※ラストの展開を若干変更する必要がありました ので、こちらが正になります。 ■000 その日からエルは一日に何度も信者たちからの凌辱を受け続けた。 射精を何度も繰り返し、精巣の中が空になっても行為は行われ続ける。 意識はすでに混濁し、まともな思考など一切働かない。流されるままに快楽を享受し、身体は痙攣を繰り返す。 体液の匂いが混ざりあい、異様な熱気と共に複雑な匂いがホールを包み込んでいる。 「うぁぁ……」 荒い呼吸とともに漏れる力ない呻き声を発するエルに、信者たちの狂信的な視線が注がれる。 再び儀式に名を借りた陵辱が始まると思われた刹那、エルの近くにいた信者数名が静かに倒れた。 慌てて近くの信者が駆け寄り、倒れ込んでいる者に声を掛けようとするが、彼らも同じようにその場に倒れる。 何が起こったのか理解できない信者たちは混乱し、慌てふためいた。 冷静な思考ができるなら、ハナコたちに報告に行くところだろう。 それを封じるかのように、どこからか手榴弾に似たボール状の物が投げ込まれる。 乾いた金属音が床からホールに響き渡ると同時に、派手な音をたてて、ボール状のものから煙幕が吹き出た。 視覚を奪う煙幕とは違い、発せられているのは催眠効果を持つガスであるらしい。 バタバタと倒れ込む信者を尻目に、どこから侵入したのか、ボディラインを強調したステルススーツに身を包んだ人物がエルの身体を抱き上げる。 「………………」 エルの状態に何を思ったのか、その人物は無言で少し動きを止めたが、首を左右に振ると、跳躍してその場から姿を消した。 ■001 「人類は粛清されなければならない」 政治的に人類よりも優位に立ったエルフたちの中から、このような過激思想が生まれたのには理由がある。 もともと人類とエルフは互いを尊重し、共存の関係にあった。 エルフという名も彼らの特性から人類が便宜上つけたもので、Eternal Life Flock<永遠の命の群れ>の略称である。 長きにわたりこの二種族はお互いに協力しあい、それぞれの文化を理解し、尊重しあっていた。 それが崩れたのはいつからだろうか。 人類は高度な機械文明を発達させ、己の繁栄ばかりを追って、エルフたちの住む自然界を侵食。破壊し出した。 そればかりか現地に住むエルフたちを徴用し、リゾート開発や資源発掘に投入していった。 給金などはほぼなく、労働の過酷さは言語を絶するほどで、多くのエルフが傷つき、死んだ。 このままでは世界は崩壊する。 危機感を募らせたエルフたちは政治分野に進出。 人類の環境保護団体などをも取り込み、その勢力を拡大。今では統一政府の主導権を握るまで至った。 人類による自然破壊もこれで収まるだろうと安堵するエルフたちの一部から、先述した過激思想が生まれるのも、これまで人類が世界に、エルフたちに行った暴虐の限りを考えれば理解できなくもない話だろう。 しかし、人類もただ黙ってエルフたちの政策に従っているわけではなかった。 主導権を握られ、野党に成り下がったとしても、民間企業等への影響力はまだ保持している。 それまでの利権が潰えたわけでもなく、まだ逆転の目はあると、その機会を虎視眈々と狙っていた。 彼らは評議会を結成し、表立っては人類とエルフの共存を議論しあいながら、裏ではエルフたちの動向を非合法の調査組織に命じて探っていた。 無論、逆転の目を掴むためである。 エルフたちには大きく2つの謎があった。 彼らは一柱の女神を信仰しており、その神に祈れば争いのない平和な世界になると信じている。 また、エルフが政権を握ってから設立された技術研究所は、人類が構築したナノテクノロジーをベースに、医薬品をはじめとする様々な研究を行っているらしい。 この二つの施設に関しては、人類にとって謎に包まれている部分も多く、評議会側としてはなんとしてもその情報を掴んでおきたいものであった。 その情報をつまびらかにし、対応策を練ることができれば、それを足掛かりにエルフたちの不正を断罪し、政権を奪取できるのかもしれない。 評議会が非合法の調査組織を抱え、運用している理由はそこにある。 「世界は人類のものであり、土人であるエルフに世界をリードする資格はない」 人類とエルフの確執は密かにではあるが確実に深まっていた。 ■002 「………………」 いつもなら興奮するはずのヒーローのニュースを見ながら、エルはため息をついていた。 ここは調査組織のとあるエレベーター。 