアズサとまた前みたいに笑いあえることだったから。 政幸さんの思い通りにアズサと離れてしまうことが辛くて辛くて仕方なくて、だけど私から彼女に連絡を取ることもできなくて。深い自己嫌悪に陥って自分では抜け出せなかった私を彼女は救い出してくれた。 私が諦めていた望みを、彼女は叶えてくれたのだ。 ひとしきり笑いあった後、真剣な表情になったアズサは真面目な調子でこう切り出した。 「あのね、話は変わるんだけど、あなたはこれからどうしたいの? このままあの人と結婚生活を続けるつもり?」 「それなんだけどね……」 私はずっと一人で悩み続けてきた事柄をようやく口にする。 一番の望みはアズサとまた一緒に居られることだけど、それでもやっぱり離婚はしたい。アズサに酷いことをしたあんな人と、このまま結婚生活なんて続けたくはないから。 事が事すぎて誰にも相談できなかったことをアズサに相談できて、まだ何も解決していないのに心が少しだけ軽くなったのを感じる。 私は話を続けた。 「私としては離婚を狙ってる。そもそもアズサに暴力とか振るってる時点で完全にアウトでしょ。 けど、政幸さんからは離婚の同意が得られないから、同意がなくても離婚訴訟に勝てそうな証拠を集めたいんだけど……これが難しそうなんだよね」 「そうなの?」 私は頷いて、その理由を説明し始める。 私の説明を聞いたアズサは神妙な様子で眉をひそめた。 「確かにそれは難しそうだね……私と結婚していたときも女の影はなさそうだったから不貞を理由にはできないし。モラハラもされてないならその証拠を探すのも無理だし…… っていうか、あなたは今大丈夫なの? ほんとにあの人から酷い目に遭わされてない?」 「うん、大丈夫。いつも気持ち悪いくらいに機嫌が良さそうですごく気持ち悪いだけ」 「うわぁ、気持ち悪いね……」 「そうなんだよ。唯一ある証拠と言えば……その、私の弱みになる例のあの映像だけど、あれは証拠として提出したくない……」 「だよね……」 複雑そうな顔でアズサは頷く。 「だから一人で勝手に別居を強行してしまうって手段も考えたりはした」 「それ絶対後からあの人付いてくるやつじゃん〜」 「そうなんだよね〜! もういっそ正面突破でアズサと私に政幸さんが何をしたかを離婚裁判で話して裁判官の同情を買う作戦も考えたんだけど……」 「証拠がないから決め手に欠けるねぇ」 「そうなの〜!」 ……と、二人でうんうん悩んでみるものの、上手い解決法は思いつかなかった。 すると真剣な表情で考えて混んでいたアズサが、ふと申し訳なさそうな顔で私を見た。 「……あの、さ。言いづらいんだけど……その、例の映像のデータってまだ残ってるの?」 私は彼女の質問に静かに頷く。 「……多分。っていうか絶対そう。ちゃんと消去したなんて言われてないし」 「だよね……その映像こそがあの人の切り札だもんね…… ……よし、じゃあそのデータを破壊しに行こう」 「えっ!?」 唐突に出た衝動的な案を、まるで当たり前かのように言ってのける彼女に私は驚く。しかしアズサは名案とばかりに元気よくガッツポーズを作って見せた。 「あの人の部屋にある外付けハードディスクだのUSBだのを全部ぶっ壊してやるのよ!」 「アズサ大胆すぎない?」 「いいのよこれくらい! だって私たち、あの人にはさんっざん迷惑をかけられたんだからこれくらいしてもバチは当たらないでしょ! ほらほら、思い出して。あの人の部屋の中で怪しい記憶媒体はなかった?」 「そうは言われても……政幸さんの部屋には入っちゃいけないって言われるから入ったことないんだ」 「そっか…… でもさ、覚えてる? 私たち高校の文化祭の時、あんまり急いでるものだから二人で廊下を爆走したこと! その時二人で言ったじゃない。