宵闇の中。お風呂上がりの少女。ソファに沈んだ体。整った顔立ちの男。  秀麗な面(おもて)に僅かな恍惚を浮かべ、副会長は口づけをする。婚約者である桜子の柔らかいつま先に。それは隷属の印。彼女の左のつま先を大切そうに両手で包み込んだ後、彼は一本一本丁寧に舌先を這わせていく。  支配者の唇から、息だけが漏れる。2人の間に会話はない。ただ、ぴちゃぴちゃと水音と女の吐息が部屋に響く。足の甲、脛、脹脛と畏敬を込めた唇は正確に上がっていく。  生まれた時から、お互いが"掛け合わせ"られることは決まっていた。それが、東雲家本家の女と遠戚の男の宿命だった。誰かに恋することも許されず、2人はただお互いを意識してここまで来た。  女が中等部に上がってから、2人は一緒に暮らし始めた。最初はぶつかり合うこともあった。けれど、男が最初に悟ったのだ。――せめて、自分の前では少女でいさせてやるべきではないのか、と。  この箱庭から、男と女は一生出られないだろう。一歩はみ出たとしても、それは東雲家の支配の籠の中だ。保護と言う名前の鎖が一生を縛る。生まれた時から死ぬ瞬間まで。  男の形の良い唇が太腿の内側に触れる頃には、女はしなやかな肢体を仰け反らせていた。漏れる甘い声を何度聞いたことだろうか。  それでも、彼女は足りないのだ。男だけでは。だから、貪欲に欲しがる。物(もの)ではない、人間(もの)を。羊遊びをしないかと持ち掛けたのは男。女が選んだ――次の獲物は珍しく、一般生徒の"女"だった。  「新しい羊はどう飼うのか決まったのか?」  「ん、お買い物に同行させたり、着せ替え人形にして遊んだり」  「ん? それだけでは、ないだろう?」  「うふふ。私にたくさんたくさん溺れさせて、離れられなくして。ずっと、一緒。んっ。貴方達と同じですわ。だって――」  私、寂しんですもの。という言葉を女が言う前に、男はソファに女を押し倒して口づけた。  「その言葉は俺が言わせない」――そんな言葉の、代わりに。