村外れの神社。 ここは私とお姉ちゃんだけが知っている場所。 白萩「神様、どうか私のお願いを聞いてください。」 寂れているけど、誰にも言えないお願い事するにはうってつけの場所。 白萩「神様…私にお友達をください。」 白梅「人が来ること自体珍しいのじゃが、願い事も珍しいのう。」 白萩「えっ…!」 誰かがサッと、屋根から飛び降りて来た。 ふわふわとした何かが見えた。羽…? それはあまりにも軽やかな姿だった。 白萩「あなたは…神様ですか?」 白梅「神様?…う~む、おそらく違うのじゃ。わしは見ての通り狐じゃ。」 白萩「お狐さま?でもそのお姿は…」 羽のように見えたふわふわは尻尾だった。 よく見ると、お耳もふわふわしている。 狐は本でしか見たことないけれど、確かによく似ている。 でも…尻尾と耳以外は人間にしか見えない。 白梅「お主の疑問はもっともじゃ。わしはもともと人間じゃからの。」 白萩「人間のお狐さま…」 人間だけどお狐さま。 それならきっと、あの尻尾とお耳は動物のようにふわふわで気持ちいい。 触りたい。なんとかして触れないかな? 白梅「そうじゃぞ。耳も尻尾も本物じゃ。触ってみるかの?」 白萩「いいんですか!」 祈りが通じた!やっぱり神様だ! 白梅「ほれ」 もう我慢出来ない! 白萩「は~、もふもふ…もふもふ…」 気持ちいい。すごく。 尻尾のもふもふ具合はもちろんのこと、お耳も最高の触り心地。 お耳を撫でると、くすぐったそうに少し垂れていく。 白梅「そ、そろそろいいかの?」 白萩「あっ、ごめんなさい!」 つい触りすぎてしまった。初対面なのに失礼だったかも… 白梅「それはそうとお主、願い事をしていたようじゃの。」 白萩「あ…はい。友達が欲しくて…」 白梅「友達、のう。村には年の近い人間はおらぬのか?」 白萩「いるんですけど…みんな私によそよそしいんです。物心ついたときからそうでした。    でもお姉ちゃんがいて!お姉ちゃんはすっごく優しかったんです!でも…」 白梅「でも?」 白萩「お姉ちゃんも少し前から人が変わったように私にきつく当たるようになって。    私が悪かったのかなって思って何度も謝ったんですけど…」 白梅「姉がもとに戻ることはなかった、と。」 白萩「はい」 お姉ちゃんの話になるとちょっと悲しくなってしまう。 まだ慣れないな… 白梅「お主、名前はなんというのじゃ?」 白萩「あ、あの、白萩、です。」 白梅「白萩…よし、ハギじゃ。わしは白梅。今日からお主の友達じゃ!」 白萩「ふぇっ!」 お狐さまがお友達?本当に?もふもふのお友達? 白梅「なんじゃ、わしじゃ不満かの?」 白萩「ないです!そんなことないです!白梅さまがお友達になってくれて嬉しいです!」 白梅「“さま”はやめるのじゃ。呼び捨てで構わんし敬語もいらんのじゃ。友達じゃからの。」 白萩「じゃあ…白梅ちゃん!」 神様はちゃんと見ててくれたんだ。 こんなに可愛いお友達ができるなんて、夢にも思わなかった。 白萩「白梅ちゃんはずっとここに住んでるの?」 白梅「そうじゃ。ずっとここで季節の流れを見てきたぞ。数十年…そろそろ百年になるのじゃ。」 白萩「そんなに!?私と同じくらいの年に見えるのに。」 白梅「狐になってから容姿が変わらなくなったのじゃ。」 白萩「それはちょっと羨ましいかも。」 白梅「じゃろう?白萩も狐になりたかったらいつでも言うんじゃぞ。」 白萩「あはは!考えとくね!」 こんなにお話して、こんなに笑ったのはいつぶりだろう。 楽しい。もっといっぱいお話したい。 白梅ちゃんともっと仲良くなりたい。 心の底からそう思った。 白萩「お姉ちゃ~ん!」 白椿「あはは、おいで白萩!」 私とお姉ちゃんが遊んでいる。 すぐわかった、これは夢だ。昔の私達。 あの頃の私達はとても仲が良かった。 村の人や両親は私達によそよそしくて、いつも二人で遊んでいた。 白椿「白萩、知ってる?あそこの山の途中に神社があるんだよ。」 白萩「神社?でもあの山は誰も住んでないってお父さんが言ってたのを聞いたよ。」 白椿「そう、だれもいない。神社にもね。昨日ちょっと見てきたんだ。」 白萩「えー!お姉ちゃん危ないよ~!」 白椿「あはは、大丈夫大丈夫!危なそうな動物いなかったし。    