ネタバレがございます。 最後まで聞いた後、ご覧いただければ幸いです。 ****  かつて、この魔法国家には国家を護る魔法障壁があった。 魔力のある人間を人柱とし、魔法国家の民を護る仕組みだ。 ――でも、今はもう、存在しない。  魔法障壁が忽然と消えたあの日。 魔王軍と魔法国家との膠着した戦いは、一旦の終止符が打たれた。  圧倒的劣勢だった魔法国家だったが、聖剣を授けられた女王自らが最前線に立ち、 魔物達を次々と切り捨てていったのだ。  氷の女王エンジュ。  笑うことを知らない、美しい守護者。    彼女は魔物にとっては鬼神のように映っただろう。 一日で、幾百もの魔物を斬り殺し。幾千もの魔物を氷漬けにして、砕いた。 無尽蔵の様にも見える彼女の魔力を前に、魔王軍はボロボロになりながら撤退していった。 魔法国家は、氷の女王によって守られたのだ。  そして、英雄となった氷の女王の凱旋から、5年の時間が経過した。 ****  「――楽しかったな。本当に」  女王エンジュは、大切な双子と共に大きなベッドで眠る自らの妹の頭を撫でる。 その横顔はとても優しく、慈愛に満ちていて。 彼女が氷の女王その人だと思う人間は少ないだろう。  エンジュは全ての準備を終えていた。 この5年、全ての時間を準備に費やした。 自分がこの国からいなくなっても、何一つ妹と我が子らが困らないように。  妹の存在を公にし。 その子供達が、天使の後ろ盾を持っている「聖なる子」であると国民に受け入れさせた。 呪われた双子などこの国の迷信であると、国民達に自らの行動をもって見せ続けた。    自分の部下の育成に力を注ぎ、国のために尽くすことができる忠臣達に権限を分配した。 愛しい双子が成人するまで、また成人した後にも力を貸してくれるように、全ての忠臣に願った。  「――私がお前達にしてやれることはここまでだ」  それもこれも。あの日。聖剣を借り受けたあの日に。 天使から与えられた時間は決まっていたのだ。  「お前達が生まれ。本当に、幸せな5年間だった。ありがとう」    エンジュは最後の別れを告げるために、自分の愛する双子の子供の手を握る。 大人より暖かく小さなその手は、無意識に握り返してくる。 留守がちだった自分が、"親"としてできたことはあっただろうか。 まだまだ、成長を見守りたい欲が胸の中に渦巻く。 それでも、契約を違えることはできない。 そもそも、人としての生命は5年前のあの日、本当は終わっていたのだ。  これは――。欠片の時間(ロスタイム)。  「子供達をよろしく頼む」    エンジュは妹の手をそっと握り、頬を重ねる。 こうして、彼女たちは生まれてきた。 でも、先に逝くのはエンジュだけ。  愛しく幸せな幸せな香りが漂う寝室を、音一つ立てずにエンジュは後にする。  「――この世に未練は、これでありませんね」  扉を閉めた先で待っていたのは、どこかの国の王女だった天使だった。 意思を持たないかのような空虚な目をした彼女は、エンジュに問いかける。  「ああ。そのための5年だ。悔いはない」  「この国の保護は約束されています。貴方が天界で戦い続ける限りは」  「その契約で魂を売った。当然だろう。――さて、行こうか。誰かに引き留められると面倒だ」  天国へのドアが開かれる。 これを潜り抜けた先で氷の女王は御遣いとなり、英雄は伝説になるのだ。  「惜しまれるであろう貴方は幸せですね。私も、妹と和解できる未来もあったでしょうか」  「――さぁな。判り合うことだけが、道でもないさ。まぁ、これで同僚だ。よろしく頼む」    天使の導きの中、女王は光溢れる扉の中に消えていった。    しかし、最後、愛した日々を目に焼き付けるためにか。 彼女は一度だけ――。名残惜しそうに振り返ったと言う。 ****  かつて、この魔法国家には国家を護る魔法障壁があった。 魔力のある人間を人柱とし、魔法国家の民を護る仕組みだ。 ――でも、今はもう、存在しない。