冷たい風。乾いた大地。 ここには何もない。 それはこの町全体が特権階級のためにあるからだ。 だから市民権のない人間は特権階級のゴミを漁る、靴を磨く。何だってする。 淫売をするやつも、特権階級の奴隷になることも厭わないものが多い。 ジプシーだった母は何も言わずこの街へ自分一人を置いていった。 必死に馬車を追いかけたが捕まる筈もなく転んだ場所が今でも痛む。 乾燥した空気の街でぼろを被って髪を隠す。 赤毛はこの町で異端だ。 いつどこで文句をつけられて何をされるかも分からない。 言葉も分からない、そんな街で生きていくのは無理だ。 あと何日生きられるだろう。 ゴミ箱の影に隠れて体を横たえ虚ろな目で考える。 何日生きられるだろう。 生きるために何もする気が起きない。 指先一つ動かせない状態でゴミ箱の影に横たわり続けた。 お腹が空いても恵んでもらう言葉を知らない。 この地で自分は生きられない。 特権階級の冷たい視線が怖かった。 だからもう生きることをあきらめることにした。 雪が積もり始める。 刻一刻と死の時間が近付いていた。 そんな時、投げ出した両手を温めたのは二人の小さな手だった。 綺麗な服を着た特権階級の少女と銀髪の少年。 少年に無理矢理抱き起されて有無を言わさず脇に抱えられる。 戸惑ったが抵抗はしなかった。 『もう大丈夫』 言葉は分からなかったが少女がそう言ってくれた気がしたから。 その日から一人きりのまま死にかけた世界が色付き始めた。 真っ白な雪が他の色に染まるようにお嬢様の優しさに染まっていく。 毎日リュカという銀髪の少年が言葉を教えてくれた。 彼は特権階級の人間ではないとのことだったが少女のように可愛らしい顔をしていた。 「最初見たとき女だと思った」と指摘した日は目に見えるほど嫌な顔をされて難しい宿題を山ほど出された。 リュカは優しくて厳しい善良な人間だった。 あぁ、こんなにも幸せになっていいのだろうか。 言葉を覚えていくうち少しだけ不安になった。 でも、お嬢様の笑顔がそれをすぐに明るくしてくれた。 『もう大丈夫』 今ではリュカと同じ服を着てお嬢様に仕えている。 自分はここにいて良いのだと気付くのに随分と時間がかかった。 それでも二人は自分を愛してくれた。 だから精一杯の愛を返したいとこれからも思う。