ね、あそこなら私達が自由に遊べるんじゃないかな?」 白萩「そうかも。今度一緒に行こう?」 白椿「うん、約束ね!」 この約束、覚えてるよ。 ねぇ、いつになったら約束守ってくれるの? もうあの頃の私達には戻れないのかもしれない、そう思うと涙が止まらなかった。 視界がぐらぐらと揺れ、ぼやけていく。 白萩「う…ん…」 目が覚めた。そう、やっぱり夢だった。 目尻は少し濡れていた。 白椿「起きたのね。」 白萩「おねえ…ちゃん…?」 白椿「周りに迷惑を掛けないで。わかったら家につくまで寝てて。」 白萩「うん…」 日がだいぶ落ちている。 神社で眠ってしまった私を、お姉ちゃんが迎えに来てくれたんだろうか。 私を背負ったお姉ちゃんの背中は暖かかった。 言葉は冷たいけど、きっとまだ、繋がりがあるんだ。 少しくらいそう思ってても、いいよね? お姉ちゃんの体に、少しだけぎゅっとしがみつく。 お姉ちゃんは一瞬、足を止めてビクッと震えたけど、何もいわずに歩き出した。 さっきとは違う涙が一筋こぼれ落ちた。 家は静まり返っている。 お父さん、お母さん、お姉ちゃん、私。 四人で一緒にご飯を食べる。 でもそこに団欒はない。 作業のような夕食は何の味もしなかった。 白椿「白萩、明日はお祭りの準備があるから。あなたも準備、手伝いなさい。」 白萩「あ…うん、わかった。」 お姉ちゃんは要件だけを告げると食器を片付けにいった。 お祭りか。 数日前に村の人がお祭りの話をしているのを聞いた。 何十年とやってないお祭りらしい。 これ以外にお祭りはないから、初めてのお祭りだ。 村の子供達もみんなうきうきしてた。 私もちょっと気になるけど、それ以上になにか、不安を感じる。 そんな不安を打ち消そうと必死に目を閉じた。 白萩「こんなに人、たくさんいたんだ。」 村の広場は人でいっぱいだった。 子供はみんな知ってる子だけど、大人は知らない人も多い。 大きなものは大人が組み立てて、子供は飾りの小物を作るようだ。 子供達が集まっているところから少し離れて小物作りの手伝いを始めた。 白萩「みんな楽しそう。」 子供達は笑い合いながら小物を作っていた。 「私の方が上手い。」「私のほうが早かった。」「お昼ごはん何かな?」 他愛のない会話が羨ましい。 その会話の近くにお姉ちゃんもいた。 お姉ちゃんは子供の中では年長者だ。 遊んでばかりの子供を優しく注意しながら、もくもくと準備を進めている。 一瞬、こちらを見た気がしたけど、すぐに準備に戻っていった。 一人っきりなのは嫌だけど、楽しそうなみんなを見るのは好き。 そこに自分も居られたらどんな感じなのだろう。 少し考えて、首を振った。 私には白梅ちゃんがいる。私の大切なお友達。 白萩「白梅ちゃん何してるかなぁ。またお話したいな。」 白梅ちゃんなら、きっと私も楽しく話せる。 明日は会いに行こう、そう決めた。 白萩「白梅ちゃ~ん!遊びに来たよ~!」 白梅「う~ん…ハギか…?」 寝ぼけ声とともに白梅ちゃんが出てきた。 寝癖がすごい。 白萩「おはよう白梅ちゃん。結構ねぼすけさんなんだね。」 白梅「朝は昔から弱いのじゃ~。」 白萩「そうなんだ、ふふっ。」 ねぼすけさんの寝癖を直してあげた。 くすぐったそうにしてる白梅ちゃんを見てると、妹ができた気分だ。 白梅「して、何をするのじゃ?」 白萩「これとかどうかな?昔お姉ちゃんとよく遊んだんだ~。」 あまり他人に自慢できることはないけれど、唯一これは得意だった。 白梅「お手玉か。懐かしいのじゃ。」 白萩「はい、これが白梅ちゃんのぶんね。」 白梅「うむ。」 白萩「じゃあいくよ~。」 白萩・白梅「あんたがたどこさ ひごさ ひごどこさ       くまもとさ くまもとどこさ せんばさ       せんばやまにはたぬきがおってさ       それをりょうしがてっぽでうってさ       にてさ やいてさ くってさ       それをこのはで ちょいっとかーぶーせ」 白萩「わぁ!白梅ちゃんうま~い!」 白梅「ハギこそ、わしについてくるとはやるではないか。」 知ってるよ、白梅ちゃんちょっと落としそうになってたの。 だからちょっとだけ意地悪しちゃおうっと。 白萩「じゃあ今度はもうちょっと早くやろう!」 白梅「の、望むところじゃ!」 