4章 六花のヒミツ  目が覚めると、辺りはもう真っ暗でした。膝枕をしていた彼女は、先刻とはどこか雰囲気が異なるようです。縁側で語られる普段は明るい彼女が抱える、誰にもいえないヒミツ。真実と嘘との鬩ぎ合いに幕を閉じましょう。 (ここから下がセリフです) あ、起きましたね。おはようございます。 いえ……おはようございます、というのは少し変かもしれませんね。 こんばんは。もう夜ですよ。 あなたが私の膝の上で、随分気持ち良さそうに寝るものでしたから、私まで夜ご飯を食べ損ねてしまいました。 もしや、夕食の余りが残っているかもしれません。今から食堂に行ってみますか? 口調がおかしい……ですか? いえ、何もおかしくなどありません。 あなたは、あんなに無防備に私の膝で眠って、心を開いてくださったのですから、こちらも心の内をさらけ出さなければ、無礼というものでしょう? ……ええ、こっちが本来の私です。 中学生の頃は、常にこう……自分でいうのもおかしな話ですが、堅苦しい物言いでしたし、それに誰に対してもある一定の敬意というものを払って日々を過ごしていました。 違和感がある……ですか? それはそうですとも。 本当の私は……他人に受け入れられるような、魅力ある人間ではありませんから。 多くの……少なくとも私の周りにいた人たちは、この真っ直ぐさを受け入れられませんでした。 少し、昔話をしてもいいでしょうか? 私が、今のゆるくて、くだけた振る舞いをするようになる前の話です。 実は、私は中学校の部活でもマネージャーをしていました。 小さい頃から身体が弱くて、体力のなかった私です。 運動ができないからこそ、運動をする人をそばで支えて、友情を、努力を、勝利を……分かち合いたかった。それがマネージャーを志望した理由でした。 マネージャーをするからにはと張り切って、様々なトレーニングの方法を調べたり、運動に最適な料理も研究したり……私は自分が身体を動かせない分、少しでも部員たちの力になれるよう日々努力をしていました。 マネージャーをするのだから、当然、他の人たちもそれが普通なのだと思っていました。 しかし、それは間違っていたのです。 入部して、2ヶ月程で知りました。 部活にマネージャーに来るのは、全員、男目的。 より正確にいうならば、校内で一番人気のあった……つまりモテていた部活の先輩と懇意になるために、マネージャーになった人ばかりでした。 色ボケした実情を知り、私は少し悲しくなりましたが、私は私の信念を貫くだけです。 私の青春は、頑張る誰かを応援し、彼らと共に、その青春の熱を分かち合う……そういうものであると、心に決めていましたから。 信念を貫くと気持ちを固めた矢先…………体育大会が始まる前のことです。 私は他のマネージャーから羨望の眼差しを一点に受ける、その人気の先輩に告白されました。 告白自体は喜ばしいことなのでしょう。私は1年生で、彼は3年生。 まだ出会って2ヶ月ほどであるというのに、告白をするというのは、余程私に信頼を寄せてくれていなければできないことです。 彼の言葉で、それだけ私はマネージャー業を真摯に行うことができた、という自信が生まれました。 しかし、彼の気持ちには答えることができません。 私は部活において、一切恋愛などについて考えていないのですから。 部活は、部活をする場であって、恋愛をする場ではありません。 無事に体育大会は幕を閉じ、先輩たちは部活を引退、共に敗北の悔しさ、別れの淋しさを分かち合った次の週のことです。 ……私以外のマネージャーが全て退部しました。 それもそのはずです。彼女たちの目当ては、マネージャー業ではなく、先輩なのですから。 同時に、クラスの女子生徒から、私は空気扱いをされるようになりました。 こちらも理解したくありませんが、理解できます。 憧れの先輩に告白されるだけでは飽き足らず、それを断ったとなれば、いい顔をされないのは当たり前でしょう。 マネージャーのいなくなった部活を私1人でサポートするのは大変でした。 それはもう、休憩時間などないほどに大変で……そこで、私は気付いてしまったのです。 