「それでは、新郎新婦のご入場です! 皆さま、拍手でお出迎えください!」  アナウンスと同時にポップなBGMが流れだす。  俺はこの曲を知っている。彼女がパスタを茹でながら、時折口ずさんでいる歌だ。  スポットライトに照らされながら、新郎新婦が歩き出した。  にこやかに手を振る花嫁の隣でロボットのように動いているのは、本番に弱い俺の部下。ああ、プレゼン時と同様に手足が同時に出てしまっている。  一通りの挨拶が終わると、流線形のシャンパングラスが同時に上がり、乾杯となった。  歓談と食器の音の中、俺はウェイトレスを呼び止めて、こっそりと耳打ちをする。 「ジンジャーエールを、ワイングラスで」  同卓の同僚と話しながら、目線は別卓の恋人へと移る。  藤の花のコサージュと一部を編み込んで波打つ髪が、彼女の胸元を飾っている。スワロフスキーの髪飾りが身じろぎする度にきらきらと、小さな星を生んでいた。  嘆息し、フォークを取る。  俺の彼女は、可愛い。  一挙手一投足全てが可愛い。  可愛いの権化が過ぎるため、できればケージに閉じ込めて一日中眺めていたい。 『そんなこと言うのは、課長だけだけです! 現に、モテたことなんてないし』  可愛い可愛いと伝える度に、彼女はそう返すのだが、  ──君は、自身の魅力について一度分析をする必要がある!  ──冷静、かつ客観的な経過観察の後、不慮のアクシデントに備えて対応策を取れ!    と、肩を掴んで揺すりながら、こう訴えたいのが本音である。  現にほら、別卓の男が酒瓶を持って話しかけようと近付いてくる。 (……くそッ)  内心悪態をつきながらも、顔には出さずテリーヌをつつく。  あいつは以前、彼女との企画を俺に相談しにきた男だ。見た目もいい、能力もある。慎重に事を運び、勝率を確かなものにしてから仕留めにいくタイプ。 (……大丈夫、信じている。信じているから)  まじないのように唱えてから、俺は目を閉じ、嘆息した。  彼女と俺が付き合っているのは、二人だけの秘密にしている。  本当は生きとし生ける全てのものにプロジェクターとパワーポイントで二人の仲を解説したいが、上司と部下という関係上、贔屓をすると思われては彼女のためにならないため、今のところは我慢をしている。──そう、今のところは。  そもそも彼女の仕事ぶりに俺が感心していたのは、恋に落ちるより遥かに前で、本当に、ずっと前から評価をしてきたというのに、それを証明できないのが歯がゆい。  ──ああ、俺以外の男にまで、そんな笑顔を見せるんじゃない。さらわれでもしたらどうするんだ。  舌打ちをしたい衝動を堪えて、ワイングラスを一気にあおる。  さすがは有名ホテルのジンジャーエールだ。甘みのない、苦み走った味で……もう少しだけ、甘くて優しい味だとよかったんだが。すっかり炭酸も抜けている。 「ぷ、はぁ……ッ」  グラスをテーブルに置くと、俺は両手で顔を覆い、肘をついた。  畜生、という呟きが、知らずのうちに口から漏れる。  自分がこんなにも余裕が無い男だとは、彼女に恋をするまで、思ってもみなかった。  ……見たく、ない。  彼女が、他の男と親しげに笑う姿を見たくない。  今すぐ白い首と鎖骨に唇をつけて、おれのものだというしるしを── 「はは」    ──なぁんだ。  簡単なことじゃないか。  誰にも見られたくないのなら、今すぐ、おれがさらえばいい。    のろのろと顔を上げ、運ばれてきたステーキを見据える。切り口から、赤く潤んだ柔らかそうな肉が覗いている。 「あーっ、近衛が俺の白ワイン、勝手に飲んだー!」  同期が隣で何か言ってきているが、知らん。  おれが飲んだのは、あまくない、ジンジャーエールだ。 「もう、しらん」  吐き捨てると、ばさり、とナプキンを掴んで捨て、おれは音を立てて立ち上がった。 * * *  二人分の荒い吐息が、ホテルのスイート・ルームに充満している。  食べ損ねたステーキ肉の代わりに、おれは赤く潤んだ肉を、こうして丹念に嘗め回している。  いやぁ、だの、やめてぇ、だのと、形ばかりに咎める声が何度も頭上に振ってはくるが、ガーターベルトの太腿はぐいぐいと俺の頭を締め付けてくる。 「どんな肉よりも、うまい……」  顔を上げて教えてやれば、相手は耳の縁まで真っ赤になった。  やはり、彼女が世界で一番可愛いのは間違いない。  おれはもう一度頭を沈めて、誘う匂いが充満する茂みに鼻先を埋めた。  舌先を熱く潤んだ中まで伸ばし、ぐりぐり、ざりざりと擦りつけるようにして蕩ける奥まで愛撫を続ける。嬌声と共にぐねぐねと舌に合わせて彼女は動き、やがて高い悲鳴と同時に、がくがくと揺れて力が抜けた。 「……なあ」  おれは恋人にまたがると、限界まで立ち上がったモノを突き上げるようにして見せつけた。 「このまま、奥までぶち込みたい」  劣情を柔らかな腹に数度擦り、ついばむようなキスをして誘う。  