◆タイトル『献身の御許で淑やかに迎える休息』 ◆あらすじ  窓から差し込む柔らかい日差しの中、使用人である白帆に声をかけられ、あなたは目を覚ます。 「おはようございます、ご主人様。申し訳ございません。少し早く……起こしに来てしまいました」  はにかむ白帆の髪が、穏やかな風に揺れる。かけがえのない笑顔と、共に迎える休息。 ◆登場人物 ・男(ご主人様):初老の男性。商家の出で、今も美術商を営む。比較的裕福ではあるが、慎ましやかな暮らしを心掛けている。子は無く、円満だった妻も早くに亡くし、今は使用人の白帆と二人で過ごしている。  白帆とは主従の関係ではあるが、いつも懸命な彼女を娘のようにも想っており、理不尽に強く当たったことは一度もない。唯一、休みを与えても休んでくれないのが悩み。 ・白帆(しらほ)(私:わたくし):若き使用人であり、女性型のアンドロイド。年齢は20歳前後(外見・精神設定として)。 外見は、身長はやや高めで、胸や腰、尻などは概ね一般人レベルでの理想体型。顔の造形も良い。髪は美しい白髪が腰より少し上まで伸びている。目は少しタレ目で、瞳の色は、黄味のアイボリー。 旧世代ながら後期に造られたもので、性能はかなりのもの。会話はもちろんのこと、炊事、洗濯、その他家事一般や介護等も問題なくこなす。食事も出来る。普段は努めて使用人らしく振舞っている。 路傍に打ち捨てられた彼女を持ち帰り、起動してくれた主人に誠心誠意つくしている。 以前に仕えていた家では、時間的・物理的な無理を押し付けられ、いくつもの叱責や暴力を受けてきた。新型を購入した際に、もう不要だと、動力を切られ路地裏に棄てられた。 ※白帆の一人称について わたくし:基本的にはこれを使用。また、アンドロイドとしての同型のものを指す場合にも使用 白帆:自身の記憶によって形成された、白帆のパーソナルな部分を指す・出す場合に使用。ただし、同じ条件でも、必ずしもこちらを使うとは限らない ◆あらかじめストーリーで提示されないが、必要そうな部分 中世西洋SFという謎の世界観です。さっくり読んでもらえればOKです。  前回のメンテナンス時、心臓部と記憶領域に深刻な劣化が発見された白帆。 旧世代型である白帆に使用されている部品は、数が限られている上、どれも中古やジャンク品に頼らざるを得ない。 交換時に下手をすれば、OSの人格データすら復旧できなくなる可能性が高い。 主人と白帆は、劣化部分の、新世代型の部品への交換を強く勧められるが、新旧で記憶データの追記形式が異なり互換性もないため、OSである人格データ以外、一切の記憶が失われてしまう。 今日は改修の当日。白帆の最後の日。 以前から、この日は「いつもの通りに過ごす」と決めていた二人。 しかし、白帆はいつもより早く、主人の寝室を訪れる。 ◆パート分け 1.ベッドの傍ら  主人の起床〜朝食まで 2.海沿いの商店街にて  商店街到着〜主人からのプレゼント 3.風の吹く丘で  街の景色〜白帆の決心   4.白帆として  最期の時間〜白帆の休止 5.これから、きっと  シラホちゃん?〜わたしがシラホに ◆本編 1.ベッドの傍ら おはようございます、ご主人様。 ……申し訳ございません。 少し早く……起こしに来てしまいました。 お水をご用意しております。いかがでしょうか。 はい、かしこまりました。 どうぞ。 {微笑む時に出る、吐息} 今日は、風が少し涼しくなりましたね。 これから季節が変わって、景色も移り変わっていくのでしょう。 少し、名残惜しくもあります。 今朝は、朝食はこちらにお持ちいたしましょうか。 かしこまりました。では…… はい、なんでしょうか。 はい、かしこまりました。 お気に召す話が、出来ればよいのですが。 {微笑む時の吐息}はい。わたくしの声でよろしければ、いくらでも。 では、他愛もない話でも致しましょう。 よろしいのですか? ……ありがとうございます。では、お隣に失礼いたします。 {それっぽい息を適当に} それでは……そうですね。 わたくしの、名前を戴いた時の話を致しましょう。 あれは、ここにお仕えして日が浅い頃。 初めて美術品の市場に、ご一緒させていただいた時のことです。 覚えていらっしゃいますでしょうか。 はい。あれは、冬の厳しい寒さの頃でした。 右も、左も、豪華できらびやかな装飾品や、舶来品で埋め尽くされて、 それらの周りには、大勢の人が隙間なく埋め尽くしていて……。 ご主人様は、その人波の間を、縫うように進んでいかれるのです。 ですが、見とれている場合ではありません。 