表立っては信用格付け会社として登記されているが、その実、評議会から依頼を受けて様々な事柄について調査する組織である。 彼はその調査員である。 ヒーローというのは警察などでは対処しきれない事件などを、その能力を駆使して解決する者の総称であり、政府に認定されたものがその総称を使うことが許される。 エルはそのヒーローという存在に憧れていた。 ヒーローとして認められるには、年間を通じて行われる査定をクリアすることで、これについてはあらかじめ登録する必要はない。 事件解決に協力したものは、謝礼金と共に市民IDを記録される。 その中から重要度や登録回数などに応じてヒーローとして認定されるのである。 ヒーローに憧れているだけあって、エルも幾度か事件解決に協力したが、腕力などでは返り討ちにされることもあり、警察内部の評判はそれほど高くない。 それでもデータ上では残るため、そんな彼でもヒーローに選出される可能性は残されている。 「ヒーロー……かぁ」 ヒーローに憧れていた気持ちを利用されてあんな被害を受けてしまったエルは、それまでの自分の思いが本当に信念に基づくものだったのか、それともただの憧れで、ミーハー的な軽いものだったのかを自問自答していた。 「あら、おはようございます」 立て続けにため息をついているエルに微笑みかけながら、一人の女性がエレベーターに入ってきた。 彼女の名はエリーゼ。 調査組織の所長秘書をしている。 目的の階のボタンを押すと、エリーゼはエルの横に立った。 「またヒーローのニュースですか?」 彼のヒーローへの憧れは、調査組織の全体に知れ渡っている。 調査組織の人間が目立つことは本来ご法度だが、表向き信用調査会社を装っているために、世間では特に問題になったりはしていない。 無論組織内でも同じように受け取られているが、中には彼の無神経な行動を個人的に問題視しているものもいる。 エリーゼは彼の行動そのものに対しては特に何の感情も抱いていない。 業務外の個人の事に関してはとやかく言うような性格ではないのだ。 「まぁね……」 落ち込んだような口調でエリーゼに返答をする。と同時に、空いている右手がエリーゼの背後に伸びた。 「あ、あの……なにか理由をつけてお尻を触るの、止めていただけません?」 エルのいやらしい指の動きに顔をしかめながら、エリーゼがエルに苦言を呈する。 「だって、落ち込んでるんだもん……癒されたい」 スカートの上からではあるが、彼女の感触を楽しむようにエルの手が弧を描く。 その手首を掴みお尻から離すと、エリーゼは困惑した表情でエルを凝視した。 「もう……あまりセクハラしてると神様に怒られますよ?」 「神様って……エリーゼ、例の宗教の信者だったっけ?」 エルフが信仰している女神像を思い浮かべながらエルが問う。 「信者ではないですけど……彼らの教義には賛同する部分もありました」 「賛同ねぇ……」 エルフたちの宗教団体が掲げている教義は多岐にわたるが、もっともシンプルなものは神に祈れば世界に平和と安寧が訪れるというものだろう。 それがエルフと人類の共存に繋がるというものらしいが、どうやらエリーゼはその教義に理解を示していたようだった。 エル以外の相手にも、神に怒られますよ?と言葉を使っているのを見たことがある。 さすがに神を出されてなおもセクハラを続けられるほど、エルも無神経ではないし、なにより、興を削がれてやる気にならない。 「とはいえ、報告があったのが事実であれば……それも考え直さないといけないとは思います……いくら法が正しくても、それを信奉している信者が間違った行動をしているのであれば、その法は間違っていると解釈しなければなりませんしね」 「まぁねぇ……もっとも信用して流された俺にも責任はあるんだが……」 「被害者に責任を求めていては、加害者の罪の意識を薄れさせてしまいますよ」 エルの返しにエリーゼが絶句したとき、ベルの音が響き、エレベーターのドアがあいた。 開いていくドアに吸い込まれていくようにエリーゼは歩き出す。しかし、数歩歩いたところで立ち止まり、ドアに手を掛けて、エルへと振り向いた。 「そうそう。言い忘れていました。姉さ……いえ、所長がお呼びでしたよ」 「マリーが?」 「一応組織内ですので、役職名でお願いします。伝えましたからね」 呆れたようにため息をつくと、エリーゼはエレベーターを降りた。 