もっと嫌な顔をした奴だと思ってた。  人を見下すような性格がにじむような、いやらしい顔の男だと思っていたのに。    ある土曜日の午後。駅前の待ち合わせ場所にあらわれたのは、想像とは全然ちがう男だった。すっきりした顔立ちで、なんていうんだろう、こういう上司がいたらめちゃくちゃ人気あるだろうなっていう感じ。白いシャツが途方に暮れるくらいに似合ってる。    その男──彼女の元カレは、一緒にいる俺を見て驚く顔も見せずに微笑んだ。   「へぇ、新しい彼氏できたんだ」 「……どうも、宇野です」    自分でも思った以上に低い声が出た。不機嫌な時のやつだ。きっと今、目つきも悪いと思う。  でも元カレは俺のそんなリアクションも織り込み済みなのか、表情を変えることなく彼女に向き直ると「はい、これ」と目的のものを渡した。    銀色に鈍く光るもの──彼女の部屋の合鍵だ。   「ありがとう」    そう言う彼女の声はかたくて、少しだけ胸のざわつきが抑えられる。彼女にとってこの男はもう『他人』。それが声音にあらわれていたから。    彼女が合鍵をバッグのポケットにしまうのを見届けてから、元カレは「じゃあね、お幸せに」とひどくあっさりと去って行った。その後ろ姿は颯爽としていて、俺に対しての嫉妬も、彼女に対しての未練の色も、なにもなかった。本当に、なにも。   「……あの、付き合ってくれてありがと」    いつまでも元カレの消えた先をにらみつけている俺の腕に、そっと彼女の指先が触れた。見ると、柔らかな微笑みを浮かべて「多分ひとりだと、いつまでも返してって言えなかったと思うんだ」とうなずいてくれる。   「友哉くんが一緒にいてくれて本当によかった」 「……ったりまえだろ。俺のことなんだと思ってるんだよー! 彼氏だぞ、いわばお前にとってのトップオブ男子!」    わざと明るく言えば、彼女は噴き出した。その楽しそうな明るい笑顔に合わせるように俺も笑って、すっと柔らかい頬に触れる。くすぐったそうにはにかむ表情はいつもと一緒、かわいすぎる俺の彼女。    そうだよ、今お前の隣にいるのは俺。お前の気持ちが向いてるのも俺だし、全部見せてくれるのも俺にだけ。    でもさ、昔はお前の隣にはあの男がいたんだな。  それを想像すると、ひどく胃がムカムカした。なまじ元カレと並んだ姿を想像して似合っていると思ってしまったのがいけない。自分の中に鉛が落ちたような重たい気持ちになる。    ──過去も全部、俺のものにできたらいいのに。  浮かんだ気持ちは、自分でも驚くほど深い嫉妬だった。     ***      この柔らかい唇も、胸も、体のすみずみまで。   「全部、俺のもの……」    思わずもれた声に、彼女は気づかなかったようだった。  さっきからひっきりなしに俺がせめているから、彼女の意識は快感に全振りしているんだろう。    あの後食事をしてから俺の部屋に帰ってきて、すぐにベッドへと直行した。シャワーを浴びたがる彼女の口をふさいで、そのまま着ていたもの全部とっぱらって。    自分でもわかる。やばい。俺、めちゃくちゃがっついてる。  でもだからって止めることもできない。    つんととがった胸の先をこすれば「あんっ」と高い声が抜けていく。そのまま口にくわえて舌でなぶれば、彼女は全身を震わせて嬌声をあげた。   「とっ……友哉くんっ……」    か細い声に顔をあげれば、真っ赤になって目をうるませた彼女と目が合う。  普段ならとっくに彼女をイカせて、自分をねじこんでいる頃合いなのに、いつまでもそれをしないからか、眉が下がっていた。   「……なーに?」    わざともったいつけて、乳首に舌を這わせながら聞いてやる。彼女はまだピクリと小さく痙攣して、いやいやをするように首を横に振った。   「も……だめ……」 「だめ?」 「あっ……だってっ……今日なんかっ……へん……」 「へん?」    オウム返しを繰り返して、そのたびに乳首をチュッと吸い上げる。がくがくと腰を震わせる彼女を慰めるように、唐突に中指を蜜壺に突き立てた。思った通りそこはぐずぐずに蕩けていて、俺の指を大歓迎とでも言いたげに締め付ける。彼女の悲鳴にも似た喘ぎ声が響いて、無意識のうちに口元がゆるんだ。   「確かにへんかも……だって、すっごい溢れてる」 「あ、あ……だって……友哉くんが……」 「俺が?」    指を増やして、ぐっと奥へと押し込むようにすると、彼女は「ひゃあっ」と俺にしがみついてきた。その内側をこするようにするたびに、奥へと誘われるようにナカがうねる。   「じっ……焦らすから……」 「ぶはっ……わかってんじゃん」    指をくの字にして引っ掻いてみれば「ああんっ……だからぁっ……」とどんどん声に余裕がなくなっていく。ぎゅっと目をつぶって快感に押し流されている彼女の耳に、そっと口付けた。   「じゃあ言って」    ひゅっと彼女が息を飲む音がする。   「イカせてください、でもいいし、俺のをください、でもいいよ。