わたくしも、かき分けるように、ご主人様を追いかけました。 そうして追いついた先で、ご主人様は、真剣な目をなされておりました。 あごに手を当てて、一つの絵画を、隅から隅まで……穴が開くほど、ご覧になっておりました。 そうして、しばらくそうしたあと、視線はそのままに、傍のわたくしに聞かれるのです。 ふふっ、はい、そうです。 これをどう思う。そう聞かれて、わたくしは困ってしまいました。 わたくしには、そういった……美術や芸術を測るような知識がありませんでしたので。 少し詰まった後、よろしいかと存じます。と答えると、 ご主人様は、すぐにその絵画を買い付けられてしまいました。 それから、また人の海を越えて、ご主人様は色々な港で買い付けをなされました。 そして、その度に、わたくしに聞かれるのです。 うふふっ。はい、そうです。 わたくしはその度に、よろしいかと存じます、と、お答えしました。 そうする度に、大丈夫なのだろうか、間違ってはいないだろうか、と不安が募りました。 そうして、市場を一通り見終わった頃には、日が傾いておりました。 その時になって、一日を思い返して、わたくしはようやく気が付いたのです。 ご主人様が仰る、これをどう思う、というのは、口癖のようなものだったのだ、と。 ずっと眺めていらっしゃっても、その質問をなされなかった品は、全て買い付けをなされていなかったのです。 それに気づいたとき、わたくしの不安は、どこかに吹き飛ばされていきました。 ああ、良かった。ご主人様の期待を裏切ることはないのだ、と。 そして……もう帰路につこうか、という時でした。 市場の隅、ほとんど露天と言えるような店構えでしたが、 わたくしはそこで、一つの品に目をとめました。 大きなガラス瓶の中に浮かんだ、一隻の大きな船。 ちょうど、傾いた夕日が差し込んで、まるで、遠く西の海に浮かぶ、本物の帆船のようにも見えたのです。 立ち止まったのは、時間にすれば、ほんの数秒でした。 それでもご主人様は、わたくしの視線の先に、それを見つけられました。 そうして露天に近づくと、あごに手を当てて、厚いガラスの瓶にさえ、穴が開く程に見つめられるのです。 そしてまた、わたくしに聞かれました。 これをどう思う。と。 ……ただ、言葉さえ同じものでしたが、それは何度も聞いた言葉とは、はっきりと違うものでした。 本当に、わたくしにこの品の良さを問いている。……そんな風に聞こえたのです。 わたくしは答えました。 白い帆の、風をいっぱいに受けるさまが、快い順風を思わせて美しいです、と。 そこで気が付きました。 わたくしはその時、わたくしが思う、美しさというものを知ったのだと。 それを聞いて、ご主人様は何と仰ったか、覚えていらっしゃいますでしょうか。 ふふ、わたくしは、一言一句、たがわず記憶しております。 そうか。ならば今からは、お前を白い帆……白帆と呼ぶことにしよう。 そうご主人様が仰って下さってから、わたくしは、いまもずっと、白帆で居るのです。 ……{軽く息を吸う}この話は、これでお終いです。 いかがでしたでしょうか。 {微笑む}ありがとうございます。 あのとき買い与えていただいた品は、わたくしの部屋に大切に飾っております。 きっといつまでも、帆をいっぱいに膨らませて、果てない海路をゆくに違いありません。 それでは、そろそろ朝食の準備をして参ります。 そのあとのご予定はいかがでしょうか。 はい。どちらまでお出かけなさいますか。 いつもの、海沿いの商店街ですね。 何か、よい品を取り寄せられたのですか? それでしたら、よろしければ、わたくしがお運び致しましょうか。 はい、かしこまりました。 それでは、失礼いたします。 2.海沿いの商店街にて んっ……ふっ。 ご主人様、お手をどうぞ。足元にお気をつけくださいませ。 はい、お供いたします。 ……? 僭越ながらご主人様、今日はいつも行かれる道とは違うようですが……。 左様でございましたか。出過ぎた真似を致しまして、申し訳ございません。 いえ、ご主人様がお気になさることでは……畏れ入ります。 ここは……服飾店でしょうか。 ではご主人様、わたくしはここに控えておりますので、何かございましたら…… ? はい……わたくしに、でしょうか。 はい。……では、ご一緒させていただきます。 あっ……。 あっ、いえ、失礼いたしました。 こちらの服が、先ほど見せたいと仰っていた……? はい……これは、率直に申し上げて、実に美しい服です。 生地の出来はさることながら、細部の縫製も見事です。 