「はて、マリーの用ってなんだろうな?」 特にこれといって見当がつかないエルは腕組みをして小首を傾げた。 ■003 エレベーターを降り、管理システムに入室コードを打ち込んでゲートを通過すると、エルは所長室の前で一息ついた。 不安や緊張の色は見て取れない。 職務に対して厳しいことで知られる所長の部屋を前にしても普段と変わらない態度でいられるのは、所長の妹であるエリーゼとこのエルだけである。 「入りますよーっと」 気の抜けた声をあげながら、エルは所長室に入室する。 眼前の席では所長であるマリーが忙しそうにタブレットを操作している。 エルの入室に気づいたのか、マリーは仕事の手を止め、彼に目を向けた。 「おはよう。昨日はよく眠れて?」 「そこそこだな……むしろある意味人肌が恋しかったりしたけど」 「あら、あんなことがあったのに?」 「あんなことがあったこそだからだよ……俺たち付き合ってるんだし、マリーが添い寝して、嫌な記憶を上書きしてくれたらよかったのに」 「そういうわけにはいかないの。あなたの寮のあるこの施設内では特にね。要らぬ噂は他のスタッフの士気に関わるわ」 マリーは苦笑しながらそういうと、表情を戻した。 「報告は受けたわ。散々な目にあったようね」 「お、おぅ……」 輪姦されたことを思い出し、エルは背筋を震わせた。 「貴方への聴取は、状況が状況だけに権限で止めたけど……私には話してくれるわよね?」 「あ、あぁ……」 他ならぬマリーの頼みだ。 エルはヒーロースーツ試着会で受けた被害の全てをマリーに打ち明けた。 彼の話が進むにつれ、マリーは眉をひそめ、沈痛な面持ちを浮かべる。 「そう……そこまで……」 救出時の報告を受けていたので、ある程度状況を予測出来てはいたが、エルの報告はマリーの想像を超えていた。 表情を変えないまま、机上のタブレットを起動し、医療班からのレポートを開く。 投与されたという薬品もすでに体内に吸収されたのか、それとも老廃物と共に大概に排出されたのか、その成分データは補足できないでいる。 そういう状況下でもバイタルデータに異常はない。 データ上で考えれば、以前と変わらず仕事を割り振っても問題はないが、精神的な被害はデータに現れない。 マリーはこめかみに手を当てながら、静かに息を吐いた。 「貴方の処遇を考えると、しばらく現場から離れてもらって、臨床心理士のカウンセリングを受けてもらうのが一番でしょうね」 「ちょっと待ってくれ。そういう気づかいはいらない」 マリーの提言を、エルは手を振りながら拒否する。苦笑しているが、無理をしているようには見えない。 どうやら本気で拒否しているように、マリーの目には映った。 「むしろ、仕事を入れてくれ。現場から外されて閑職に回されても、あの時のことを余計に考えちまう。むしろ、仕事をパンパンに詰めてもらった方が余計なことを考えずに済むからな」 「そうは言うけれど…」 体調面では問題はない。精神面のケアは必要だと思うのだが、それすらもエルは拒否している。 割り当てられる仕事はあるにはあるが、これを彼に担当させるには、マリーは若干の懸念を覚えた。 なにしろ危険を伴う仕事である。 見た目、説明しているときの状態から考えて、エルの様子は以前とさほど変わりが無いように見えるが、何をきっかけにしてフラッシュバックが発症するのか、専門家ではないマリーには想像がつかなかった。 「貴方は自覚がないかもしれないけど、私が見たところ、貴方の精神は傷ついてひび割れがあちこちに入っている状況よ? それでも仕事をするつもり?」 「何度も言わせるなって。大丈夫だよ」 いつもと同じような、得意げな表情でエルが返答する。 こういう態度を見せる時、彼は決して引かない。むしろ、意固地になって屁理屈を繰り返し、マリーを困らせるのがこれまでのパターンだ。 「そう言い始めると、私の言うことを聞かなくなるのが貴方なのよね」 マリーはため息をつくと、引き出しから封書を取り出した。 「次に予定していた仕事はこれよ」 マリーら封書を受け取り、エルは中の資料を取り出す。 「……女学院……潜入調査?」 「エルフたちが通う女学院で不正経理が行われているようなの。脱税についてもそうだけど、その資金がどこに流れているのかの調査依頼ね」 「潜入はいいけど、どうするんだ?」 「貴方には偽造IDで教育実習生として女学院に赴任してもらいます。それ以降の調査方法はあなたに一任します。