第4章 涼菜のヒミツ 膝の上で虚ろな目をする貴方に、彼女は独り言のように小さい頃の夢を語り出します。彼女のヒミツを知った貴方は、彼女を救うことができるのでしょうか。縁側で語られる一夜の物語の終結。 おや? まだ……眠れませんか? 膝枕されて眠れるわけないって…………もう………… 涼菜のお膝、そんなに良かったですか? ふふっ。正直に頷いちゃって……可愛い。 涼菜の方が可愛いって…………何度も言わないでくださいよ〜 照れてしまいますから。 …………どうしてこの仕事をしているか、ですか? ええっと、私がこの旅館の清掃員をしていてはおかしいことでもあったでしょうか? 清掃服が似合わないってことはないと思うんですけど…………って貴方にはバレてしまいましたか。 ……そうです。涼菜はこう見えても、頭は悪くないです。 大学もそれなりにいいところを出ていますし、その時の成績も全然悪くありませんでしたね。 勉強とは違うかもしれませんが、円周率だって結構な桁数覚えてたりするんですよ? さっきの羊数え、実は円周率で数えていたのに気づきましたか? …………頑張って勉強して、いい大学に入って、真面目に勉強したんです。 それだったら、もっと別の働き口があったのではないか、という話ですよね……? わかります。涼菜も……とても悩みましたから。 それでも…………涼菜にはこの仕事が一番だと思ったんです。 だって、涼菜は…………臆病で、弱虫で…………それでも人と関わりたかったから…… …………涼菜、人の名前が覚えられないんです。 小さい頃からずっとそうなんです。 友達以外、名前はまともに覚えられた試しはありませんし、夏休みが終わった後には友達の名前までおぼつかなくなって…………ふとしたときに自分の名前を忘れかけたこともありました。 涼菜はこんなにも人と関わりたいのに、こんなにも人との縁を渇望しているというのに……涼菜は人と関わる資格がない。 だから、人の名前が覚えられなくとも、人との関わりを持てるこの仕事を……涼菜は選んだんです。 ……ごめんなさい。涼菜は貴方に嘘をついていました。 貴方に自己紹介しないでいいと言ったのは、そういうわけなんです。 名前を教えてもらっても、覚えていられる自信がないから、最初から聞かなければいいという……涼菜なりの処世術です。 …………今からでも遅くないって……もう遅いですよ。 涼菜の人生はもう決まってしまいました。 涼菜自身が決めてしまったんです。 …………お酒をやめたら少し記憶力が良くなるかもって…………あはは……面白いことを言いますね。 涼菜のことを考えてくれるのは嬉しいですけど、それは意味がなさそうですね。 ごめんなさい。もう一つ嘘をついていました。涼菜、お酒すっごく強いんです。 どれだけ飲んでも一度だって酔ったことはありません。 今だって、素面みたいなものですよ。だから辛いんです。 涼菜が人を忘れてしまうのをお酒のせいにできたらどれだけ幸せだったでしょうね。 …………あっ、ごめんなさい……これは……泣いてなんか…………ひゃっ! …………急に抱きしめるなんて……ズルいですよ。 こんなことされたら、もっと辛くなってしまいます。 ……明日、目が覚めて…………見上げると貴方がいて。 そこで思うんです…………『この人は誰だっけ?』 こんな悲しい話がありますか? 涼菜がいくら貴方を想おうとも、それとこれとは別なんです。 忘れたくない……忘れたくないです! 貴方を……忘れたくない…… ずっと側にいる……? あはは…………嘘だとしても、とても嬉しいです。 涼菜と貴方は、清掃員とお客様。 今日が終われば、涼菜はここに残り、貴方はここを去ります。 それは、変えることができません。 ……もう、夜も深くなってきました。 ……今夜はせめて……一緒に寝てくれませんか? 貴方の胸の温もりを感じながら、眠りにつきたいんです。 …………はい。ありがとうございます。 こうやって貴方に覆いかぶさると……とてもドキドキして……胸が苦しいです。 そうだ…………んっ……ごくっ……はぁ…… これはおまじないです。 貴方が涼菜のことを忘れますようにって。 やっぱり最後はお酒の力に頼ってしまうのですよね。 もし、目が覚めて貴方が涼菜のことを覚えていたら、またこの旅館に泊まりに来てください。 きっと……涼菜は今夜のことを少しは覚えていると思いますから。 名前の知らない、想い人がいたということを………… ……最後に、貴方の名前を教えてください。 …………いいじゃないですか。聞いても、覚えていないですよ。 …………はい。確かに聞き届けました。とても良い名前ですね。 聞くだけで、胸の奥が温かくなります。 夜は寒いですからね。もっと抱き締めて、涼菜を温めてください。 んっ…………ありがとうございます。……貴方をとても側に感じて、心地ががいいです。 今日は、気持ちよく寝られそうです。 それでは…………おやすみなさい…………