特別な二人 「んっ……うぅんっ…………。今日、あっついね……さすがに寝苦しいよ……」  直樹が私の家に泊まりに来た夜。  色々な意味で熱くって中々寝付けなかった。  まだエアコンを点けるような季節でもないし。でも、暑いものは暑いし……。 「なら、ちょっと砂浜でも歩いてみるか?潮風が気持ちいいだろうしさ」 「ええっ、こんな時間に?」 「なんだよ、夜出歩くのが怖いとか言うのか?」 「そ、そうじゃなくって……!わ、わかったよ。行こ……!」 「トイレ行ってから出るか?」 「えっ、なんで?別にいいけど……」 「ちびるかもしれないし」 「な、何言ってるの!?私そんな子どもじゃないー!」 「あははっ、悪い悪い」 「うーっ、直樹の意地悪っ……」  なんて小競り合いがあったりしたけど、二人で浜辺に向かう。……一応、トイレは済ませて。 「海は大好きだし、色んな時間帯に遊びに行ってたつもりだけど、さすがにこの時間はない、かな……」 「考えてみたら俺も初めてかな。海と言えば泳ぎに来るものだし、こんな時間に泳げるはずないし」 「でも、月の明かりに照らされる海って……奇麗だね。見慣れたはずの海なのに、なんだか不思議で……特別な感じ」 「だな。……見慣れたやつの、特別で意外な一面、ってことか」 「えっ?どういうこと?」 「なんていうかさ……お前もよく言うけど、あかりが俺にその、女っぽい姿を見せるって想像できなかったから」 「そ、それは……直樹が最初にそういうの、私に求めたんじゃないの?」 「俺は、その、ただ……あかりが可愛いな、とか思って……そしたら、もっとあかりが可愛い姿見せるようになって、なんていうか……」  直樹はうつむきながら、吐き捨てるように言う。  すぐに照れてるってわかって、なんだか面白い。 「それを見て私、直樹もなんだかんだ女の子が気になるんだな、ってわかっちゃったなー。だって昔は私も男の子みたいに遊び回ってたでしょ?あの時は絶対、直樹が私を女の子扱いしてないと思ってたし」 「まあ、あかりは昔からでっかくて、運動神経もよかったからな……。最近やっと、ウェイトのお陰で安定して運動で勝てるようになってきたぐらいで」 「ウェイト言うなー!その重りをありがたそうに揉んだり、挙句の果てにおちんちん気持ちよくするために使ってもらったりしてるの、誰かなー?」 「そ、それは、その……」 「本当、直樹ってばおっぱい好きなんだから。……まあ、ちょっと安心できたけど」  別に、コンプレックスだった訳じゃないし、嫌いだった訳でもないけど……積極的に肯定することもできなかった、私の胸。  だけど、それを直樹が好きだ、って。楽しそうに嬉しそうに、揉んでくれたから、もっと私は私の体のことを好きになれた。  だから本当に感謝なんだけど、これをネタに直樹をからかうのも面白かったりして。 「そういうお前こそ、すっかりエロくなったよな。エッチする度にあんなにイキまくって」 「は、はぁっ!?あ、あれはただの直樹の気分を盛り上げてあげるための演技だし……!だって、ああでもしないと、ああ、俺ってエッチ下手なんだなー、って直樹が自信失くしちゃうじゃん」 「なんだよ、なら演技で潮吹きまでしてるって言うのか?」 「そ、そうだよ……!もっと我慢しようと思えばできるけど、直樹を想って感じてあげてるんだから」 「へーえ、じゃあ今度は演技抜きでやろうぜ。足腰立たなくなるぐらい感じさせてやるから」 「い、いいよ……!直樹の方こそ、精液出し過ぎて枯れ果てないようにね!!」 「……ったく。よくもまあ、俺もお前も外でこんなこと言えるようになったもんだな。……誰も聞いてないってわかってるけど、前まではお前、下ネタって嫌いそうだったし」  直樹は妙に昔を懐かしむような、ほっこりした表情を見せていた。  私からしても、なんだか珍しい表情な気がする。いつもはもっといたずらっぽかったり、気の抜けた表情をしているのに。 