熱心に見つめれば、熱に浮かされたように火照った顔が、おれをとろん、と見上げていた。 「どうする……?」  もじもじと太腿を擦り合わせてからの恥ずかしそうな『おねだり』に、おれは喉奥で笑いながら、いきり立つ先端をあてがった。  ぷちゅり、と浅めに挿れてから、まずはゆるゆると腰を動かす。  時折カリで引っ掻いたり、ぐりぃっ、と軽く押しつけたり。  あ、あぁ、とその度に切なそうに彼女は呻き、やがて腰を浮かせながら自ら奥へと進めてきた。 「……おれのちんぽ、丸呑みしたい? そんなに早く欲しいんだ?」  からかえば、泣きながら頷いて、両手をこちらに伸ばしてきた。 「ッハ、……お望み、通り……ッ!」  固く抱き締めてから唇を重ね、思いっきり腰を打ち付ける。裏返るような喘ぎ声が、絡まる舌の奥底より沸く。  パンッ! パンッ! 激しく肌のぶつかる音が広い部屋に響き渡った。  彼女はいつも以上に大声で喘ぎ、淫らに動き、キスを求めて、破れたストッキングの爪先を俺の腰へと絡めてくる。  ぐちゅんっ! ぶぴぃっ! ぷちゅぅっ! 動く度に、淫猥な水音が次々と溢れては掻き消されていく。  頭がぐらぐらと煮え滾る。  熱い。蕩ける。愛している。愛しているんだ。 「んむぅ……っ、ちゅうっ、はあっ、はぁ……っ、なあっ、このまま、朝までずうぅっと……おれと子作り、してよっか?」  糸を引きながら唇を離し、茹だった頭で提案すれば、返事の代わりにぐしゃぐしゃの笑顔が返ってきた。  ねろり、と再び舌が絡む。音を立てて吸い合いながら、ガーターベルトの隙間に指を滑らせて太腿を掴む。  ぐうっと高く腰を上げさせ、ひっくり返ったカエルのようにしてから、思い切り楔を打ち付ければ、悲鳴のような嬌声があがった。  ──かわいいよ。  えっちだね──。  ──きれいだ。  やらしいなあ──。  ──すき。  あいしている──。  徐々に高まる衝動の中、彼女の耳に想いを伝える。  息も絶え絶えな唇から出る、甘い甘いレスポンスに、痺れるような幸福と共におれは腰を振り続け──、やがて彼女と共に果てた。 * * *  ……ぎゅるるる。  自身の腹の音で目が覚める。空腹感で目覚めるのは久しぶりだ。  のろのろと体を起こしかけて、腰の違和感に思わず呻く。……なんっだ、これ。  起き上がる事をいったん諦め、俺はぼうっとした頭でゆっくり辺りを見回した。ホテルの部屋。しかも広い。奥にはリビングも見えている。スイート・ルームだ。  ホテル……ああ、そうだ、ホテルで部下の結婚式に出席したんだった。  それから……。  それ、か、ら……?  がばっ、と身体を起こして、再び呻く。腰の倦怠感が凄い。頭もずきずきと痛んでいる。  隣を見下ろせば予想通りに、恋人が裸で眠っていた。 「あ──……」  額を押さえて溜め息をつく。酔って醜態を晒した後でも、わりかし記憶は残る方だ。  ……やって、しまった。 (そうか。あの時飲んだのは、酒だったか)  飲んだ直後の出来事をおそるおそる思い出す。  彼女に話しかけていた部下の腕を強く掴み、『おれのものだから』と言って、皆の前でディープキスをした、気がする……。  次は自分達だと結婚宣言して、花嫁からブーケをもらった、気がする……。  そのまま彼女の手を引いて会場を後にし、フロントでホテルの部屋を取って飛び込んで……。 「~~~ッ、ぐわっ」  アヒルみたいな声が出てしまった。  いや、やらかしてしまったことは仕方がない。謝罪は迅速に行うのが基本だ。関係者にはこの後すぐに謝罪をして回らねばならない。ついでに下戸な事も白状をしておこう。    ……だが。  ぎぎ、と首を軋ませて、隣を見下ろす。  彼女は一体、どう感じた?  恥ずかしかったんじゃないのか?  辛かったんじゃないのか?  何より、休憩も入れずシャワーも浴びずに、本当にひたすらヤっていたため、身体への負担はどれだけ──。  そろそろと手を伸ばし、恋人のべたつく髪をそっとかき分けて顔を出す。  ああ、涙と、涎と、鼻水の跡も、世界一可愛い、俺の恋人。  この先、会社に居辛くないだろうか。  俺を恨んだり、怒ったりしていないだろうか。  もしも、呆れられ、別れを切り出されでもしたら……。  ひゅっ、と小さく喉が鳴った。恐ろしい想像をかき消そうと、ぶんぶんと首を横に振り、頭痛ダメージにまた呻く。 「……はは」  彼女のこととなると、俺はとことんポンコツになるな。    脱ぎ散らかされたドレスを掴み、襟元のコサージュを手の中に収める。  藤の花を模したそれは、俺が彼女にプレゼントしたものだ。  花言葉の意味なんて、これまで生きてきた人生で、一度も考えたことなかったのに。  ん……、と小さな声がして、彼女の瞼がぴくりと動く。  持ち上がりだした瞼に、俺は優しくキスをする。  おはよう、と囁けば、彼女は寝ぼけまなこの顔で、宇宙一可愛い笑顔を見せた。