ルールは」 「破るためにある……でしょ?」 「正解!」 アズサとの思い出を思い出して、私たちは再び笑いあった。こんな風にまたアズサと笑いあえる日がまた来るなんて、私はほんの1時間前まで思ってもみなかった。 あんな酷い事があっても私を信じてくれたアズサが、私は大好きだ。 アズサは椅子から勢いよく立ち上がった。 「よーし、じゃああの人が帰ってくる前にデータ破壊しに行くよ!」 ガチャン 出し抜けに、玄関の扉が開く音がした。 その音が聞こえた瞬間、私たちは固まった。アズサは苦々しい表情で呟く。 「今帰ってくるとか、なんてタイミングが悪いの……もうちょっと遅ければよかったのに…… ねえ、私あの人の不意を突きたいからちょっと隠れさせて!」 不意ってなんのこと?とは思いながらも、私はアズサに言われた通りに彼女をキッチンの奥に誘導して隠れさせた。 その直後、相変わらずニコニコとやけに上機嫌な彼がリビングに現れた。 「ただいま〜! 早く君に会いたくて、今日も急いで仕事を終わらせて帰ってたよ」 「そうですか……」 「もう、君は相変わらず冷たいなぁ。ところで、誰か来てるの? 女物の靴が玄関にあったけど」 その言葉に私はハッした。アズサ本人は隠したけれど、靴にまで気が回っていなかった。 アズサが何を考えて隠れているのか分からない以上彼女の存在を言う事ができず、私はしきりに「えーっと……」と口ごもりながら目を泳がす。 そんな困った状況を見兼ねてか、キッチンで隠れていたアズサがそっとリビングにやってきた。 アズサは静かに政幸先輩の背後まで忍び足で近づくと、その手を大きく振りかぶった。 「ちょっとは反省しなさいよこんのクソ男がーーーーーっ!!!!」 「……え?」 バチンッッ!!! 平手打ちの高い音が、リビングに響いた。 「……は? え? な、なんでお前がここに?」 政幸さんは叩かれた頰を片手で押さえながら、呆然とした表情で自分の背後に現れたアズサを見た。 アズサは彼の後ろから私の近くにササッと近寄ると、両手を腰に当て堂々とした様子で彼に向かい合った。 「彼女に会いに来たの、私たち親友だから。友達に会いに来るのに理由なんて必要? あんたが何企んでようと、私は彼女が大好き。絶対に彼女の味方なんだから。 あとあんたのことなんてもうこれっぽっちも想ってないんだから! 誤解しないでよね!」 「まじかよ……」 政幸さんは迷いなく言い切るアズサを見て、顔を歪ませた。 彼は深いため息をつくと、頰に当てていた手を下ろしてアズサを睨む。 「はぁ…… あーあ。俺の計画、成功したと思ったんだけどなあ。結局、大失敗じゃないか。アズサからコンタクトを取ってくるとはな。誤算だったよ」 「私をなんだと思ってたの。舐めないでくれる?」 そう政幸さんに対して威勢良く啖呵を切ったあと、アズサは私の方に振り向くとカッコいい笑顔で言った。 「この前はあなたが頑張って私を守ってくれた。だから今度は私の番! ねえ政幸さん、この子を解放してよ」 「……ちょっと前まで俺を怖がってた女がよく言うよ。ほんと女って一人じゃ大人しいのに、集まると急に態度がでかくなるよなぁ……」 結婚していた頃のアズサと比べたのか、政幸さんは険しい顔でそんなことを吐き捨てた。 政幸さんの言う事は間違ってはいないけれど、正確には少し違う。私という味方がこの場にいるという理由だけで、アズサは今堂々と振舞っているのではない。 だって、彼女はよく見ると少し震えている。玄関先に仁王立ちで立っていた時のように、凛と真っ直ぐには立っていない。今はほんの少しだけ体を縮こませ、政幸さんと一定の距離を保って彼と対峙している。 ……アズサは、私を守るために、怖い気持ちを抑えて今彼に立ち向かっているのだ。 