「意味もなくエッチなこと言いたがる女の子なんている訳ないでしょ……」 「まあ、確かに。俺も、男に関してもそういう品のない連中は嫌いだからな」 「直樹、品があるの?」 「少なくとも下品じゃないだろ」 「……まあね」  少しだけ照れくさそうに頬をかく直樹。  直樹はよく、私のことを照れ屋ですぐに顔を赤くするって言うけど、直樹だって同じだと思う。 「それで、私がエッチなことを直樹の前でだけは言うようになったこと、だっけ。……だってさ、前までは友達だったから、わざわざそんなこと言う必要なかったし、確かに嫌いだったけど。……でも今は、実際にエッチもする恋人なんだもん。どうせエッチの時は勢いで色々言っちゃってるんだから、あんまり気にならないかな、とか思って」 「そっか。……やっぱりあかり、すごいエロいな」 「エ、エロくないって……!直樹の方こそ、一生懸命腰振っててさ。私、割りと冷静にその姿見てるんだから……」 「なっ……そ、そんなとこしっかり見るなよ……」  直樹はそう言って恥ずかしそうに視線を反らす。……可愛い。  お互いにちっちゃい頃ならともかく、大きくなってから直樹に対して可愛いなんて感想、抱いたことなかったと思うけど、恋人になった今、あちこち直樹の素敵なところ……可愛いところが見つかる気がする。 「でも、そうやって直樹が気持ちいいって喜んでるところを見るの、好きだな。……なんかね、安心できるの。ちゃんと気持ちよくなってくれてるんだ、って」 「なんだよそれ……それなら、俺の方こそ不安だって。俺が性欲を発散するためにあかりを使っているだけなんじゃないか、って。……それなら、やっぱり恋人として嫌だな、申し訳ないな、って思う。だから、あかりにも楽しんでもらおうって……」 「それが連続でイかせちゃうことなの?」  なんて、ちょっと意地悪。 「そ、それは……その……嫌、だったか?」 「う、ううん……それはまあ、びっくりはしたけど、普通に楽しめたし……また、やってもらいたいとか、思う、かな……」 「そ、そっか」  なんだかお互い微妙な雰囲気になっちゃって、意味もなく海を眺めていた。  静かな波の音。だけど、ちょっとざわざわしちゃっている胸の中。 「…………直樹」  きゅっ、と直樹の手を掴んだ。握るというよりも、強めに。恋人同士がするというよりは、友達同士が握手するように、かっちりと。 「……あかり?」 「好き」 「な、なんだよ、急に……」  ぽっ、と。月明かりに照らされた直樹の顔が赤く染まるのがわかった。 「言いたかったの。直樹のこと、好きって」 「……そっか」 「直樹は?」 「それ、わざわざ言わないとダメなのか?」 「私は言ったよ」 「大好きだよ、お前のこと」 「…………そっか」  横に並んで海を見つめて。あえて向かい合わずに、もう何度目かもわからないぐらい、好きという気持ちをぶつけあった。  エッチの時は激しく、本能のままに好き合ってる感じだけど。今はちょっとだけ冷静に。しみじみと。  ずっと昔からずっと一緒だった。  ただの幼馴染と思っていた相手のことが、異性として好きになる。  不思議なような、当然なような。そんな気持ちを噛み締めて。 「……キス、する?」 「するか……」 「んっ」  そう言って、ようやく向かい合って。少しだけ背伸びをして、直樹のことを抱きしめた。 「んっ……ちゅるっ……じゅっ、じゅれろっ……れろろぉっ……じゅっ、じゅるるぅうっ……!じゅっ、ちゅるるぅっ、ちゅっ、ちゅるるぅうっっ……!」  激しく相手のことを求めるディープキス。  絶対に他の人とはしない、特別なコミュニケーション。  嬉しくて、どこか誇らしくて。大人になれた気のする、エッチな触れ合い。 「じゅずるぅぅつ……!じゅっぷっ、じゅっ、じゅるるじゅうっ!ずっ、ずずるぅっ……!