白梅「は…ハギは上手いのじゃ…」 白萩「そんなことないよぉ~えへへ。」 すごく楽しかった。お姉ちゃんは苦手だから、こんな速さまでついてこられなかったし。 ふと空を見上げると、てっぺんにお日様が見えた。 白萩「そろそろお昼だね。白梅ちゃんは普段何を食べてるの?」 白梅「狐になってからは腹が空かなくなったのじゃ。気が向いたときに木の実を取って食べるくらいじゃの。」 白萩「えっ、そうなんだ…じゃあこれいらないかな…?」 白梅「おいなりさん?」 白萩「お狐さまだし好きなのかなって。」 白梅「狐になってから食べた覚えがないからのう。どれ。」 一口食べた白梅ちゃんは一瞬毛が逆立ったように見えた。 そして一気に食べ始めた。 白萩「わわっ、すごい勢い…まだたくさんあるから食べていいよ。」 ちょっとびっくりしたけど、こんなに美味しそうに食べてもらえるなんて、嬉しくてたまらなかった。 私にもまだ、誰かのためにできることがあったんだ、そう思うと安心できた。 白梅「ごちそうさま…美味かった…美味かったのじゃ!白萩、美味かったのじゃ!」 白萩「はい、お粗末さまでした。ふふ、そんなに喜んでもらえたら作ったかいがあったよ。」 白梅「わしも新発見だったのじゃ!長く生きてもまだまだ知らないことがいっぱいあるのじゃ!」 白萩「あはは、白梅ちゃん興奮しすぎだよ~。」 白梅「狐になってからこんなに興奮したのは初めてじゃ!白萩がおいなりさんを作ってきてくれたおかげじゃ!」 白萩「私のおかげ…」 白梅「そうじゃぞ!あんなに美味しいものをくれた白萩はわしの大親友じゃ!」 白萩「もう、物で釣ったみたいじゃない。ふふっ。」 白梅「あははっ。」 二人で笑いあった。神社に響くその声は暖かなものだった。 白萩「日が暮れてきちゃったね~。」 時の流れがこんなに早く感じたのは久しぶりだった。 白梅「そうじゃ、ハギ、ちょっとついてくるのじゃ。」 白萩「白梅ちゃん?どうしたの?」 どこに連れて行くんだろう。 疑問は感じたけど、白梅ちゃんならきっと私が喜ぶところに連れて行ってくれる、そう思った。 神社の脇道から森の獣道へ。 人が通れる程度には草が避けられてある。 きっと白梅ちゃんが度々行き来しているのだろう。 少しすると森を抜け、高台にでた。 白萩「あ…きれい…」 白梅「じゃろう?」 高台から見渡せるのは村の反対側。西の空。 夕日と湖。ふたつの色が混じり合い、きらきらと輝いていた。 村の近くにこんな場所があったなんて知らなかった。 一人で閉じこもってたら、きっと見つけられなかった。 白梅「ハギは大切な友達じゃ。また今日のようにたくさん遊んで、たくさん笑って、この場所で夕日を見ような。」 白萩「もちろんだよ!えへ、白梅ちゃん、これからもよろしくね!」 白梅「うむ!」 またこの場所で会えることを、今はただ、心の底から祈った。 その日は朝から不安しかなかった。 両親も姉も私をあからさまに避け、お祭りの準備にでかけた。 お祭りは明日。もちろん準備はあるだろう。 でもなんか変だ。 誰もいなくなった家の中を見渡した。 こんなに広かったかな。 寒い、寒いよ。 心が震えた。 そして終わりを告げる悪魔がやってきた。 悪魔は私に告げた。 「お前は祭のイケニエだ。」 「お前がイケニエになることで村が救われる。」 「祭は明日。今日は好きにするがいい。」 私の返答を待たずに帰っていった。 イケニエってなんだろう。 わからないけど、ここは寒い。 白梅ちゃんのところに行かなきゃ。 神社に近づくにつれ、冷静になってきた。 冷静になるにつれ、怖くて涙が止まらなくなった。 白梅「ハギ…?どうしたのじゃ?」 白萩「白梅ちゃん…」 白梅ちゃんだけは優しいんだね。 白萩「白梅ちゃん…私…私、イケニエなんだって…」 白梅「イケ、ニエ…」 イケニエと口に出したことで恐怖が襲ってきた。 こんなに現実感ないのに、頭は現実だと理解してしまってる。 白萩「死にたくないよぉ…」 白梅「ハギ…」 死にたくない。 私の人生はなんだったんだろう。 孤独な人生。 支えてくれたお姉ちゃんはもういない。 親友になった白梅ちゃんともお別れになっちゃうのかな。 いやだ、いやだよ… すがりつくように白梅ちゃんを見た。 それは何かを決心した表情に見えた。 