[本作品は小説投稿サイトに投稿した内容を元にしております]  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  盾の王の治世。突如、ミガルズ国を守っていた宝玉が光を失い、王都の東方にある封印の地に巨大な地下迷宮が現れた。  開かれた奈落からは瘴気が溢れ出し、緑豊かな森は魔境へと変貌した。  瘴気と共に、ミガルズの村や街に迫る古の魔物達。  王家に伝わる予言の最終節に書かれた言葉に従い、盾の王は迷宮の奥にいるとされる【君主】討伐の宣旨を下した。  「其の者討ち滅ぼすべし。宝玉に力戻りし時は恩賞思いのまま」  やがて各地から腕に覚えのある者、名を挙げようとする者が集まってくる。  それら冒険者は若男女偽善功名問わず、討伐隊(パーティ)を組み、【女君主】のいる迷宮と向かっていった。  しかし、その多くは帰らぬ者となり果てた。  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  貴方は剣士。――蒼の聖剣を握る者。  5歳程の年齢の時に貴方は親に捨てられたらしい。――らしいと言うのも、それ以前の情報を貴方は知らないのだ。覚えていない、と言った方がいいかもしれない。  王立軍の軍人の家の前に捨てられていた幼い貴方は父に師事し、すくすくと育った。  齢13を超える頃には師である父を超え、持ち前の圧倒的な剣のセンスがミガルズ内でも有名になる程だった。  元々は剣舞を主とし、芸術としての剣を振るっていた貴方だったが、病気である父の治療費を稼ぐためにミガルズの武闘大会に出場。  並みいる強豪を切り伏せ、貴方は見事に優勝した。――貴方が18歳の頃だ。  優勝の賞金を受け取る貴方に、王は1本のロングソードを差し出す。  「宝物庫にある蒼の聖剣がそなたを呼ぶように光っていた。今まで誰にも抜けなかった蒼の聖剣。そなたになら抜けるかもしれぬ。――受け取るがいい」  遠い記憶の彼方で、その聖剣に手を伸ばす。これは、自分の剣だ。そう、貴方は強く思う。鞘と柄に手をかけ、貴方は誰にも抜けな片と言われるそのロングソードに手を伸ばす。  真っ青な光がほとばしった後、貴方は見事にその聖剣を抜いた。――その日、貴方は聖剣を抜いた英雄となり、【蒼の剣士】の称号を与えられた。  その半年後。――突如、宝玉は光を失い、ミガルズ王国は闇に包まれた。宝玉の暖かな光が失われたミガルズ王国に、突如として次の異変が襲う。王都の東方にある封印の地に巨大な地下迷宮が現れ、そこから多くの魔物が地上に解き放たれたのだ。  平和を謳歌していたミガルズは数日の間で、辺境のいくつかの村を失ってしまった。古の魔物は「迷宮の底にいる【女君主】様に従い、この地の支配権を明け渡せ」と盾の王に迫った。そして、見せしめに村を焼き払い、幾多の罪もない人々の命を奪った。  盾の王は当然、それを拒否。王家に残された予言の最終節に書かれた言葉に従い、盾の王は迷宮の奥にいるとされる【女君主】討伐の宣旨を下した。  王立軍、聖騎士団、冒険者ギルド。――それら組織は持てる力を使い、溢れ出る魔物達を狩り、それぞれが討伐隊(パーティ)を作り、迷宮の底にいるとされる【女君主】を目指した。  しかし、バラバラに動いていた3組織では、統率された魔物を勝てるはずはない。  【女君主】のいる階に向かうため、無数の討伐隊(パーティ)が迷宮に挑戦した。しかし、難攻不落の迷宮は落ちることなく、多くの人間が帰らぬ者となった。そればかりか、魔物はどんどん、地上に溢れてくる。防衛のために陣を張っていた王立軍も、将軍の何人かを失い、王国は瓦解寸前だった。  宝玉が光を失い、人間を喰らう魔物との戦いが1年を経過した時、盾の王は決断する。  王都の護りについていた精鋭を、迷宮に派遣することを。その中には、もちろん【蒼の剣士】である貴方も含まれていた。  精鋭で作られたパーティは2つに分かれる。1つは、地上に残って民を護るため、最前線で魔物達と戦い続ける組。もう1つは少数精鋭で迷宮に潜り、【女君主】を倒すという組。  貴方は同門の幼馴染と別れ、迷宮に潜ることを自ら志願した。――それが、聖剣に選ばれた人間の役目であると告げて。  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  貴方が迷宮に初めて足を踏み入れてから、5年の歳月が流れた、  広大な迷宮を1階層下がる度に、結界を張り。そこに【転移門(ポータル)】を立てる。その【転移門】は王都とこの迷宮を一瞬に繋ぐ転移装置だ。それをベースキャンプとして使い、貴方は幾多の冒険者と共に迷宮に挑戦し続けた。  迷宮の入り口で別れた幼馴染とは、この5年、貴方も会っていなかった。しかし、彼女もまた引き続き溢れている魔物を狩り続けていると、王都に貴方が戻る度に噂になっていた。幾千もの魔物を斬り殺す「救済の刃」だと。  