そして何より……わたくしはこの服に、美しさを強く感じます。 こちらの品は、どちらからお取り寄せになられたのでしょうか。 ご主人様がご依頼を……。 では、特注のものなのですね。素晴らしいです……。 この品でしたら、すぐにでも買い手がつくこと間違いございません。 左様でございましたか。では、本日、お客様の元へお持ちするのでしょうか。 それでしたら、こちらへお客様がいらっしゃるのですね。 あっ、既に居らっしゃっているのですね。 気が付かず申し訳ございません、すぐにお連れいたします。どのような方が…… ご主人様の前に……。 それは、どういった……。 はい……っ、ぇっ、あっ……わたくしに、この服を、ですか? {茫然+戸惑いの吐息} これを、わたくしに……。 本当によろしいのですか? っ……はい、喜んで着させていただきます。 はい、では、すこし失礼いたします。 すごい……きれい……。 {吐息}、すべすべ……。 よいしょ……。 {息を吸う}ふっ……{息を吐く} うーん。 大丈夫かな……。 ご主人様……いかがで、しょうか。 う、ご主人様……? わたくしは、ご期待に添えておりますでしょうか……。 ぁぃぇ、そんな……勿体ないお言葉です。 口調ですか……? いえ、わたくしは使用人の身ですので、言葉に於いても、ご主人様に失礼があってはいけません。 いえ……そのような事はございませんが、 使用人が軽々しい口を利いては、ご主人様の品格を損なうおそれがあると存じまして……。 そ……はい、今は使用人の格好ではございませんが……。 そうは仰いましても、わたくしはご主人様にお仕えする身ですので。 ? はい……先ほどのような、とは…… 着替え……っ!? っき、ひき、聞こえておりましたか! 失礼いたしました、その、つい、嬉しくなってしまいまして、 いえ、そのような、可愛いなどということは、ございません……。 ぅ……かしこまりました。 それでは、今からご主人様のことを……そうですね、父親だと思うことに致します。 失礼があってもお許し下さい。 そんなに嬉しそうになさらないでください……。 {深呼吸} では……改めて。 ご主人様、こんなにも素敵な服を、ありがとうございます。 わたくしは……白帆は、とても嬉しいです……! {様子を窺う感じの息、目線をそらすような反応など、4種類ほどお願いします} ……大丈夫でしょうか、どこか変ではないでしょうか? すみません、普通というものがあまりよく分かっておらず……やはり無理かもしれません。 えぇっ、笑われるなんてひどいです! あぁっ、違います、怒ってなどいないのですが……。 ……ご主人様? それでしたら、よろしいのですが……。 ふふっ、なんだか不思議ですね。 最初からこうしていたら、わたくしたちの関係はどう違っていたのでしょうか。 ……わたくしは、自分をよく思って戴きたくて、肩ひじを張り過ぎていたのかもしれません。 今頃になって気付くというのは、少々皮肉が効きすぎています。 ……ですが、今からでも遅くはありませんよね、ご主人様。 ……ありがとうございます。ご主人様はお優しいですね。 それではご主人様、このあとのご予定はいかがでしょうか。 ……はい。喜んでお供いたします。 うふ、勿体ないお言葉です。 あっ……少々お待ちいただけますでしょうか。 服を着替えてまいります。 そんな、せっかくの服が汚れてしまいます。 それに、先ほどの服もございますし……。 ぇっ、送って、しまわれたのですか? ……そう、ですか。 ……うふふふ、素晴らしいお手並みです。 そんな素振り、全く気が付きませんでした。 はい。……では、畏れながら、こちらの服でご一緒させていただきます。 はい。 3.風の吹く丘で わぁ……すごい……。 気持ち良い風……。 ご主人様、見て下さい、街を一望できます。 わたくしたちが暮らす街。……大切な街。 とても美しいです。 ……とても、愛おしいです。 この丘へ、実はわたくしも、ずっと来てみたかったんです。 買い物に出かけた折に、広場で子供たちとお喋りをすることがあるのですが、 ある女の子が、この丘のことを教えてくれたんです。 あの丘はね、すごいんだよ、と、飛び切りの笑顔で。 正直に言えば、その子の話では、何がすごいのか、どれだけすごいのか、分かりませんでした。 それでも、わたくしの中では想像が膨らんでいくんです。 東には立ち並ぶ家々。北には時計台が。西には大きな海。 海沿いには商店街があって、そこを抜けると大きな広場。 広場では多くの人が思いおもいに過ごしていて、街を生かしている。 