あの頃の――小さな私は、弱かった。気が弱くて、声も小さくて。言いたいことも言えなかった。だから、私に対して絡んでくる男の子も多かった。  「お前、髪の毛染めて来いよ! 校則違反だろー!」  「――私、生まれた時からこの髪の毛で――」  「黒髪じゃなきゃいけないって書いてあるんだから、染めて来いよ。染められないなら俺達が染めてやるよっ!」  放課後、習字の時間に使った墨汁を手に迫ってくる男の子。付き飛ばされて地に這う私。  先生のいない所で、彼らは私によく意地悪をした。――止めてと言っても直らない。だったら私は我慢するしかない。そう思って、今日も耐えようと目を閉じた瞬間だった。  「やめろよ! きりかちゃんはそれでいいんだって、先生言ってただろ!」  「げっ、転校生」  「先生呼んできたから。――女の子には優しくしなきゃ」  「転校生の癖に、生意気なんだよ」  「――生意気でいいよ」  "彼"は、一週間前にこの辺りに引っ越してきた男の子だった。機転の利く"彼"の振舞いに手も足も出なくなった男の子は、ひとしきり思いつく罵詈雑言を吐いて、校門から勢いよく出ていく。  「きりかちゃん。大丈夫だった? ――お家、近くだったよね。今日から一緒に帰ろう」  小さな私はそれを――ただ、呆然と見ているしかなかった。話したこともなかった"彼"は転んでいた私に手を差し伸べる。それが、私の初恋の始まりだった。  あの日から私は強くなることを願った。目の前のgentleな彼の力に、いつかなりたいと思った。 ********  「霧華?」  「なぁに?」  「――少し遠い目をしてた。何かあった?」  「貴方と出会った日のことを、思い出していたのよ」  麗らかな午後、暖かな日差しが降り注ぐ公園のベンチで、サンドイッチを食べる"彼"は私の恋人。  "彼"は私が作ったサンドイッチを美味しそうに頬張り、唇の端にパンくずを付けて、私に笑いかける。  「男の子はね、皆君が好きだったんだ。だから、君に意地悪した」  「でもそんなの知らないわ。――私は優しくしてくれた貴方のことだけが好きよ」  「私としては当たり前のことだったんだけどね」  「当たり前のことをできるって素晴らしいことだわ」  "彼"の唇の横についてパンくずを指先に摘まんで取って、恥ずかしそうにする"彼"の頭を撫でる。――不器用で、まっすぐで、いつも他人に優しい"彼"は、自分には厳しい。  だからこそ、私の前では自然体でいて欲しい。もっと自分を愛して欲しい。そう願って私は声をかけ続ける。貴方の心が折れないように寄り添って護ると願った、あの日の小さな自分の誓いを守り続ける。  「私は褒めるわ。貴方を。――私は貴方に救われたんだから」  「イギリスの人って、すごく愛情表現ストレートなんだな。――恥ずかしくなるよ」  「ふふ、イタリアの男性には負けるわ。でも、言い続けるわ。愛は伝えてこそ、だから」  手を繋ぎ、握る。柔らかく握り返されるその手を、私はもう一度、握りしめた。