入るわよ! アンタ、負傷したんですって?フン、まったくご苦労なことだわ。 今日はたまたま、たーまーたーまー!通りがかっただけなんだから。 だいたいアタシはまだ怒ってるのよ! アンタとはまだ絶交してるから、今は友達じゃないんだからね! 友達じゃなくなったらアンタはただの庶民の冒険者なの。 わかってるのかしら。アンタにはいつもアタシに対する敬意の念っていうのが足りないのよ。 アタシは偉大なる伯爵家、ゴーリング家の当主なんだから、 アンタみたいな庶民は、相手になんかしてもらえないのよ? まったく、このキリカ様が、そんな庶民に、わざわざ、直々に、面会をしてあげてるんだから、 アタシがたまたま通りがかった幸運に感謝しなさいよねっ! それとも、そこまで自惚れているのかしら? 伝説の冒険者の再来なんて大層な二つ名まで貰って、おだてられて、調子に乗ってるんじゃないの? だいたい、今だって誰の許可を得て倒れてるのよ……まったく、さっさと起きなさいよ! なによ!文句あるならなんとか言いなさいよ……。 アンタがもうダメなんて、そんなことアタシは絶対信じないんだからね……。 ……聞いたわよ。アンタ、一人で魔獣の迷宮に潜ったって。バカじゃないのアンタ! アンタ一人だけじゃ、逆立ちしたって迷宮の制覇なんてできるワケないじゃない! ゴーリング家の前当主だったパパは「叡智の魔石」を使いこなす凄い魔法使いで、どんなモンスターにだって負けなかったのに、 そんなパパでさえ、たくさんの騎士を引き連れて挑んだのに……あの魔獣の迷宮からは帰ってこられなかったんだから……。 アンタみたいな考えなしのバカを迷宮に入れないために冒険者にしか入れないようになってるのに、 冒険者にだったら誰でも入れると思ってるんじゃないでしょうね! なんでそんな無謀なことしてるのよ!意味わかんない! どうせまた今回も「困ってる人がいるから〜」とか首突っ込んで、貧乏くじ引いたんでしょ! まったくアンタはいつだってそう。 小さい頃から「キリカちゃ〜ん」なんて能天気に、この世に何の疑いももってませんみたいなアホ面して、 バカ笑いしながらいつもアタシの後ろトコトコついてきてたのに、 剣だって、魔法だって、アタシより全然強いのも気に食わない。 ……ま、まあアンタがものすっごく努力して強くなったのも、アタシだけが知ってるんだけど。 パパにだって目をかけられて、他人の庶民なのに、娘のアタシより可愛がられてた……。 アタシのパパなのに、そういうところほんとズルイ!! それに、それに…アンタのこと一番知ってるのはアタシなんだから! 普段は頼りないったらありゃしないのに、困ってる人とかを見るとすぐなんとかしようとするし。 そういう誰にでも優しいところが取り柄ですみたいなの、ほんとイラっとする。 優しくするなら……ア、アタシだけにしなさいよ! アンタの事なんか、大っ嫌いだったんだから、フン! アタシはアンタと違って、子供の頃からパパの領地のこの街で、 冒険者ギルドには顔が利くし、商会のオーナーだって私に頭を下げるのよ。 パパが戻らなくて、パパと一緒にゴーリング家の秘宝である「叡智の魔石」が失われて、 ゴーリング家は没落したなんて言ってるバカな大人たちにだって、 当主のアタシがその減らず口を叩けなくしてやるんだから。 没落したと言うんなら、パパに変わってアタシがゴーリング家を再興してみせる。 アタシはどんな攻撃にも怯まない屈強な戦士じゃない。高等魔法が使える魔法使いでもない。 でも、冒険者として戦えなくたって、いつか再び、何十年かけてでも、魔獣の迷宮の討伐隊を作って、アタシが指揮してみせるの。 アタシは、いつかアタシからパパを奪ったあの迷宮に、行ってやるんだから……。 そのためにアタシは強くなきゃいけないの。 討伐隊を作ったら、当然アンタはアタシの近衛騎士になるのよ。 アタシの目の届くところにいないと何するか不安だから仕方なくそうしてあげるの。 だからアンタはアタシの隣にいて、絶対にアタシの言うことに逆らっちゃダメなのに。それが何? 急に一人で冒険者になりたいなんて言い出すし、一人で戦果上げて調子に乗って、アタシに黙って迷宮に入るし、一体何が不満なのよ! だいたい、冒険者になるのだってそうよ。 