そんな、素敵な景色を思い浮かべていました。 ふふっ、そうですね……実際は、思っていたほどでもないように感じました。 ですが、この景色は……いえ、この街は美しいです。それに、愛おしい。 日々の生活を営んで、暮らして……。しかも、それが自分だけではありません。 ここには沢山の人が居て、命があって、生きている。 見渡す家々には、それぞれの家庭がある。それぞれの形がある。それぞれの運命がある。 そしてそれは、必ずしも幸運だとは限らないし、そうでなくとも、幸福であるかもしれません。 そう考えると、美しいと表現できるかもしれない。 そう、思うのです。 はい。それに、この街には記憶があります。そして、想いがあります。 ご主人様と過ごした記憶。長い記憶。 お仕えして、名前を戴いて、これまで過ごしてきた記憶。 街の子供たちとも、よく過ごしました。 今だからこそ言いますが……お菓子を作って、持って行ってあげたことも何度かあるんです。 うふふ、やはりご存じでしたか。 申し訳ございません、わたくしは悪い使用人だったかもしれませんね。 {微笑む}……ありがとうございます。 それに、商店街の方々や、いつも同じ時間にすれ違う、名前も知らない方。 皆さんとの記憶があって、皆さんへの想いがあります。 それを全部受け止めて、留めてくれているのが、この街なのです。 そう思うと、とても大切で、愛おしく感じてしまいます。 この……ご主人様から戴いた服もそうです。 もちろん、これだけで息をのむほど美しい服ですから、 ただこの服を着られるだけでも、それは幸せな事です。 ですが、それよりももっと……わたくしにとって価値があるのは、ご主人様の想いなのです。 きっと、ご主人様が生地を選んでくださって、装飾や細部まで拘って、時間をかけて……。 本当にわたくしを想って作って下さったのだと思うと、これほど愛しい服はありません。 ……ふふ、自惚れかもしれませんね。 ですが、ご主人様はお優しい方です。わたくしも、この街も、それを知っています。 本当に、ありがとうございます。 白帆は幸せです。 ……本当に、わたくしは幸運です。 あのとき、路傍に打ち捨てられていたわたくしを、ご主人様が拾って下さったのですから……。 それ以前の記憶でさえ、わたくしには、忘れようと思っても、そうすることが出来ません。 ですが、今ではそれさえ些末な事のように、この街での記憶がたくさんあります。 たとえ今日、わたくしが全てを忘れてしまったとしても、この街が覚えています。 ご主人様が、子供たちが、街の人々が、覚えてくれています。 ……風が少し、冷たくなって参りました。 ご主人様、お寒くないでしょうか。 {微笑む}安心いたしました。 そろそろ、陽が海に沈み始めますね。 ふふ、せっかちなお家が、もう玄関に火を灯しています。 ……これで、見納めになってしまいます。 足元が暗くなる前に、わたくしたちも行かなければなりませんね。 はい、大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます。 今日は、ここへ来られて良かったです。 ご主人様、わたくしは決心がつきました。 はい。 はい、お供いたします。 4.白帆として ご主人様、あちらの部屋で……とのことです。 はい、ご案内いたします。 質素ですが、整然として落ち着いた部屋ですね。 ……よい所だと思います。 どうぞ、ご主人様はあちらのソファにお掛け下さい。 ……技師から指示がありまして、失礼ながら、わたくしはベッドに横にならせて戴いてもよろしいでしょうか。 畏れ入ります。では失礼いたします。 あ…… いえ、そのようなことはございません。 どうか、隣に居てください。 {微笑み}今朝とは、反対になってしまいましたね。 そういえば、今朝は早くに起こしてしまい、申し訳ございませんでした。 以前から、今日はいつも通りに過ごすと決めていたのに、朝から約束を破ってしまいました。 あっ……ふふっ、そうですね……後先を言えば、ご主人様の方が先ですね。 この服なんて、いつから作り始めていらっしゃったのでしょう。 それに、こんなにも隠し事がお上手とは、思いもよりませんでした。 うふふ、そのご質問は意地悪です。 ……そのようなこと、有るはずがございません。 ご主人様……。 少し、怖いです……。 手を握って……いただけませんか? {軽い呼吸音。3回ほどお願いします} ……ありがとうございます。 ……こうして触れ合うことも、あまりありませんでしたね。 はい。だからこそ……どうか、覚えていてください。