帳簿を押収して資金の流れを解明することが今回の仕事ね」 「ふむ……二重帳簿がデフォだろうから、両方の帳簿が必要かな?」 「そうね。あとは寄付金のリストとか領収書とか、ともかく経理関係の書類はなるべく押収してほしいわね。経理用パソコンに入っているデータをUSBメモリに保存するのも忘れずに」 「エルフの学校だから、政府や捜査機関が動かない……だからこっちにお鉢が回ってきたってことか?」 「そうなるわね。行けそう?」 マリーの問いかけに、エルは得意げな笑みを浮かべた。 「問題ない。任せとけ」 「そう。調査班が下調べしたデータはその中に入っているわ。潜入調査開始は二日後。それまでにデータの確認と体調を整えておいて」 「ああ」 いつも通り軽い返事を残して退出するエルの背中を、マリーは神妙な面持ちで見つめていた。 ■004 封筒に目をやりながら所長室を退室した直後、前方からきた強い衝撃にエルは体勢を崩して尻餅をついた。 「いったー……」 「もう、なによそ見してるのよ……」 呆れたように手を差しのべてきたのは、エルの同僚のリリーだった。 「お、おう、わりぃ…じゃあな」 手を借りて起き上がると、エルはぶっきらぼうに背中を向ける。 「ん? なに? この封筒……」 所長から渡された封筒をリリーが拾い上げ、その中の書類をみる。 「女学院……?」 「こら、返せ」 不思議がるリリーの手から封筒を取り返すと、エルはリリーを見ることなく踵を返した。 出会った頃は素性もわからなかったのもあるのか、エルはリリーもセクハラの対象として扱っていた。 しかし、このリリーという女性、運動能力は組織内でもずば抜けており、セクハラしようとするエルを何度も投げ飛ばしている。 加えて性格も思慮に欠けるところがあり、相手の懐に遠慮なく入ってはズバズバ物を言うところから、彼女に対してエルは苦手意識を持っていた。 「女学院ってことは…あの仕事を受けたの?」 背後からの質問に、エルはため息をついた。完全に興味を持たれている。下手に誤魔化したりぶっきらぼうな態度を示すと逆に厄介だ。 「なんだ、知ってるのか」 「そりゃあ、どんな仕事を誰が受けたかっていうデータは、私の部署に来るし」 リリーが配属されているのは特務部隊。誰がどの仕事に携わっているかのデータはすべて彼女の部署に送られる。 現在待機中の依頼データも送られているから、リリーはこの調査会社のすべての仕事を把握しているといっても過言ではない。 「なら、俺から言わなくても状況は知ってるよな」 例え組織が受けた仕事とはいえ、施設内でその内容に触れる事は少ない。 どこで誰が聞いているのかわからないし、盗聴されている危険もあるからだ。 すでにリリーは依頼内容を知っている。それであれば、この場で長々と話すこともない。 エルはリリーに手を振ると歩みを早めた。 「ふむー……でもエル君の身体がおかしな事になってたのに、大丈夫なのかなぁ……」 リリーの発言に驚いたようにエルは振り向いた。 「な、ななな…お前今なんて……」 「あ、いけない。禁則事項だ。口外しちゃいけないんだった。今の無しで」 「吐いた言葉は呑み込めないんだよ!」 「ま、まあまあ、どうどう」 迫り来るエルを落ち着かせるように、制止しながらもリリーは苦笑した。 何を隠そう、捕らえられていたエルを救出したのはリリーを含む特務部隊であり、実際に突入を敢行したのは彼女である。 エルの身体の事情を知っているのは、そのためだった。 「所長とエリーゼさんとエル君以外には言わないから、うん」 「信用できないなぁ……今しがたポロっとしたばかりだし」 「大丈夫、大丈夫。もしポロっとしたらなんでもしてあげるからさ」 「女の子が気安くなんでもしてあげるとか言ってはいけません」 (本当に大丈夫か、こいつ……) ただでさえ不安な上に、不発弾をくくりつけられたような心境で、エルはため息をついた。 「お、エル君。ちょいタイム」 リリーはそういうと、不審そうな目を向けるエルの首襟に手を伸ばした。 「ゴミついてたよ」 「お、おう、サンキュー……」 「身だしなみは大事だからねー。女学院に行くなら、関係者に要らない警戒心とか不快感とか持たれないようにしないとダメだし」 「ああ、わかってる。じゃあな」 これ以上リリーと話をしていて誰かが通りかかったら、変な話が広まるかもしれない。 辺りに人の気配がないのを確認すると、エルはリリーに背を向けた。