白梅「ずっと孤独で、最後はイケニエになる。忌まわしき村の掟じゃ。    こんなこと、許されるハズないのじゃ。    ハギ、わしの昔話を聞いてくれぬか。」 白萩「昔…話…?」 白梅「そうじゃ。わしが人間だった頃の話…もう100年も前じゃ。    わしは一人っ子じゃったが、生まれた頃から親の愛情を受けずに育った。    不憫に思った隣の家のばあやが世話をしてくれての。    この言葉遣いもばあやを真似して覚えたのじゃ。    わしが14になったころ、今と同じように祭をやることになった。」 白萩「おまつり…」 白梅「気づいたようじゃな。    そう、その時のイケニエがわしじゃ。    イケニエに選ばれる家は決まっておるようでの。    わしがイケニエになるとわかっておったから、親は見捨てたのじゃろうな。」 白萩「白梅ちゃんも、私と同じだったってこと…?」 白梅「そうじゃな。」 白萩「そっか…」 白梅ちゃんと気が合ったのは、お互いの悲しみを分かり合えてたからなのかもしれない。 白梅「イケニエとして祀られた時のことは覚えてないのじゃが、気付いたらこの姿で神社に寝ておった。    どうにも村の衆にはわしの姿が見えないようでの、それから100年、自由気ままに生きてきたのじゃ、ははは。」 白萩「白梅ちゃん…でもその100年は、ずっと一人だったんだよね。」 白梅「まぁ、そうともいうのじゃ。ハギやツバキに見えておるのは、イケニエの可能性があるからなのかもしれぬな。」 私の家がイケニエに選ばれる家。 だとしたらイケニエ候補は私とお姉ちゃん。 お姉ちゃんが冷たくなったのは数ヶ月前…そういえばあの日はお姉ちゃんとお父さんが言い争いをしていた気がする。 白萩「お姉ちゃん…そっか、お姉ちゃんが冷たくなったのは私がイケニエだと知ったから…」 白梅「そうじゃろうな。仲が良ければ良いほど、別れもつらいのじゃ。」 白萩「よかった…嫌われたんじゃなかったんだ。」 大好きで優しいお姉ちゃんは、きっとまだいる。 そうわかっただけで少し安心できた。 白梅「ハギには2つの選択肢がある。    このままイケニエになること。    わしのように狐となり、村の誰からも気付いてもらえなくなる。    イケニエの可能性がなくなったツバキからも。」 白萩「お姉ちゃん…。でも白梅ちゃんには見えるんだよね?」 白梅「狐同士なら見えるじゃろうな。    そしてもう一つ。    イケニエの儀式をやめさせることじゃ。」 白萩「やめさせる?そんなことできるの?」 白梅「狐になってから多少じゃが天候を操れるようになっての。    神のフリをして『イケニエをやめろ』と脅せば儀式もなくなるじゃろう。    イケニエでなくなれば、きっとツバキとも仲直りできるのじゃ。」 白萩「お姉ちゃんと仲直り…したいな。でも…」 白梅「でも?」 白萩「白梅ちゃん言ったよね?    村の人に白梅ちゃんの姿は見えない。    見えるのはイケニエの可能性があるからだって。    じゃあ、イケニエの儀式がなくなったら…」 白梅「ハギもツバキもイケニエではなくなる。わしは見えなくなるじゃろうな。」 白萩「そんな…」 白梅「わしはハギには幸せになってほしいのじゃ。    わしのように孤独に生きることはないのじゃ。」 白萩「白梅ちゃん…ありがとう。」 白梅「さあ、時間もあまりない、決めるのじゃ。」 白萩「うん。私はね…」 白椿「白萩!大丈夫!?」 白萩「ちょっとコケただけだよ、大丈夫。」 お祭りが終わった。白梅ちゃんのおかげでイケニエの儀式はなくなった。 呆然と立ち尽くす私をお姉ちゃんは抱きしめてくれた。 たくさん、たくさん謝りながら。 それからいろんな話をした。 イケニエの話。白梅ちゃんの話。夕日が見える西の高台。 お姉ちゃんは泣きながら微笑んで話を聞いてくれた。 今までを埋めるように、今日はあの神社に二人で行くことになっていた。 白椿「白梅さま、か。白萩を助けてくれたお礼したかったな。」 白梅ちゃんは見えなくなったけど、きっとどこかで見守ってくれている。 だからこれ、食べてくれるよね? 白椿「それは?」 白萩「これはね、白梅ちゃんが大好きなおいなりさん!」 秋風は優しく私達をなでていった。