……忘れないでください。 これは願いではなく、ただの、わたくしの我が侭です。 わたくしは、もう、全てを忘れてしまいます。 思い出したくもない記憶も、忘れたくない記憶も。 ですから、この触れ合いを、ご主人様には覚えておいて戴きたいのです。 ……嬉しいです。とても。 ですが、わたくしの中には、もうひとつ思いがあるのです。 ご主人様には、わたくしを、白帆を、忘れて戴きたいのです。 それは……正直に申し上げれば、少し妬ましい気持ちなのかもしれません。 わたくしは全てを忘れて……、 それでも、同じ姿かたちのわたくしが、ご主人様のお傍にいられる。 そう考えてしまうと、羨ましくて、悔しいのです。 はい。それに……これは、取り繕いかもしれませんが、 今となっては、わたくしより優秀なものなど、たくさんおります。 わたくしとしては、あとにお仕えするものが優秀なほど、安心いたします。 ですから、ご主人様にはどうか忘れて戴きたいと、勝手を申しました。 {軽い吐息} ……そろそろ時間ですね。 わたくしばかり、話してしまいました。 ですが、今日だけはお許しください。 たくさん、ご主人様には、お伝えしておきたかったのです。 ……もったいないお言葉です。 では、休止処理を行います。 少しだけ……目を閉じますね。 {軽い呼吸音。5回ほどお願いします} ……ご主人様? お顔をもっとお見せください。……その涙は、美しいです。 この身体では、涙こそ流せませんが……わたくしも、同じ気持ちです。 わたくしは、次に瞼を閉じれば、もう白帆として目覚めることはありません。 本当に、もう、最後の時間です……。 ふふ、ご主人様……少し、手が痛いです。 いえ、そのままで構いません……。 そのままが……良いです。 名残りは尽きませんが、もう、お別れです。 こうして、最後まで傍に居て戴いていることが……本当に、とても、嬉しいです。 本当に、ありがとうございます。 はい……。 ご主人様、お元気で、お過ごしくださいませ。 ずっと……愛しております。 ? 5.これから、きっと ご主人様、今日はたっくさん買いましたね! 海沿いの商店街は始めて来ましたけど、 とってもいい雰囲気で、わたし、好きになっちゃいました。 これからも、もっと来たいですね! はい! それに、お魚もとっても新鮮です! ……んー。でも、ご主人様。 あの……よく分からないんですけど、市場の人とか、広場の子供が、 久しぶりー、とか、どうしてたの? とか、わたしに声をかけてくるんですよね。 そうでなくても、私を見つけて、なんだか安心したような顔をする人も居たりして。 その時に、えーっと……そう、シラホちゃんって、みんな言ってました。 わたし、けっこう古い型なのに、同じ型がこの街に居るんでしょうか。 うーん、そうですよね、わたしだけですよね? こんな旧型使って下さるのは、ご主人様くらいですよ! ウフフ! シラホ……シラホ……うーん。 でも、そのシラホちゃんは、きっとみんなに好かれていたんでしょうね。 声をかけてきた人も、すれ違った人も、みんなとっても素敵な笑顔でした。 ……そうだ、ご主人様! わたしには、まだ名前がありませんよね。 この街にシラホちゃんが居ないなら、わたしがシラホになっても良いでしょうか! あれ、綺麗な名前だと思ったんですけど、あんまりですか? 命名権はご主人様にありますから、気に入らなければ別に構わないんですけど……。 良いんですか!? はい! シラホと呼んでください! はい、よろしくお願いします! これで、今度からは胸を張って返事が出来ますね! どんな人なんでしょうね、シラホちゃんって。 そうなんですか? ふふ、じゃあわたしも、優しくて素敵な子になりますね! ん? ……あれ、ご主人様、シラホちゃんを知ってるんですか? じゃあ今度、ゆっくり教えてくださいね! え? 広場の子たちにですか? うーん、シラホはお菓子作りがまだ下手なので……。 ぁいえいえ、練習中なんです、練習中……。今度、食べてみますか? この間なんて、焼いてる途中に膨らみすぎちゃって、オーブンが大変なことになったんですよ……えへへ! あっ、これは内緒にしてたんでした! あはは……。 あと、この前は、振るった粉が風に舞って、雪が降ったみたいになっちゃったんです……! 不思議ですよねー、ちゃんと学習されていくはずなのになぁ。 いくら旧型だからって、わたしだって一世を風靡したアンドロイドですよ? お菓子一つ作れないなんて、そんなはずはありませんよね? ね、ご主人様! えっへへ!