「大丈夫か? 大分、酷く桜子様と"アイツ"にやられたなぁ」  「大丈夫、です。お気になさらず」  「――まっすぐ歩けるようになってから言え。とりあえず、シャワールームまでは連れて行ってやる。お疲れ様だったな、会計」  深夜3時。夜明けの光までにはまだ遠い時間。特別寮の生徒会用プライベートルームから、一人の少年が体を引きずる様に出てきた。「ご調教ありがとうございました」と行ってドアを閉めた瞬間。倒れ込んだ体を当直当番だった体育教師が片手で支える。  衣服を纏うことを許されていない体。背中には無数の鞭痕が刻まれ、尻や太腿は腫れ上がっている。支配者である桜子と交わった後なのだろう。牝と雄が交わり合った時特有の匂いが、会計と呼ばれた少年の体から漂う。  「俺を――見てくれなかったんです」  「"アイツ"は誰も見てねぇよ。誰かに執着する所なんて、見たことねぇ。俺がお前さんと同じ頃から"アイツ"を見てるが、一度も見てねぇよ。悪い、誰かに見られるのも嫌だろう。ちょっと、動くなよっと」  所々、血がにじむその体がこれ以上傷つかない様に気を付けながら、ガタイのいい体育教師が少年の体を抱き抱える。線の細い少年の体は、軽々と抱えられ。プライベートルームの端にある目立たないシャワールームまで連行される。  広めの脱衣所に声を殺して泣いている少年を下ろすと、体育教師は浴室のシャワーの蛇口をひねる。火傷しないようなぬるめの温度に湯を整えると、座り込んだままの少年の手を取り、引き上げる。  「――昔から、そうだったよ。今でも、そうだがね。風呂入って、すっきりしちまえ。気にしねぇのがここで生きるために必要なことだ」  「先生が、"先生"だったらよかったのに」  「俺は"アイツ"にはなれねぇよ。そこまで壊れ切れたら、ここは楽園だっただろうな。閉めとくぜ、ゆっくり入れよ」  会計が浴室に消えていったのを見送り、浴室のドアをパタンと閉めてやる。ガタイのいい男は近くにあったバスタオルを手に取り、少年の目線でもわかりやすい場所に置いてやる。  「お役御免になって消される方が幸せか。ここで壊れて生き残るのが幸せか。どっちだろうな」  口にした本人にも分からない答え。――壁を背にして、男は煙草を口に咥えながら、ライターに手を伸ばす。キンッと乾いた金属の音が脱衣所に響く。  けれど、思い出した何かを苦々しく感じて。――火のついていない煙草を、男はゴミ箱に捨てた。  「どうして――。俺じゃダメなんだろう」