お前の好きな方、言ってみて」 「ばっ……ばかっ……」 「あ、名前呼んでからね。エッチの時お前が俺の名前呼ぶの、好きなんだ」 「友哉くんっ……」 「そう。……それから?」    淫らな水音とともに指を抜いて、そっと近くの花芽に触れる。最初は羽のように柔らかく、声のトーンが変わってきたら少し強めにつぶしてやって。   「あっ……もっ……イっちゃう……」 「じゃあだめ」    ぴたりと指を止めると、彼女は俺を咎めるように艶めいた息をもらした。  自己申告なんてしなきゃいいのに、素直なんだから。そういうところがたまらなく好きで、だからこそ湧き上がる独占欲に俺自身も流されそうだ。   「ほら、名前呼ぶとこから、もっかいね」    そっとあわいの輪郭をなぞると「ばかぁ……」と震える声がする。そういうところも本当にかわいい。全部かわいい。   「ほら、早く……俺も待ってるんだから」 「んんっ……と、友哉くんがっ……欲しい……です」 「──了解」    指にまとわりつく蜜を舐めて、俺は自分の屹立を彼女の入口に当てた。ゆるゆると溝にそわせてから、ぐっと力を込めて彼女を押し開いていく。彼女の狭い隘路にあふれる愛液が俺自身を捕まえて受け止めてくれて──。   「……はぁ」    一度奥まで突き入れて、俺も息をもらした。見ると彼女の目尻には涙の粒がうかび、俺をじっと見つめていた。その顔がなんだか不安そうで、胸をつかれる。    そんな顔すんなって。別に大丈夫だって、いつもと一緒。ただ俺がお前のことを、どうしようもなく好きなだけ。  ──そう、過去にも嫉妬するくらいに。    いつもみたいに明るく好きだと言いたかった。でも今日はなんだか言えそうになくて。  代わりに唇を奪った。    繋がった部分が一度痙攣して、俺を締め付ける。  あー……俺も今日はさっさとイっちゃいそうだ。焦らしすぎた。    彼女の口の中に舌をいれて絡めながら、抽送を始める。最初から強めに打ち付けたらもう止まらなかった。キスを続けたかったけれどそれどころじゃなくて、いつのまにか俺も呼吸を荒げて彼女に自分をきざみつける。   「呼んで……ほら、言って……お前の中にいるのは誰?」 「あっ……あ、友哉くんっ……」 「もっと」 「友哉くんっ……きゃっ……待って、はやいっ……!」    もっと俺を呼んで。俺だけだって言って。  あいつじゃなくて、俺が欲しいって──。  熱に浮かされたように腰を打ち付けながら、俺はそればかり願っていた。     ***     「……やってしまった……」    暴走した自覚はある。大いにある。  あの後、二回戦……三回戦までやってしまった。彼女の声はもう最後はかすれていたけれど、それでも名前を呼ばせて……。    彼女の穏やかな寝息を聞きながら、俺は両手で顔を覆った。力尽きたように眠っている彼女の寝顔をちらりと見やると、むくむくと罪悪感があふれだす。   「……ごめん、ちょっと激しくしすぎた、かも。……多分、俺、お前の元カレが思った以上にいい男だったから焦ったんだ」    俺、まだ合鍵もらえてねえし。  あまりに情けない言葉は、吐息とともに吐き出した。    もうわかっている。嫉妬の原因は『合鍵』だ。俺はまだ彼女の部屋の合鍵を持ってない。行ったことはあるけど、そんな話出たこともない。   「なーんか、あの元カレに負けてる気がして……ほんと、ごめん」    明日の朝になったらちゃんと謝ろう。それで次にエッチする時はもうこれ以上ないくらい優しくするって約束して……そうしたら許してもらえるだろうか。  はぁと重たいため息をついていると「……ばか」と小さく声がした。   「うげっ……起きてたのかよ!」 「大きな独り言だったんだもん……」    ゆっくりと彼女は目をあけると、はにかむように微笑んだ。   「あのね、私も同じだよ」 「は? え? 何が?」 「友哉くんに合鍵もらってほしいって思ってたけど……まだ付き合ってそんな時間たってないし、重いかなって……」 「んなわけねーし!」    焦って言うと、彼女は嬉しそうにうなずいた。   「今度新しい合鍵作るから、そしたらもらってくれる?」と重ねて聞かれて「当たり前だろ!」と遠吠えみたいに叫ぶ。今度は彼女が声をあげて噴き出した。   「よかった、すぐに作るね。……あと」    彼女が一旦言葉を止めて、俺を手招きする。なんだと顔を近づけると、そっと耳元に彼女の唇が寄せられた。   「たまには、さっきみたいに……したいかも」 「ぐっ……お前、それ反則……」    俺は妙なうめき声をもらして彼女を抱きしめた。  さっきまでのどろどろした嫉妬は、呆れるくらいにさっぱりと消えていた。  残っているのは、彼女を想う気持ちだけ。   「そんなこと言ったら、調子乗るからな?」 「いいよ、友哉くんなら」 「あーもう、ほんっと……」    真夜中でよかった。本当によかった。  だって今、耳まで真っ赤になってるのが自分でもわかる。これ以上何を言っても好きだしか言えなくなりそうで、俺は抱きしめる腕に力をこめた。