彼女がこの国を兵士達と護り、貴方達が希望の先鋒として迷宮に挑戦する。その両方の尽力により、貴方はついに【女君主】のいるフロアに辿り着く。  この大きな両開きの扉を開ければ、不倶戴天の敵である【女君主】がいるのだ。――扉を開くまでもない、強い殺気が貴方の肌を刺す。  「緊張、しているわね。――大丈夫。神のご加護がアタシ達にはあるんだから。アタシはアンタの盾。【蒼の剣士】――。これで戦いを終わらせよう」  歴戦の勇者として、幾多の戦いの中で貴方の文字通り盾となってくれた、姉御肌の聖騎士が貴方の肩を叩き、何時ものように前に出る。  綺麗だった彼女の鎧は所々へこみ、この戦いがどれほど熾烈だったかを物語る。  「ええ、ここまで来たのです。戦いに終止符を打ちましょう。【蒼の剣士】。大丈夫、私達は勝てますわ。ここまで来たのですから」    パーティメンバー全体に、いくつかの補助魔法をかけた後、いつも通りのゆっくりとした口調で司祭は口を開いて微笑む。おっとりとした彼女はこの過酷な旅での癒しだった。彼女と言う存在があったから、辛い時もこのパーティでここまで来られたのだ。  「――全ての悲劇を終わらせよう。終わったら、私の故郷の森に来ないか。――長い休暇が取れるのだろう? これだけ、我々は働いたのだから」  魔術書をパタンと閉じた叡智の光を瞳に宿した無口なエルフ魔術師は、扉に触れながら貴方の方を見て微笑む。人との約束を果たすため、エルフの長老に促されて人の社会に出てきた彼女との旅は――驚きの連続だった。けれど、いつだって彼女の魔法は道を示してくれた。  「ああ、ツバメちゃんも上で戦ってるんだ。――ボク達もさっさと終わらせちまおうぜ! お姉ちゃんの仇は、ボク達で取る!」  魔術師の力で扉が軽く開けば、それを武闘家がステップを踏む。小柄な彼女の腕についているのは金色の爪。その爪で彼女は幾多の魔物を屠ってきた。少し年下の彼女は後続でパーティに追加された一人。戦死した、彼女の姉の代わりに。  貴方は全員に緩やかに微笑みかけ、最後に愛する女の瞳を見る。  ここまで5年、彼女と共に走ってきた。貴方の心を支え、貴方を【蒼の剣士】として立ち続けさせてくれた人。その人と共に、貴方は大きな広間のある部屋に足を踏み入れた。  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  今までにない程の強い魔力が全身を圧迫する。一般人であれば、おそらくこの部屋に足を踏み入れただけでも、命を失ってしまうかのような死の圧力。  その圧力の主である奥の玉座に腰を掛けた美しい女の声が、部屋に反響する様な大きな音となって、貴方たちに届く。  「ようこそ。――私は【女君主】。この迷宮の主です。ここまでよくお越しくださいました。本来、私が地上に赴いてご挨拶するつもりだったのですが、結界のせいで私はここを動けません。もう少し立てばお伺いできたのですが、お越しいただけるとは。わざわざ、申し訳ありませんでした」  黒髪の――。人を凌駕した美しさを持つ「上級悪魔」。それが【女君主】の正体だったらしい。護衛1人、存在しないその場所に足を踏み入れた瞬間、貴方は闘気を練り始める。蒼色のオーラが貴方の体の周りからふわりと立ち上がる。  一撃で殺げる存在ではない。けれど、探ることなど許されていない。長年最前線で戦ってきた貴方には、目の前の存在がどれほどの存在か、肌感覚で分かっていた。  ――今までの魔物とは、桁が違う――  「普通、悪役の言葉は最後まで聞くものでしょう? ――まあいいでしょう。貴方達では私に勝てない。ここは魔界に近い場所。私の力は最大限発揮される。こんな風に」  次の瞬間、疾風怒濤の速さで玉座に腰かけた【女君主】に殴りかかっていた武闘家の左腕が鞭で凪がれ、血しぶきと共に転がる。  信じられないという顔をした彼女の体を【女君主】は蹴り上げると、聖騎士の頭上を跳躍で越え。回復魔法の動作に入っていた司祭の腹に左手を突き刺す。  真っ赤な血に汚れた【女君主】の手が、司祭を構成していた"何か"を掴み、それを笑みを浮かべたまま――地上に投げ捨てるのを貴方は見た。  貴方が渾身の剣技を放つ動きに入った瞬間、【女君主】は魔術師が放った大きな岩の魔法を鞭で反らし、その岩を使って聖騎士の無防備な背中側から彼女を圧し潰す。  「――あっけないこと」  驚いた魔術師が次の魔法を唱える前に、音もなく距離を詰めた【女君主】は彼女の胸にピンヒールを突き立てながら蹴り飛ばした。  それは、まさに一瞬だった。息絶えそうな魔術師の顔の上。今にもヒールでその頭を踏み潰しそうな状態で、【女君主】は貴方に声をかける。  この状態で剣技を振るったならば、剣技が届く前に魔術師は頭を踏み潰されるだろう。それだけじゃない。彼女達を巻き込んでしまう。  「さて、お前が最後の生き残りですね」  美しい【女君主】は、他には全く興味がないのだろう。貴方の方だけに視線を向けた。  ――柔らかくて優しい笑顔を浮かべて。