「ああ、風紀委員長。上位に上がったんだって? 生徒会カーストの」  「ええ、おかげさまで。これで、貴方に命令されずに済みますねぇ、先生」  夕闇が迫る聖エレクトラ学園高等部の校舎。オレンジ色の光の中、2人の男が向かい合う。片方は神経質そうな顔立ちの若い男。もう片方は、柔和そうな顔立ちの白衣を着た男。2人とも眼鏡をかけており、理知的な雰囲気を漂わせている。  この学園にはカーストがある。中等部以下及び高等部の一般生徒が所属する学園カースト。そして、その上に君臨するのが生徒会カーストだ。生徒会カーストは学園カーストの上位に存在し、学園全体の羨望の眼差しを受ける。  この聖エレクトラ学園は中等部から付属大学までを有している。都心から少し離れた場所にある寮完備の学園。その大きさたるや、この学園の構内だけで一つの小さな都市が内包できる。  ここはある意味、治外法権。名家の子息達が同じ"ランク"の友人達を見つけるために作られた場所。大学卒業後はここから出ていく人間が殆どだが、大学の研究職に就いたり、この学園内に部屋を借りて、そこから起業する人間もいる。  そんなこの学園から出ていくことがない人間は「東雲」という名前を持つ者が多い。  ――そう、ここは東雲家という財閥上がりの大金持ちが、自分の一族の楽園のために作った箱庭であり。一族を誰一人逃がさないための牢獄なのだ。  「下位の時にはたくさん可愛がってあげたのに。今はもう無理なんだねぇ」  「何のことか、分かりませんね」  風紀委員長の声が上ずる。ふるりと小さく震えた彼の肩を、すれ違いざまに"東雲"の名前を持つ保健教諭は叩く。ぽんっと、軽く。  「――すぐに叩き落してあげるよ。精々、恐怖しているといい。楽しいねぇ」  低い声で囁かれ、風紀委員長は足を止めたまま動けなくなる。同じカーストに並んだというのに、風紀委員長は恐怖を感じたままで、足を動かすことができないでいた。  ――箱庭のルールは、カースト上位に対しての絶対服従。これだけだ。もちろんそれに逆らえば、学園からの追放かキツイ制裁が待っている。生徒会の場合はそれは性的凌辱に直結する。  サディストである風紀委員長にとって、凌辱は耐えがたいことだ。カースト下位だった頃に現在の生徒会長である東雲桜子の逆鱗に触れてしまった際、制裁を加えたのは桜子のいとこである保健教諭だった。  もう頭を下げないでもいいのに、風紀委員長は保健教諭が見えなくなるまで頭を下げたままでいた。それは制裁を思い出して、羞恥と怒りに震えていたからでもあった。  「この箱庭に閉じ込められた、天上人(ハイランダー)め。必ず、貴方よりもより高みに行って見せましょう。そのために、生贄羊の調教を私が引き受けたのですからっ!」  誰もいなくなった廊下にヒステリックな風紀委員長の声が響き渡る。明日、引き渡される性奴隷――、生贄羊の調教で東雲桜子に対して結果をアピールできれば、保健教諭よりも発言力が上がる。  迫りくる夜の闇の匂いに風紀委員長は笑う。――明日が楽しみだ、と。