アタシがギルドに口添えして根回ししてることなんて、アンタ知らなかったでしょ。 別にアンタに冒険者になってほしいわけじゃないんだから! アンタ一人じゃ何も出来ないってことをわからせるために、アタシがアンタを冒険者にしたのよ! だから絶交したの!アタシなしでちょっと痛い目みて、泣いて帰ってきたら、 そしたら寛大なわたしは許してあげる予定だったのに、それなのに、 アンタはアタシに守られてるってこと知らないで、一人で好き勝手してるんだから……。 それなのに、なんでアンタは一人で迷宮に潜って、こんなボロボロになってるのよ! アタシへのあてつけ!?それとも本当にバカなの!? ねぇ!答えなさいよ!ねぇ!なんで…なんで起きないのよぉ! こんな無茶した理由教えてよ……そしたらアタシがまたバカじゃないのって言って、 そのあと、また昔みたいに、全部許してあげるんだからぁ……! え……なにかしら…これ。 ポケットから落ちたの……? 紙に包まれた……飴玉? ううん、違う。これって、「叡智の魔石」じゃない! それにこの紙、迷宮の地図!? どうして、アンタがこんなものを……。 地図に書いてあるのは……パパの字だ……。 「もし俺が戻れなかったら、いずれ君が冒険者になったときにこの地図が役立つことを願う。だから、その時は娘を守ってくれ……」 じゃあアンタは最初から魔石を探すために、一人で迷宮に潜ったの……。 ホントバカじゃないの……。 パパが迷宮から帰ってこなくて、ただぽっかりと、パパだけが居ない日々がずっと続いて、それがずっと終わらないの……。長いトンネルの出口を探してた……。 だから、そんな日々を終わらせるには、アタシがパパに追いつかなきゃダメなんだって、ずっとそう思ってた……。 でもアンタは、アタシに内緒でパパの魔石を取り戻すために……一人で冒険者になりたかったって言うの……。 それじゃ……アタシがすぐ音を上げると思って冒険者になるために冒険者ギルドにわざわざ口利きしたのは、むしろ逆効果だったんじゃない。 なんでアンタは相談もしないで、一人で決め込んで、迷宮に潜っちゃったのよ……。 あぁ……そうか、アタシが、……絶交しちゃったんだ……。 アンタが最初に冒険者になりたいって言ったとき、すごくイライラした。 でも冒険者なんて、アンタがすぐ諦めて、またアタシを頼って、アタシの後をついてきてくれるって……そうなるんだろうって思ってた。 でもアンタは全然へこたれなくて、一人で迷宮に潜って、パパを見つけてくれた……。 本当に強いのはアンタだった……。 やっと気づいた……。アンタに頼ってたのは、アタシだった。 アンタの面倒みるフリして偉そうな態度とって……。 そうじゃないと、アタシは立っていられなかった……。 ……アンタの頼りないところが嫌い。 ……アンタのだらしない笑顔が嫌い。 ……アンタの誰にでも優しいところが嫌い。 ……いつもはアタシの後ろをついてくるのに気まぐれにどこかに行っちゃうところが嫌い。 ……パパの笑顔を独り占めしてたアンタが嫌い。 ……パパと一緒で、アタシを置いていっちゃうのが、大っ嫌い……。 でも、そんなアンタを自分の弱さで利用してたアタシ自身が、一番大嫌い……。 もし、アンタが冒険者になるのを止めてれば……、アンタが冒険者になるために口添えなんかしなければ……。 アタシが……アンタと絶交しなければ……。 そうしたらアンタは、まだアタシの隣で、いつもみたいにバカ笑いしてくれたのかな……。 アンタの事なんか……大好き……なんだから……。 ねぇ……起きなさいよ……起きてよぉ……。 お願い……さっさと起きて、いつもみたいに、またアタシの後ろでバカみたいに笑って……。 ううん、それじゃダメなんだ。アタシ、アンタと一緒に、二人で笑いあいたいんだ……。 魔石が、パパが戻ってきたって、アンタまで居なくなっちゃったら、何の意味もないじゃない……。 アタシがやりたかったのは、アンタを犠牲にして家の再興をすることじゃない……。 アンタと二人で……アンタと一緒にやりたかったのよ……。 家の事よりも、パパよりも、アンタが居なくなっちゃうのが一番苦しいよ…… アタシのこと……一人にしないでよぉ……。 うう……。ぐす……。