メイは羊。安眠と家事、そして――ご主人様の性処理のために作り出された羊。ご主人様の愛玩動物として、人間を模した形で作られた羊。それが――メイ。  見た目が特に優れている訳じゃない。鳴き声が美しい訳でもない。血統書付きでもなければ、メイはどこにでもいる羊。  メイは生まれてすぐにペットショップに連れてこられたけど、そのペットショップで売れ残ってしまった。仕方がない。メイには特に優れた部分はないんだから。    「あと3日売れなかったら、工場に返そうか」  そう言われていたことを、メイは朧気に覚えてる。工場に返される。それが――、死であることも、あの頃のメイにだってわかってた。  生き残るためには愛想を振りまいて、買ってもらえるようにしなければならない。メイはそう思って、メイのケージを覗く人間に愛想を振りまいた。――でも、誰もメイを見向きもしなかった。  ペットショップにいられるのも、今日まで。――そんな絶望の中、メイは身を横たえて眠りに就いた。どうせなら、眠っている間に死んでしまえばいい。そう思って、眠りについたはずなのに。  眠るメイの手を見知らぬ暖かい手が握った。――愛想など振りまく間もなく。優しい手の男の人がまだ小さかったメイを抱き抱えて、その場で買い上げた。  それが、メイとご主人様の出会いだった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆  メイ達、羊の寿命は10年。だから、人間の牝と同じように成長するまでに半年もかからない。遺伝子を操作されているメイ達は、成長が早いのだ。そして、死の直前まで殆ど老いることもなく、その成長した姿のままで一生を終える。  ご主人様はメイを性処理に使うために買った訳ではなかった。ただ、眠っているメイの姿を見て、一緒に暮らしたいと思ってくれたそうだ。そんな心優しい彼は、メイにも、メイ以外の人にもたくさん優しかった。――その分、たくさん傷ついた。    メイがご主人様の家に来て、半年と少し経った頃。メイが成体になってすぐのことだった。――いつもより遅い時間。雨に濡れたずぶぬれの姿でご主人様は帰ってきた。  メイが玄関で彼を迎えると、彼は腕の中にで静かに泣いた。  「――メイ。俺、彼女と上手くいかなかったよ。好きな人ができたって、言われた」  心優しいご主人様は声を殺して泣いた。だから、メイは彼を抱き寄せて。何度も何度もキスをした。遺伝子が知っている。目の前の彼にどうすればいいか、メイの体は知っている。だから、何度もキスの雨を降らせた。  雨に濡れたシャツのボタンを抱き付きながら外して、メイは初めてご主人様と肌を重ねた。彼女の名前を口走りそうになるご主人様に「今日だけは呼んでいいよ」と抱きしめながらメイは伝えた。  ご主人様はメイを抱きながら、一度だけ――彼女の名前を呼んだ。  「メイ、ずっと一緒にいてくれ。頼むから――」  「うん、ご主人様。メイはずっと、ずっと。一緒にいるよ」  ご主人様はあの日以来、メイを求めてくれる度にそう願う。――そして、彼が眠りにつくとメイは必ず願うのだ。  ――どうか、どうか、神様。メイを――。