私には、好きな人がいる。 幼馴染の男の子で、絵を描くのが好きな穏やかな人だ。 小さい頃、引っ込み思案な私はよくいじめられて泣いていたけど、 それをいつも慰めてくれたのが彼だった。 私が望むと、彼はどんな絵でも描いてくれた。 彼の持つ筆は魔法のようで、そこから描き出される”世界”に、私の心はすぐに夢中になった。いじめられて悲しかった気持ちなど、どこかへ行ってしまっていた。 そして、彼の絵を見て笑顔になる私を見て、彼もまた柔らかな笑みを浮かべる。 そんな優しい人のことを、好きにならないはずがなかった。 今、彼には画家になりたいという夢がある。 それは決して夢で終わらないことだと、私は知っている。 実際、彼は絵で何度も有名な賞をとっていたし、素人目に見ても彼に才能があることはずっと昔から分かっていたことだった。 だけど、彼には画家になる勉強をするだけのお金が無かった。 才能も実力もあるのに、それだけが彼には無かったのだ。 当然、ただの学生である私がその問題を解決することはできない。 私なんか、本当にただの凡人なのだから。 だけど、転機は突然訪れた。 この町出身の唯一と言ってもいい有名人。 稲橋悟道という画家が、彼の絵を見て自分のもとに来ないかと誘いに来たのだ。 その日は文化祭当日で、偶然にも私はその誘いの場に居合わせた。 彼は面食らって何も言えずにいたけど、私は心底安堵していた。 これで彼の夢が叶うのだ、と。 だけど、そう甘くはなかったらしい。 後日、学校で会った彼から聞いた話では、稲橋さんの元で勉強するとしても、専門的な学校に行くほどではないにせよお金は必要なのだという。 そして、どうやらそのためのお金すら、彼の家には重すぎる出費らしい。 彼のお婆ちゃんは気にしなくていいと言っているらしいけど、優しい彼は唯一の肉親にだけ重荷を背負わせるような選択はできないだろう。現に、彼は諦めるつもりのようだった。 私は何も言えず、そうして時間が過ぎた。 部活に行く気もわかず、一人でぽつぽつと帰り道を歩いていると、後ろから男の人に声をかけられた。 振り向くと、そこにはあの稲橋さんが立っていた。 私はたまらず、稲橋さんに頼み込んだ。 「彼は才能も、実力もあります!不躾なお願いだとは思いますけど……どうか稲橋さんの力で、彼に勉強をさせてあげてください!!」 大人の男の人にこんな風に大声で何かを言うなんて、普段の私では考えられないことだ。実際、足は震えているし、緊張で声も上ずっていた。 けど、そんな私の気持ちより、彼の夢を叶えたいという思いの方が大事だった。 「そうか。君は彼のことを心から応援しているのだね。であれば、僕から君に提案がある。君に声をかけたのは、その為なんだ」 そして、稲橋先生は私にその提案を告げる。 とてもびっくりしたけれど、でも、それで彼の夢の助けになれるなら…… そう思って、私は頷いた。 稲橋先生が私に告げた提案は一つだけ。 「僕と性交して欲しい」 それだけだった。 とはいえ、それは到底まともな提案とは言えないだろう。 先生は今、少女を題材とした絵を描いていて、そのモデルとして私がイメージぴったりなのだそうだ。 それは分かったが、何故そんなことを私に……と聞くと、「僕は完璧主義なんだ。モデルのことは全てを知っておきたい。性交はその手段の一つなんだよ」と、先生は答えた。 同時に、「君が僕を助けてくれれば、僕も彼を助けてあげられるんだけど」とも。 普通ならそんな提案、乗るはずがない。 だけど、私にできることを考えたら、それぐらいしか思いつかなかった。 ああ、むしろ、これはチャンスなのだ。 何もできないはずの私が、彼の助けになれる唯一の機会。 私を慰めてくれたあの優しく柔らかい微笑みに報いる為の……。