もし私が、嘘でもあのとき先輩の告白を受けていたら、引退後も少しは部活に顔を出しに来てくれたかもしれません。 もし先輩が部活に来てくれていたら……マネージャーもそれにつられて残ってくれたかもしれません。 …………私は、間違っていたのでしょうか? 先生には、嘘をつくと叱られます。 友人関係でも、嘘をつくと信用を失います。 素直に、純粋に、清廉に、潔白に……真実を話すことは、正しい行いであるはずです。 真実とは、そうあって然るべきなのです。 その正しさを信じ、自分を貫いて、貫いて…………貫いた結果がこれです。 …………私はそれ以来、自分の気持ちを……真実を、口にするのが苦手になってしまいました。 思ってもいない言葉を並べてみたり、気持ちを告げたと思いきやそれを他人が言っているように詐称したり……私の生き方は、私が持っていた信念からは遠く離れたものになっているのです。 ……あなたには、薄々気づかれていたようですが。 ねえ、私の名前、当ててみて。 ……うん。本当に?本当に、今の私は白露六花、その人だと思う? ううん、戸籍上は合ってるよ。 でもこれは、魂の問題。 自分の気持ちに嘘をつき続けている……ううん、自分の気持ちを表に出せない私は本当に私自身だと言えるのかなって話。 私はそう思えないよ。 だって私は、嘘をつくことで自分の心を守ってる。 たとえこの道が間違いだとしても、これは私の失敗じゃない。 私じゃない誰かの言葉が間違っていて、間違っているのは私じゃない。 今の私は、そんな醜い心が生んだ化け物なんだよ。 …………そんなことない? どうして…………そんなこと言うの……! 今の私を肯定されたら、私は……私は……! …………他人からは見えたものが真実になる? そう……だよね。そう……見えてたってことだよね。 私は自分の言葉を偽っているつもりが、いつしか行動まで偽っていたみたいだよ。 これじゃあもう、本当に私はどこにいるのか分からないね………… えっ…………マネージャーを続けているのは、嘘をつききれてない証拠? 確かに、マネージャーがやりたい気持ちに嘘をつくのなら、高校でもマネージャーを続けているのはおかしな話だけど………… ……ううん。きっとそうだ。 私はまだ、私を捨て切れていない。 心のどこかで……まだ希望を持っている…… ねえ……また私、失敗しないかな? 自分の気持ちを表に出して……真っ直ぐな私を表に出して、嫌われたりしないかな。 私、きっと怖いんだよ。 これはもう癖になってる。 自分を突き通そうとすると、自然と、足がすくむの。 …………君が受け入れてくれるの……? 君、その意味分かって言ってる? ……それって、告白だよ? …………そう受け取ってもらって構わないって……ばか…… それじゃあ、素直な気持ちを言うけどね、私は君と付き合うつもりはないよ。 さっきも言ったでしょ? 部活は、部活をする場所なの。 恋愛をする場所じゃないよ。 まして、マネージャーと部員が付き合うなんて、絶対部内の雰囲気がおかしくなる。 そういうのは、絶対に嫌。 そんな曲がったことは、私は認められない。 …………引退したら付き合って……って! どうして君は……そうやって、私の欲しい言葉を知ってるのかな…… うん……とっても……嬉しいよ。 ……ううん。これは私の本心。 だって、君にはまっすぐぶつかってもいいんでしょ? どうしよう……絶対顔、ニヤついてる。 君に顔を見せられないよ…… 涙まで…………出てきちゃった…… もー、君のせいだからね。 女の子を泣かせるなんてサイテー。 でも、こういう泣かせ方は………… 私は良いと思います。 ……はい。そろそろ、戻りましょうか。 あまり待たせると、料理を破棄されてしまうかもしれません。 ……もう、ダメですよ。 私とあたなは懇意の間柄ではあれど、彼氏彼女の関係ではありません。 付き合う前の男女が手を握るのは我が家ではご法度なんです。 うふふっ…………ご理解ありがとうございます。 明日からは、いつも以上にマネージャー業に精を出していこうと思っていますので……どうぞこれからも、よろしくお願いしますね。