その夢は、いつも温かい。 人の温もりに溢れたその夢を、いつしか私は待ち望む様になっていた。  甘く低い声で囁かれながら、彼に求められるがままに私は彼に体を開く。 彼の命じるまま、私は彼の人形になる。 彼は何者なのだろう。 淫魔なのか。天使なのか。それとも――。 「ねぇ、貴方は何者なの?」 「どうだっていいだろ?」  彼はいつもの様に煙に巻こうとする。 しかし、今日の私はそれを許さずに彼の言葉の端に食らいつく。 今日こそ、聞かねばならない。  「そんなことはないわ。――私は知りたいの。貴方が何者か」  「――面倒だな、アンタ」  「面倒でもいいわ。気になって夜も眠れない」  たとえ、これが夢だったとしても、気になる男のことを知りたいのは女として当然だ。 だから、私は最近、折を見て彼に同じ問いを投げ続けていた。 しかし、いつもはぐらかされてしまうのだ。  「――眠れないのは困るな」  私がそんな困ったことを言えば、彼はキスをして私を黙らせるのがいつものパターンだ。 キスの雨と女を抱きなれたその手に、私は翻弄される。  「ミステリアスな方が、いいだろ?」  そうやって囁かれ、私はいつも流されてきた。 しかし、今日は彼は形の良い眉を顰めて、本当に困って考え込んでいる顔をしている。  これはチャンスだ。 もしかしたら、彼の正体がわかるかもしれない。 うーんと頷いて首を傾げている彼に畳みかける様に、私は言葉を続ける。  「そうよ。眠れないわ。眠れなかったら、貴方にも会えない」  「うん、それは困るな。――というか、アンタ。今日は違う作戦で責めてきたな。手強いな」  口元を隠すようにして、彼は笑みを零す。 そしてその直後、私をもう片方の手で抱き寄せて、耳を軽く噛む。  「そうだなー。俺は妖精だ」  「よう、せい?」  私のイメージの中の妖精は、ピーターパンのティンカーベルの様な。 小さくて、羽が生えていて。 ――その何と言うか。 少なくとも私のイメージの妖精は、こんな艶めかしい男ではなかった。  「え。なんかイメージと違う。妖精って、小さくて羽生えてて――」  彼は私の率直な感想に笑いを噛み殺す。 喉の奥で消えた笑いは欠片となって、彼の言葉の中に散りばめられる。  「色んな妖精がこの世界には存在するのさ。森や海、使い慣れた筆なんかの道具とかにもな」  「――それなら、貴方は何の妖精さんなの?」  「あー。布団」  「布団――?」    ――確かに、私の布団は実家から持ってきた、物はいいが古い布団だ。 半年前に打ち直したばかりの布団。 待てよ。 夢を見るようになった時期も、打ち直した時期と確かに重なる。  戸惑い、絶句する私の顔を覗き込んで。彼はやっといつもの様に余裕ありげに笑う。  「嘘だよ。――俺の正体を詮索するなんて、余裕があるな。アンタ」  「え、それなら――」    私の言葉のその先は続けられることはない。 夢の中に響くのは、また唇を重ねた水音。 ああ、また流される。  ――私は今日もこうして、彼の手管に落とされるのだ。