なら私だってしっかり戦わなければ。 「わ、私も、離婚したいです。アズサに酷いことをしてた人と結婚し続けるなんて、私は嫌。離婚してくれないなら、裁判を起こして戦う覚悟です」 「そ、そんな……俺、やっとのことで君を手に入れられたのに、そんなの酷いじゃないか!」 「酷いのはどっちですか! 私、政幸さんがアズサに暴力を振るったりしていたこと、絶対に許せないんですから!」 「そうよそうよ! あの鞄が当たったとき、すっごく痛かったんだから!」 「ん? 鞄が当たった……?」 横から飛んできたアズサの発言に私は反応する。 「あれ? アズサ、政幸さんに殴られたんじゃなかったっけ?」 「そう。政幸さんが不機嫌の時に、鞄でこう、ドンッて!」 「おいアズサ。お前あの時のことを俺に殴られたって言ってたのか」 「そうよ。痛いって言ったじゃない」 「確かにあれは悪かったと思ってるけど……ああもう。だから君が誤解してたのか……」 痛かったんだからと私の横で怒るアズサと、何故か落ち込んだ様子の政幸さんを私は見比べる。なんだか話が微妙に食い違っていないか? これはどういうこと……? 私は首を傾げて政幸さんに尋ねる。 「あの~、政幸さんどういうことですか? 何があったんですか?」 「その……俺が朝、寝坊して急いで家を飛び出たときに、すれ違いざまにアズサにその時俺が持ってた鞄が思い切り当たったんだよ」 「この人低血圧だから毎朝不機嫌なの」 「て、低血圧」 「だからすごい形相で家を飛び出る上に思いっきり鞄が腕に当たったものだから、あの時はすごく怖かったよ」 「えぇ……私の想像と色々違うんだけど…… で、でも、政幸さん2週間前にアズサに暴力を振るっていることを肯定してたじゃないですか? それはなんでですか?」 「ああ、それ? 事情はよく分からないけど、君が俺が危険な男だって誤解していたからその話に乗っかっただけ。その方が上手く計画が進むかなって」 「なんだって……」 「誤解じゃないわよ! あれは暴力よ暴力! あの時の怪我まだ痛いんだって! 政幸さん毎朝そんなんだから、似たようなこと何回もあったよね? 普段から別段愛想良い方じゃないけど、朝はとにかく機嫌悪いから特に怖いのよ。 それに、政幸さんが私の行動を無理矢理制限して軟禁してたのは事実でしょ」 「・・・・・・それは否定しない」 「ほら!」 「でも! 逆に言うと俺はそれくらいしかしてないだろ!? だから俺に愛想を尽かさないでくれよ……」 「軟禁を軽視するのはどうかと思いますが……とりあえず政幸さんがアズサに暴力を振るってない可能性があるのはなんとなく理解しました」 「だからそんなことしてないって!」 「暴力よ!」 「うん分かった。暴力の有無はちょっと一旦置いておこう。話が進まない」 ……なんだか、私が想像していた状況よりもほんの少しだけマシだったようだ。 アズサが置かれていた環境は決して良いとは言えないものだったのだろうけれど、アズサの身が危険にさらされてはいなかったことに少しだけ心の中で安堵した。 「とはいえアズサにモラハラをしていたのは確かみたいなので、やっぱり私は政幸さんを許せません」 「うっ……なあ、ならどうしたら許してもらえるんだ? 俺は本当に君のことが好きで好きで仕方なくてずっと君を追いかけてきたのに、ここで諦めるなんて無理だし、絶対に嫌だ」 「そんなこと言われましても……日頃の行いが悪いと碌な事にならないっていう良い例ですね!」 私は無慈悲に政幸さんに宣告する。彼は目の前で意気消沈、という言葉を体現したかのようなものすごく辛そうな顔をしているが、そんなの自業自得である。 私はそんな彼を見て、あることを思いついた。 「あっ。