■1.執事とお嬢様 お嬢様。私です。執事のミカエルでございます。 中に入ってもよろしいですか。 ……はい。では、失礼致します。 お嬢様。本日もお疲れ様でした。 はい、本日の業務はここに来る前に全て終わらせてあります。 お気遣いありがとうございます。 それで、今宵はどうされましたか? 夜遅くに私をお部屋に招き入れるとは珍しいですが……。 はい。……ふふ、そうですか。 確かに今はお屋敷には私とお嬢様の二人以外皆(みな)いらっしゃらないですからね。 普段とは違ったお屋敷の雰囲気になんとなく心細さを感じ、 私と昔のように一緒のベッドで寝たいとお思いになった……ということでしょうか。 ええ、私は構いませんよ。 そうすることで、お嬢様の心が安らぐのであれば。 早速お休みになるのですか? でしたらお部屋を暗くいたしますね。 大丈夫、怖くないですよ。 ベッド脇のランプをつけて……こうすれば、真っ暗ではないですね。 お嬢様と添い寝するときはいつもこうしていましたから。 今となってはもう10年以上昔の話……とても懐かしいです。 さて……お嬢様。もう準備はよろしいでしょうか? ……はい。では、私も失礼いたしますね。 あぁ……こうして久しぶりに一緒に横になりましたが、 本当に立派な女性に成長なさいましたね。 常日頃から思ってはいましたが、こうしていると更に実感がわきあがってきます。 まだまだ小さかった頃から見守っている身としてこれほど嬉しいことはありません。 昔もこうして、ご主人様と奥様が外出なさっているとき、 真っ暗なお屋敷を怖がって今にも泣きそうだったお嬢様とよく一緒に寝たりして。 あの日々がまるでつい昨日のことのように思い出されますよ。 ……お嬢様は、幼少の頃からとてもお優しい方でした。 ええ、そうですよ。 中でも印象深かったのは……、やはり隣国まで出かけた際、お嬢様が突然いなくなってしまったときの話でしょうか。 あのときはお嬢様が何者かに誘拐されてしまったのではないかと皆心配したのですよ。 当然です。誰にも何も言わずに、こっそりと抜け出されたのですから。 その少し前にお嬢様が何かをしきりに気にかけていらっしゃるご様子を見せていなければ 探す手がかりも見出せなかったのですし、異国の地で急にはぐれるということは本当に恐ろしいことです。 ……そうですね。 街へ向かう途中に森で見かけた、足を怪我をして動けなくなっていた子猫。 その子猫がいた場所を通りがかってから、しばらくずっと心配げな表情をされていましたからね。 お嬢様はもしかしたらあの子猫のもとへ一人で戻ったのかもしれない、と。 確証はもちろんありませんでした。 ですが、それでもなんとなく、お嬢様はそこにいるような気がしたのです。 そう考えて森へ戻ったら、やはり思ったとおり。 私を見つけて泣きつくお嬢様を見て、予感が当たってよかったと本当に安心したのですよ。 ……ええ。あのあたりは道も入り組んでいて分かりづらいですから、 迷われてしまっても致し方ないです。 それでも、私に一言でも伝えてくだされば付き添っていたのに、と今でも思いますけれどね。 当然です。お嬢様の身に何かあったらととても心配したのですから。 そして……私がお嬢様をより愛らしいと思うようになったのはそのときからなんです。 執事としてお守りする対象としてだけではなく、一人のレディーとして。 使用人とご主人様の一人娘という立場の関係上、今までずっとお伝えできずにいたのですがね。 これからもずっと、お嬢様のことを見守らせていただきたい。 このような日常がずっと続いてほしい。 それが私のささやかな願いです。 ……お嬢様、どうなさいましたか? 私に今まで隠していたこと? …………。 そうでしたか。 お嬢様もずっと、私のことをお慕いしてくださっていたのですね……。 年齢差なんて、そんなもの関係ありませんよ。 ただそこに愛があればいいのですから。 ふふ、ずっとお互いに想いを伝えられずにいたとは……なんだかくすぐったい気持ちになります。 お嬢様……もっとこちらへ。 あぁ……とても温かい。 昔と変わらず温かくて、昔と違ってすっかり大人の女性になられて……。 本当に、立派に成長されましたね。 これからもずっと、お嬢様のそばにいさせてください。 ずっとお嬢様のことをお守りしたいのです……。 はい。 私は今とても幸せを感じています。 これまで感じたことのないほどに……。 ん……ちゅっ。 ふふっ……本当に愛おしいお嬢様……。 明日の朝には旦那様方もお戻りになるので、早朝にはこの部屋を出てしまいますが……。 お嬢様がお休みになるまでは、ずっとこうして抱きしめていますからね。 どうかごゆっくり……お休みください。 ■2.執事の寝息 (寝息1分) ■3.エピローグ あぁ、おはようございます。お嬢様。 ゆうべはよく眠れましたか? くすっ、それはよかったです。 本日は街までお出掛けになるのですね。 私はお屋敷での仕事があるため付き添うことは出来ませんが、楽しんできてください。 過保護ではありません、純粋にご一緒したかったのです。 一人の男として……ね。 また眠れない夜があれば、いつでも私をお呼びください。 いえ……眠れないわけではなくとも構いませんけれど。 (ウィスパーここまで) ではお嬢様。今日も良い一日をお過ごしくださいませ。