この任務遂行には、細心の注意が必要だ。  静かに、音を立てずに、とにかくバレないように……。  今ならいけるか?  俺はむくりと体を起こして、隣で眠る彼女の様子を窺った。  時刻は午前五時。まだ部屋の中は薄暗くて、彼女の健やかな寝息が響くだけの静かなものだ。そのあどけない寝顔をしばらく眺めてから、俺は静かに息を吐き出した。  なんか最近ますますかわいくなってないか!?  長いまつげ、なめらかな肌、つやつやした髪。起きている時もかわいいけれど、寝顔も最高だ。まるで導かれるように彼女の唇に顔を寄せて……ハッと我に返った。  いつもならこのままキスするところだけど、今日はだめだ。起こしたらまずい。  こうして早起きしているのは目的があるのだから。  俺はスウェットのポケットを探って、ベルベット素材の小さな巾着を取り出した。中にあるのは、彼女の誕生石がちょこんとのった指輪だ。この間二人で一緒に見に行ったもので、その時は「いつか……」なんて話をしていただけだったけれど。  頼む、寝ててくれ。    俺は息を潜めて彼女の左手をとった。一瞬ぴくりと動いたけれど、彼女が起きるそぶりはない。  うん、いけそう。今だ!  俺は指輪をそっと彼女の左手薬指にはめていった。予想以上にスムーズにできて、ほっそりした指に華奢な指輪がすごく似合っている。お店で試しにつけた時の感動が蘇って、思わず声が出そうになった。  よし、成功。  これで朝になって彼女が左手の指輪に気づいた時、どんな反応をしてくれるだろう。    まず最初は驚くだろうな。その後は喜んでくれるかな。キスの一つでもしてくれたらめっちゃ嬉しいんだけど。……いやでもワンチャン気づかない可能性もあるか? まあそれはさすがにないよな……?  そんなことをつらつらと考えつつ、ひとまずもう少し寝ようと体勢を変えようとして── 俺は気づいてしまった。  彼女の口元が震えている。 「……あ」  これは起きてる。絶対に、起きてる。  思わず声が出てしまった。それを合図にしたようにして、彼女がうっすらと目を開く。バツが悪そうな顔を見た瞬間、頬にカッと熱が集まった。 「うわ、やっぱり……! いつから!?」  サプライズ失敗。なんてことだ。細心の注意を払ったのに。 「んー……友哉くんが起き上がったくらいからかなぁ。なんかもぞもぞしてるなって……」 「最初からじゃん!」 「ごめん、気づかないふりしようと思ったんだけど……」 「いや、そんなんしなくていいよ。まじかー……完璧って思ったんだけどなぁ」  かなりそっと静かにやったつもりだったのに気づかれたってことは、彼女はそういう些細な物音とか動きに敏感なのかもしれない。    もしかして、いつもこっそりキスしてるのもバレてる……?    ひやり、というか、どきりとしたけれど、まあもういいや。バレたらバレたで堂々とすればいいだけだし。俺はなかば無理やり気持ちを切り替えて、今度は堂々と彼女の手をとった。 「ほら、こないだ一緒に見た指輪さ、俺もすっごい気に入ったから。お前につけてもらいたいなーって思ったんだよね。ちょうど記念日だし」  ずっと好きだった子が彼女になってくれた一年前の今日。  結構時間がたっているはずなのに、いまだにどこか新鮮な気持ちが残っている。一緒にいればいるほど好きになって、離したくなくて。  だから、そろそろ形が欲しくなった。  彼女は俺のものって、もっとちゃんと見せびらかしたくて。 「ん、そうだね。……すごく嬉しい」  彼女が眩しそうに指輪を見て微笑むから、俺は後悔した。やっぱり普通に昼間渡せば良かった。こんな薄暗い部屋の中じゃなくて、明るいところでその顔を見たかった。  悔し紛れに彼女の肩を引き寄せる。 「これからもずっと一緒にいような。……好きだよ」  ぐっと力をこめると、彼女も同じだけの力で抱きかえしてくれる。こういう時が一番、彼女を自分の恋人だと思う瞬間かもしれない。一方通行じゃないって、なんて幸せなことなんだろう。 「わたしも好き」  彼女はそう言うと、俺の首筋にキスをした。多分、今の体勢で届く精一杯のところだったんだろう。    やばい、幸せすぎる。  もうこれ以上我慢できそうにない。  俺も彼女にキスをした。お返しというにはちょっと……いや、かなり濃厚なやつ。  でも許してほしい。全部彼女がかわいいのがいけないんだから。   (了)