じゅぷっ、じゅるっぷっ、じゅるるぅううっ……!!」  舌が疲れてしまうぐらいまで、し続けて。  それでも、直樹と離れるのが寂しくて、ギリギリまで舌を絡め合っていた。 「じゅるうぅっ……じゅっ、んぷぁぁっ!!な、直樹っ…………」 「あかり…………」  少しだけ、視界が涙で歪む。このまま、したい……そんな気持ちが芽生えてしまう。  横になる前にもう、一回しちゃってたのに……今でも中には直樹の精液、入っているような……そんな気がしているのに。 「もうちょっと砂浜、歩こっか」 「そ、そだな」  無理やり気持ちを落ち着かせるように、一緒に歩く。もう手をつなぐこともなく、昔と同じように。並んで。  直樹の歩幅の方がちょっとだけ大きいけど、私は全然大丈夫。後ろからついていくのは、なんか私らしくないし。いつだってすぐ傍に。背中を追いかけるでも、背中を追いかけてもらうでもなく。 「そういえばさ、あかり。覚えてるか?昔、山に探検しにいった時のこと」 「あ、あー……そういうこともあったね。というか直樹、私を無理やり連れて行ったんじゃなかったっけ」 「まあ、細かいことはいいだろ。……あの時は楽しかったよな。山の誰も知らないところに、秘密基地を作ろうとか言い出してさ。今思えば、誰も知らない場所なんてあるはずないのにな」 「ねーっ、山って言ってもめちゃくちゃおっきい訳じゃないし、どっかの家の持ってる山なんだもん。未開の地でもなんでもないのに」  昔、探検家ごっこみたいな遊びが流行ったことがあった。多分、テレビか何かで見て、それに影響されてたんだと思うけど。  普通、そういう遊びって男の子のもののはずなのに、私はそれに違和感なく混ざってて。……ホント、やんちゃしてたなぁ。 「けど、楽しかったな。あの頃のあかりってさ、今ほどしっかりしてないっていうか、割りと泣き虫な方だったのに、俺について来れてたんだから、気合入ってたよな」 「気合っていうか……自分自身、めちゃくちゃ楽しんじゃってたからなんだろうね。気づいたら、他の子はみんな帰っちゃってて、直樹と二人きりで」 「で、それに気づいたあかりが泣き出したんだよな。『もうおうちにかえれないー!』って」 「えっ!?いやいやいや、直樹が泣き出したんでしょ『このままごはんたべれなくてしんじゃうんだー!』ってさ」 「はぁ?そんな訳ないだろ。俺が誘ったんだし、いわば隊長なんだから、隊長が音を上げる訳……」 「都合のいい記憶してるねー。私、必死に泣いてる直樹をなだめて、山を下りようとした記憶あるもん」 「そ、そんな訳ないだろ……ベソかいてたのはあかりの方だ」 「ううん、絶対に直樹だもん」 「なんだよその自信」 「直樹の方こそ、私のこと甘く見過ぎじゃない?」  ……思わず、お互いに顔を突き合わせて睨み合って……。 「ぷっ、はははっ……!」 「あはははは!何やってるんだろうね、私たち」 「ホントな」  同時に吹き出してしまっていた。  こうやって、未だにちっちゃい頃みたいに意地を張り合って。  でも、だからこそそんな、気の置けない悪友っていう関係が居心地よくて。  ――私たちは、二人きりでいる時は“秘密の恋人”だけど、同時に昔から変わらない親友で。  その時々によって、意地を張り合う悪友にも、好きって言い合う恋人にもなれる。  そんな勝手で、自由で。だからこそ楽しい……“特別な二人”なんだ。 「じゃ、そろそろ帰って寝よっか」 「だな。ふぁっ……歩きながら寝そうだ……」 「もうっ、ホントに寝たりしないでよ。運ぶの大変なんだから」 「へーきへーき……ぐがぁっ……」 「もたれかからないで!おもいー!!」  ちなみに朝起きてから、お母さんに聞いてみたら、結構大事になっちゃってて、なんとか山から下りてきた瞬間、私たちは同時に泣いちゃったみたい。  「引き分け、かぁ……」「タッチの差で俺の方が後だったとか、ないですか?」  なかったらしい。