――闇の色とは、きっとこんな鈍く光る黒なのだろう。  迷い込んでしまった自分が見たのは、異様な光景だった。  無数の蛇――いや、無数の黒い触手の塊が、1人の女を愛でているのだ。薄明りの中、触手の海の中に鈍い青の光が浮かび上がる。  女の肌を撫で、形を確かめる漆黒。それは女の丸みを帯びた肌に沿う。まるで子供がそうするように、お気に入りの玩具の頬に触れ、大切そうに体中を撫で回す。その行為が子供のそれと違うのは、触手の先端から分泌した青い粘液を、執拗に玩具に塗り付けていることだ。  狂気と快楽に満ちた女の唇は震え、形にはならない言葉を紡ぐ。それは人間である自分にはもう理解できない言の葉だ。狂気に満たされた呻きと言っても、多分間違いはない。彼女のその声の意味を触手は理解したのか、唇を優しく先端で撫で、喉奥まで触手を潜り込ませていく。  くぐもった声。唇を犯す触手。触手に埋もれて見えない下半身もきっと、同じように触手を差しこまれているのだろう。――子供ではない自分にだって、それは想像できる。  ココがどこであるか。――自分はそれを理解する。  ここは――深淵。人ならざる者が存在する空間。自分達が昨日まで暮らしていた場所とは全く違う、狂気の神達が闊歩する場所だ。  響く水音に、自分は身を竦める。漆黒の触手たちと比べると白くて柔らかい――女の体が不意に跳ね上がる。唇から触手が抜き去られた彼女は、金切り声を上げる。  黒いゴムの様な質感の触手の海に揺蕩う彼女の体は、きっと脆い。それこそ、本気で触手が彼女の体を貪ってしまえば、一瞬にして肉の塊になってしまうだろう。  この触手は弄んでいるのだ、彼女の体を。  胸も口も耳も秘部も。大小さまざまな触手によって快楽を与えられている彼女の体は、時々ビクンと跳ね上がる。自我などない彼女を、触手の主である青い瞳はじっと見つめている。  ――チョクシシテハイケナイ。コレハ、リカイシテハイケナイ。ハヤクフリカエリ、ミナカッタコトニシ、ジブンハカエラナケレバ――  そう思った瞬間、青い瞳が自分を捉える。  唇がないそれが「笑った」と認識した瞬間、自分は「自分」を失い、女の声に重なるように――金切り声を上げた。