夫は妻を愛している 追加 特典SS 【君の選択】  僕の仕事は出張が多い。  次の出張は以前に行ったことのある場所。仕事があるのは一日だけ。でもそれでとんぼ返りするのはもったいないかな。  そのまま休日に突入するから、じゃあ、せっかくなら、続けてプライベートで旅をするのもありだろう。  離れてるときだって、僕は君のことをたくさん考えてる。  出張先でもちゃんと、情報収集してたんだから。君と一緒に過ごすときのために。  君とあの景色を眺めたい。喜んでくれるといいな。  食事はあのレストランにしよう。雰囲気がとてもよかったし。  ああ、でも、ホテルは変更。味気ないビジネスホテルじゃなくて、ふたりの時間を楽しめるところを選ぼう。  よし、と、僕は決意して、君に提案する。 「今度の出張、一緒に行く?」  君はすぐさま目を輝かせて、行く! と返事してくれる。  ほんとに、とても、うれしそうで。僕はそれで、安心する。  もし一瞬でも。返事をためらわれたら。  だって、それは、つまり。  僕がいない間は、君は実家に行って。お義兄さんに、会えるから。  だから、僕と旅行するより、そっちの方がいいって思われてたら。僕は救われないもんな。  なんて、どろりとした気持ちは全部隠して。僕は君に笑顔を向ける。 「絶対行くって言うと思った」  僕は誰かの代わりに選ばれたんじゃない。  僕は僕だから、君の夫になれたんだ。  僕は何度も大好きだって君に言う。  君はそのたび、私も大好き、って、ちゃんと答えてくれる。  僕は胸を張って誰にだって言える。  妻は僕のことを、愛している。  ◆  夫婦旅行の時間は、とても有意義で、とても楽しい。  ふたりでずっとこんなふうに、旅をするのもいいけれど。  家に帰ってゆっくりのんびり、君のことを抱きしめたくもなるから、僕も相当わがままだ。  立ち寄った観光地のお土産売り場で、僕たちはあれこれ、品定め。 「お土産買ってこ。ご実家に」  いろいろ悩んで見て回る。義両親が喜びそうなもの。彼女が実家に帰ったときに持っていくから、ついでに一緒に食べたいもの。  うち用にも買って帰ろうか、なんて言ってたときに。君が棚の前で足を止める。  ――きれい。  君がつぶやいた言葉と、視線をたどってみれば。その棚にはずらりと、瓶詰めのジャムが並んでいた。  このあたりの特産品、らしい。色とりどりの瓶が並ぶ様子は、確かにとてもきれいだった。  オーソドックスな果物、それから野菜や、木の実まで……、ああ、ワインのジャムなんてものもあるんだ。  パッケージには、それぞれの材料を模したレトロなキャラクターが印刷されている。  君はそっと、その中のひとつを手に取った。  それを見て、僕はすぐにわかってしまった。君が今、何を考えているのか。  大丈夫。こんなことで、僕の心は乱れない。 「あ、いいねそれ。お義兄さんにお土産、だよね?」  パッケージのキャラクターの雰囲気が、あの人に似てる。  君の表情からもなんとなく伝わってくるから。そういうの。  言い当てられたことに驚く君に、僕はやっぱり、と、笑う。 「わかるってー。これ、お義兄さんに似てるし」  僕の言葉に、君は素直に同意する。  ――似てるよね? 「似てる似てる」  お義兄さんの話をするとき、君はとても楽しそう。それはちょっと悔しいところだけど。  これまでは僕と一緒にいる時間より、あの人と一緒にいる時間の方が長かったんだから、仕方ない。  でもそのうち逆転するから。僕の方がずっと長く君と。君の時間を、一緒に過ごすんだ。これからは。  ふいに君が手を伸ばし、もうひとつ、別の瓶を棚から取る。  ちらりと目配せする君に、僕はうなずく。 「あ、こっちは僕に似てるよね」  ――そう。かわいい。  かわいい、と言われて、少し照れる。君からの褒め言葉はどれもこれも宝物みたいだ。  ありがとう、と言いながら。僕も棚から、また違う瓶をひとつ選んだ。  ここにある、全部の中で。いちばん僕の、好みなやつ。 「でもお土産にするならこっちかな。これ、お義兄さん喜びそう。君に似てるもん、これ」  だから絶対好きだと思うよ。お義兄さんも。  でも、譲るのは嫌だから、もうひとつ。僕は同じものを手に取った。 「ん、僕も自分にお土産だな」  すると君は僕に、両手に持った二種類の瓶を、これも、と見せてくる。  どっちか選べ、なんて僕は言わない。  全部かなえてやりたくなるんだ。君の願いは、なんでも。全部。 「はいはい、君も自分に、両方ね」  僕の返事に、君は満面の笑み。  うん。君がそうやって笑ってくれるのが、僕はいちばんうれしいんだ。