じゃあ一つだけお願いがあります。アズサに今までのことを謝って下さい。アズサを束縛したことも、この数年間アズサを振り回したことも全部です」 私がそう告げると、すぐさま彼は90度の角度で頭を勢いよく下げた。 「アズサさん本当にすみませんでした!!」 「何この人素直すぎて気持ち悪い……」 彼のなりふり構わない様子に、アズサは相当引いた顔でコメントした。 アズサは数歩後ずさり彼から距離を取ってから、溜まっていた思いを吐き出すかのように勢いよく話した。 「政幸さんに振り回された私のこの数年間を返して欲しいよ。戸籍にバツまでついちゃったし! どうしてくれるのよ! それに一番はね、私と、私の親友を傷つけたこと、許さないから」 「……はい」 「……ていうか、そもそもこの子のことが好きなんだったらさ、最初から私に近づくなんて意味不明なことをしないで、私にあの子が好きだから協力して欲しいって言ってくれれば良かったのに……そうしたらここまで全員悲惨なことにならなかったはずなのに……」 そう悲痛そうにアズサが言うと、政幸さんは頭を下げたままぴくりと反応した。 「……協力、か……最初から俺はそうすれば良かったのか」 「そうよ。むしろ普通はこんなことせずにそうするでしょ」 「……そっか。協力を頼むだなんて、全然考えてなかった」 「ああ……そういえばあなた、友達少ないもんね。協力なんて、その発想がなかったのね」 場が、妙に重い空気になった。 私はアズサほど政幸さんのことをあまり知らないけれど、言われてみれば確かに今も昔も彼の周りには特別な友人と言えるほどの人はいなかった気がする。 アズサはやれやれといった風に肩をすくめる。 「政幸さん、全部許すことはできないけど、とりあえず頭上げて」 「……ああ」 彼はゆっくりと頭を上げた。アズサはそんな彼をビシッと指さしこう言った。 「ってことで! 私の話はこれで終わり! 次はこの子のことよ! 私は離婚派として断固としてあなたと戦うからね!」 「俺は全力でそれに対抗する」 「さっきまでしおらしくしてたくせにー!」 「それとこれとは別だから」 「意志が固い! ……ねえ、今度この人がいないときに私と一緒にもう一度作戦を立てましょ。この人絶対手強いよ」 「そ、そうだねアズサ。協力してくれてありがとう」 離婚賛成派の私達が話し合っていると、一人だけ反対派の政幸さんが私達を見てニヤリと笑った。私はそれを見た途端、嫌な予感が頭を駆け抜けた。 「君がその気ならそれでいいよ。でもね、離婚が成立する前に絶対に君を孕ませるから。子供が出来たら、君も簡単に俺から離れられないよね?」 嫌な笑みを顔に浮かべた政幸さんはそんな物騒な爆弾発言をかました。それを聞いて、アズサは今日一番ドン引いた顔をした。当り前である。そして私は身の危険を感じて硬直した。あのあくどい笑みは、確実に本気だ。本気でそれを実行しようとしている。 固まる私を見て彼は機嫌良さそうにこう言った。 「離婚の成立と君の妊娠と、どっちが早いだろうね? さあ、俺と君との勝負だ」 うわあ……気持ち悪い…… 彼と距離を取るため思わず後ずさりながら、そんな言葉が漏れてしまった私は絶対に悪くないだろう。 やはり彼と別れるには、一筋縄ではいかないらしい。 ここから先の日々について考えようとして……やめた。どう考えてもあまり私が有利になる未来が見えない。 私はアズサをちらっと見る。彼女は心底政幸さんを気持ち悪いと思っていなそうなしかめ面で彼を警戒していた。 政幸さんは戦うには相当気持ち悪い相手だけれど、こんな風に私にはアズサという強い味方がいるわけだし、やれるだけ抵抗してみようじゃない。 まずはそうだなぁ……政幸さんに勘付かれずに上手く別居する方法、何かあるかしら?